破滅の聖女
※サラッとお読みください
学校からの帰り道、いつもと同じ日常。友達と笑い合い、両親が待つ家へと帰る道。なのにその日は違った。道を曲がった瞬間、何かに引き摺り込まれ、気づいたら知らない場所にいた。まるで教会みたいな場所で、外国人の人が沢山いる。
それを見た私の心を占めたのは恐怖。
知らない場所、知らない人達。私は近寄って来た人達から逃げる様に、後ずさる。
「聖女様、怯えないでください。大丈夫です、この世界に聖女様を傷つけるものはいません」
「は?聖女?どうでもいいから元の場所に帰して!!」
「聖女様、落ち着いてください。聖女様にはこの世界の調和という大事な事をしてもらいたいのです」
「自分の世界くらい、自分達で何とかしなよ!!違う世界の人間に頼るから進歩もないんでしょ!!早く私を帰して!!」
「聖女様は混乱されている。部屋に案内しろ」
私を説得していた老人が周りにいた騎士に命令する。騎士達に私は暴れる。すると、銀色の髪をした女性と見間違える騎士が、私を荷物を持つ様に抱える。私は余計に暴れるが、体勢が体勢だ。私に出来るのは騎士の背中を叩いたり、引っ掻く事だった。
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運び込まれた部屋に閉じ込められ、扉に鍵をかけられる。
「ここから出して!!帰してよ!!」
私は喉が枯れるまで叫び、扉に椅子をぶつけたり、開かない窓にも椅子をぶつける。だが一向に扉も窓も傷一つつかない。
疲れ果てたところで、あの銀色の髪をした騎士と、聖職者の様な人が入って来た。悔しくてボロボロになった椅子を銀色の髪の騎士に投げつけるが、簡単にかわされてしまった。
「聖女様、落ち着いてください。世界の調和は一年間勤めれば元の世界に帰れます」
「今すぐ帰して!!お母さんやお父さんが心配する!!」
聖職者が膝をつき私に頭を下げてお願いという名の強制をする。
「……本当に一年したら帰れるの?」
「はい、だからどうか世界の調和を聖女様にしてもらいたいんです」
「具体的に何をすれば良いの」
「毎日、神殿で祈りを捧げてもらえれば。こちらの騎士は聖女様の専属護衛のケイレブです」
「聖女様、先程は失礼しました。護衛騎士のケイレブ・アシュバーンです。これから宜しくお願い致します」
「興味ない。私は一日でも早く帰りたい」
そして私は異世界の調和のため、糞ったれな神とやらに祈る事になった。
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「聖女様、今日は天気がよろしいので散歩などどうでしょうか」
ケイレブがあれこれと話しかけてくるが全て無視する。世話係のメイド達にも話しかけられるが、それも無視する。
私はこの世界に馴染みたくない。世界の調和の為と言っているが、やってる事は誘拐という立派な犯罪だ。そんな世界の為に何故私は祈らなきゃいけないのか。
「ケイレブ、今までの聖女は一年後どうしたの?ちゃんと帰った?」
「今までの聖女様は皆様、この世界の者と恋に落ち、この世界にお残りになり幸せになったと言われています」
「……そう」
怪しさしか無い。そんな都合よく恋に落ちて、元の世界に帰らないなんて。それからというもの、この国の王子やら顔ばかりが良い人間に引き合わされる。世界の調和とは全く関係ない。
私は余計に祈りの時間以外は部屋に閉じこもる様になった。そうなるとケイレブと二人っきりになる。独りにしてと言ってもケイレブはこの場を離れない。
「ケイレブ……本当の事を言って。私は帰れるの?」
「……私には分かりかねます。全ては神殿が秘匿しているので」
「正直だね、ケイレブは……ねえ、ケイレブ。もしも帰れなかったら……私を殺してくれる?」
「……それは出来かねます」
「そっかあ……」
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そして一年後、遂に帰れる日がやってきた。最後の祈りを捧げて、あの日の老人に詰め寄る。
「さあ!!私を元の世界に帰して!!」
「……申し訳ありません、聖女様。一度召喚された聖女様は返せないのです。聖女様は混乱していた様なので嘘をつかせてもらいました……」
「ふふっ………あははははは!!!!やっぱり嘘だったんだ!!こんな嘘だらけの世界なんて壊れれば良い!!」
すると空が曇り、雷雨を呼ぶ。私はこの一年間、世界の調和を願ったのではなく、滅びを願った。
きっかけは一冊の手帳。図書館で見つけた、隠される様にあった日本語で書かれた手帳。そこには全てが書いてあった。神殿の嘘、聖女を止める為に男を差し向けてくる事、残った後も監禁され政治に利用される事。好きでもない男と結婚させられ、無理矢理子を産まされること。
犠牲に成り立つ世界なんて壊れれば良い。何が調和だ。犠牲の上に成り立つ世界なんていつか壊れる。それが私だっただけの事だ。
「聖女を殺せ!!このままでは世界に災いが降り注ぐ!!」
剣を向けてくる騎士の中、ケイレブが走って私を初めて運んだ様に担ぎ、他の騎士と剣を交えながら神殿から逃げる。何故ケイレブが私を連れて逃げる?
「しっかり掴まっていてください!!馬を神殿の裏に用意してあります!!」
追いかけて来る騎士達に雷が落ちる。空がまるで私達を逃す様に味方をする。
「なんで!?なんでケイレブが私に味方するの!?」
「私の勝手ですみません。この世界が滅びようとも、貴女には死んで欲しくない……私はまだ貴女の名前すら答えてもらってない。逃げ切ったら貴女の名前を教えてください」
「……馬鹿じゃないの。世界と私を天秤に掛けて、私を選ぶなんて」
私の目から涙がこぼれ落ちる。この一年間、誰も私の名前を聞こうとはしなかった。ただ聖女様とだけ呼ばれ、聖女という名の人形の私にケイレブだけが私の名前を聞いた。
もし逃げきれたら名前くらい答えてやっても良いか。