第2部 カエデ、空手を始める前の物語 ⑥ひろし、橋本病院と運命の出会い
ひろしがハローワークに通ったが、他の職場となかなか縁がなかった。しかし、退職してから一カ月、近くなった頃、橋本病院の資料を見つけた。前の病院よりも年間休日日数が10日も多く、給料も、そこそこ良かった。早速、ハローワークから連絡して貰うと、すぐに面接の日が決まった。段取り良く何もかもがスムーズだった。二日後、橋本病院に面接に行った。面接時間が13時ということだが20分ほど前についた。リハビリ室に案内された。
リハビリ室に入った時、身長が180㎝近くある大柄な坊主頭の男性が、こちらに背中を向けて棒にぶら下がっていた。色が浅黒く後ろ姿からも身体の逞しさが分かった。
「どなたですか?」
丁寧で優しい口調で尋ねながら懸垂をし始めた。一気に頭が棒よりも高い位置に移動したのである。その力強さに、ひろしは驚いた。
「面接に来た理学療法士の村山です。」
ひろしは答えながら、さらに奥でダンベルを持ちシャドーボクシングらしきことをしている、もう1人の坊主頭の男性に気がついた。懸垂をしていた坊主頭の男性は恥ずかしそうに、こちらを向き自分は宮上だと名乗った。丁寧な挨拶だった。宮上は隣のリハビリスタッフ専用のパソコン室に行き、責任者を呼んでくれた。リハビリ部には、まだ主任はいないとのことだった。宮上に連れられ、大柄で色白の肉付きの良い茶髪の男性が来た。
「はじめまして。責任者の杉岡です。」
ひろしも挨拶をした。優しそうな人だと感じた。二重瞼の甘いマスクをしていた。二人が挨拶をしている様子をリハビリ室の奥からシャドーボクシングをしていた坊主頭の男性がチラッと様子を見ていた。
この時、ひろしはカエデが空手をすることなど夢にも思っていなかった。しかし、この宮上とシャドーボクシングをしていた男性が後にカエデが空手を始める、または続ける大きな影響を与えてくれることとなることを考えもしていなかった。ひろしの気づかない所で、思ってもいない歯車が少しずつ回り始めていた。
『自分で決めているようで決められているのかもしれない。』
だれかが言っていた。
杉岡と事務長との面談が終わり、最寄り駅に着いた時、橋本病院から連絡が早速あった。ゴールデンウィーク開けから仕事に来て欲しいこと。講習会が終わるまでアルバイトとして働き、その後から正社員になっていいとの話だった。ひろしは、飛び上がる程、嬉しかった。社会人になり、こんなに自分の思ったようになった記憶は無かった。もしかしたら、運命とひろしの願望が、ただ一致しただけかもしれないが・・・。帰宅した時、春子に伝えると、久しぶりに笑顔を見せてくれた。