第2部 カエデ、空手を始める前の物語 ①3人暮らしの始まり
カエデは4歳から空手を始める。本当は4歳から物語をスタートしたいのだが、カエデが空手を始める基盤がどのように作られていったか・・・。空手を始めるまでの物語を少しだけ、付き合って頂きたい。
春子が病院を退院し、カエデと実家に帰省していた。クリスマス前に帰ってくるとのことだった。その間ひろしは、一人だった。少し寂しかったが気楽だった。週末になると春子の実家に行きカエデに会いに行った。日に日にカエデの顔は変わっていた。カエデの寝顔はどちらかというと美少年であった。キリリっとした顔をしていた。カエデの成長と比例して、春子は疲れていた。二時間起きに乳をやり、慣れない育児、なかなか泣き止まない娘にストレスを感じた。ただ自分の母親が手助けをしてくれたことで、ひろしになんとか笑顔を向けれた。
その為か、ひろしは春子の疲労に気付けなった。ひろしは、仕事の合間に筋膜剥がしという手技の勉強をしていた。仕事とスキルアップの勉強を両立していた。勉強会に何度も参加した。資格を取ろうとしていた。だが、リハビリ部の技士長は、それを良く思っていなかった。
「手技の勉強よりも、もっと勉強することがあるだろう?」
よく、ひろしに問いかけた。どうしても、ひろしに辛く当たることがあった。しかし、ひろしは、そんな職場環境の中でも、同僚や患者に対して冗談を言い明るく過ごした。そんな日々が続いた帰り道、疲れていたが、いつも通りの満員電車であった。ドアの前に女性がいた。茶の入ったショートカット、スーツを着ていた。横顔だけだか気の強さを感じを受けた。すぐ後ろに、ひろしはいた。反対側のドアが開いた。沢山の人が無理やりに入ってきた。ひろしは前にいる、その女性の背中に当たってしまい、少し押してしまった。その瞬間、女性が、ひろしを押すように肘鉄をしてきたのである。ぐぐっと、例の黒蛇が頭を上げた。だが、ひろしは小さい黒い蛇だと感じた。その蛇を頭から抑えることができた。ひろしは安堵して嬉しく感じた。が、もう一度、後ろから押された時、前の女性は今度は2度、ひろしに肘鉄を入れた。今度の黒い蛇は、ひろしが絶望するぐらい大きかった。抑えることができなかった。思いっきり女性の頭の真横をかすめドアを殴り付けた。ドーンと鈍い音がした。
「何すんじや、こら~!」
と怒鳴った。周囲は、ひろしを見たが、前の女性は振り向かず黙ったままであった。ひろしも、それ以上は何も言わなかった。心なしか後ろから押されることもなくなったように感じた。前の女性は、次の駅で降りて行った。一度も振り替えることはなかった。ひろしは考えた本当に今のことは黒い蛇のせいだろうか?いや違う。黒い蛇はきっかけだ。もし、前の女性が屈強な男なら、自分よりも大きな男なら同じことをしたか?答えはノーだ。たぶん、黒い蛇すらも出ていなかったかもしれない。自分も前にいた女性も《強い者には弱いのだ。そして自分よりも弱い者に強いのだ。》それが悲しいと感じた。が同時に、それが真実であり、生き物が生きていく為の術だとも思った。人は弱いものに強く、強いものに弱い。改めようとは思わなかった。
そんな日々の中、春子とカエデは、ひろしのいるハイツに帰ってきた。春子は、友達が少なかった。人と楽しくコミュニケーションを取ることを苦手だと感じていた。小さい頃に苛めにあったことが原因かもしれない。言葉が強いことが原因かもしれない。気が強すぎることが・・・・。いくつかの理由があった。その分、自分のそばにいる人を大切にしたいと思っていた。春子はカエデを大切に扱った。
「カエデ、もう少ししたらパパのいるお家に帰るで。」
春子はカエデの顔を見て呟いた。カエデは、よく泣いたが春子に抱かれている時は泣き止みやすかった。春子の父が自動車で送ってくれた。ひろしがドアから出てきた。
「おかえり!!」
笑顔で迎えたが、春子は返事もせずカエデを抱いて部屋の中に入った。カエデを一刻も早く暖かい部屋に入れてあげたかったのである。部屋の奥から春子の強い声がした。
「部屋が温もってない!!暖房、強めといて!!」
ひろしは、カッチーンときたが義理のお父さんとお母さんの出前、怒りを表すことができなかった。ひろしは、義理の父と母に入って貰い、熱いお茶をいれた。既に春子は、ひろしがあらかじめ作っておいたベビーベッドに布団を引き、毛布を引いてカエデの安楽な環境を作っていた。