第2部 カエデ、空手を始め前の物語 ⑦ひろし、筋膜剥がしのインストラクターの資格を取る。
筋膜はがしの講習会が少しずつ近づいていた。ひろしは、春子とカエデが寝た後、夜な夜な筋膜はがしの練習をしていた。筋膜はがしというのはクライアントの肌に触れ、皮膚から筋膜まで圧をかけた状態をキープし筋膜を正常な位置まで持っていかなければならなかった。その際、極力であるが肩や指に余計な力を入れてはいけなかった。肩や指に力が入ると筋膜の微妙な変化が感じ取れにくくなるからであった。圧をかけながら肩や指に力を入れないというのが難しかった。分厚い雑誌を買って来て、両手で挟み込み圧をかける練習をしていた。半年以上続き、雑誌がボロボロになり4冊目に移行していた。
身体の使い方の本、合気道や武道の本を読み、それをヒントにし研究していた。呼吸法から丹田を使うなど自分なりに試してみた。どれも、これもしっくりこなかった。自分の身体の使い方にばかり気をとられていること、反復練習が絶対的に少ないことに気づいていなかった。だが、努力は、不器用でも遠回りでも、少しずつ少しずつ実になる。ひろしは牛歩のごとく上達していた。
腕ではなく身体全体で圧をかけるという感覚が少し掴めるようになった頃、分厚い雑誌を万力のように挟み込むことができるようになっていた。
そして、ついに講習会の日がきた。2カ月という長い期間、座学・実技を繰り返し、最後にフランス人の講師の方と面談があった。
フランス人講師はひろしのタッチに一目おいていた。他の受講生よりも筋膜の深い層に指の圧が届いているように感じたからだ。しかし、視野が狭く、生真面目過ぎるように感じた。クライアントの身体を触れている時、1点に集中し過ぎているように感じたのだ。フランス人講師は、ひろしに
「ただ肩の力を抜き、クライアントの呼吸を感じればいいよ。」
とアドバイスを送った。
講習会も終盤になり、受講生一人一人の面談がおこなわれた。面談時にフランス人講師は、ひろしに尋ねた。
「この講習会を通して筋膜はがしにとって一番、大事なことは何だと思ったか?」
ひろしは少し考えた後に一言だけ答えた。
「身体全体の調和を見て、触って、感じることが大切だと感じました。」
フランス人講師は思わず微笑んでしまった。ひろしの成長が嬉しかったのだ。ひろしから今のような発言がでるとは思っていなかった。ひろしは講習会の開始前はクライアントではなく、自分のフォームや、そのクライアントに触れている一部分にしか意識がなかったように感じたからだ。フランス人講師は言った。
「素晴らしい。良い答えだ。たった二カ月で、あなたは成長した。ただ、全体の調和をみることは、まだ何年もかかる。すぐにできることじゃない。ただ、すぐにできないから素敵なことなのだと思う。失敗とチャレンジを繰り返し自分のものにして欲しい。そして、あなたのワークを受けることができる人に幸運を。」
その言葉で、ひろしの講習会は締めくくられた。
後に、ひろしの筋膜剥がしの技術が、カエデが空手や格闘技をすることの強力なサポート役となる。