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沼入りオタク、転生する。

 親や兄の影響で子供の頃からアニメやゲームが身近にあった私は、気がつけば世間で言うところの“オタク”として生活するのが普通になっていった。春はこれを追いかけよう、今期は豊作で円盤代が嵩むなぁ、なんて嬉しい悲鳴を溢しては世界観に浸る。

 本当に色々なものに片っ端から手をつけたけど、唯一ソーシャルゲームにはあまり関心がいかなくて。どちらかといえば気に入ったコンシューマーばかりひたすらやりこむタイプだった。

 ゲームソフト内に組み込まれたイベントやアイテム、CGコンプリートも当たり前。ことゲームにおいてだけは、幅広く遊ぶよりは一つのソフトを深くじっくりとことん向き合う。

 兄が所謂ソシャゲ廃人としての道を進む横で、私はとにかくその時好きなソフトを携えテレビ画面とお友達になるのが我が家でよく見られる光景。あまりにインドアすぎて、両親は途中から嘆くことすらやめていた。

 揃ってテストの点数に響かせていたわけでもなかったし、諦めたほうが早かったんだろうね。その点については今も申し訳ないと思う。多分頼まれても改善は出来ないけれど。


 さて、そんな感じで成人してもお互いの好きな物が明白な私達は、年に一度の誕生日プレゼントも特に迷う必要無く選べたのが何ともらしい幸いだった。兄にはコンビニで売っている課金カード、私には愛読していたゲーム雑誌に予めつけておいてある丸印で囲まれたソフト。

 一人暮らしをしている兄が、年末年始以外で帰ってくる日が妹の誕生日しか無かったから。何度か説得してみたものの、私が家を出るのは認めてもらえなかった。軟禁されていたとかじゃないよ? 普通に会社へ出勤は出来たし、兄の住むアパートへ訪ねたり友人と旅行するのは許されてたもの。

 彼等はただ、少しでも多く兄が帰るための理由を確保しておきたかったんだと思う。淡白なんて柄でもないんだし、言えば顔見せくらいしてくれたろうにね。全部今更な話だけどさ。


 ──ある年の冬、兄のアパートへ両親からの届け物を置いてきた日。

 地元に珍しく雪が降っていたのと、アパートから自宅までがそんなに離れていなかったのが理由で。歩いて帰路を辿りながら、帰ったら二人に無事届けた旨を伝えつつココアでも淹れてまたあのゲームでもしようかなぁ等と考えていた能天気な私の命は、その瞬間に途絶えた。

 勤務先で時折会う常連さん……何の偶然か、兄のクラスメイトでもあった人。数日前真剣な瞳で告白してきてくれたけど、私にそのつもりは無かったし、正直今後の可能性も一切見込めなかったから。


 ありがとう、でもごめんなさい。


 至って単純な言葉で彼の想いを退けた。表情は上手く取り繕ったし、断ったときはその人も笑って受け入れてくれたのに。

 振った翌日、私が友人と「やはりユーリが本命すぎる」だの「当て馬モブはお呼びじゃないです」だの喫茶店で盛り上がっているのを見かけてしまい、なんて酷い女だと一気に殺意が沸き上がったらしいと聞いた。誰からか? 勿論、犯人本人からです。

 人間死ぬときは聴覚が最後まで残るゆえなのか、私を刺したあとずっと側で喚いているんだもの。知りたくなくても聞こえたんだから仕方がない。

 死にいく私には誤解だって訂正する暇も与えられなかったけども。


(ユーリって、今話題の漫画のキャラクターだよ)


 ありがちな俺様勘違い野郎が、ヒロインに出会って彼女を危険な目に遭わせたのをきっかけに反省し、これまでの罪とこれからのヒロインへ必ず向き合うと約束する。

 やっとメインヒーローらしくなってきた彼について、何故か主人公の親目線で同志と語り合っていた記憶しかどう思い出してみても無かった。

 振り回してばかりのユーリから助けてくれるかと思いきや、もっと人間として終わっている新キャラクターも出てきたのもあって「当て馬はお呼びじゃない。お前なんか所詮モブよ!」と憤慨した覚えもある。

 つまり、どう足掻こうと刃物を持ち出した彼の勘違いで、そのせいで殺されようって話だから堪らない。掠れる視界、遠くなる意識で察しざるをえない終焉。あぁ、きっとこのまま私は……。


(まだ、【二回目】のエントリーすら済ませてなかったのに)


 生ける青バラ伝説と公式にも謳われたプレイヤーが、まさかこんなところで終わろうとは。

 我ながらなんて、なんて『青バラ世界にとっての損失』なのだと──。



◇◇◇



 かつて、というか【私】が生きていた場所では『青春はバラードの調べ』こと『青バラ』という名の乙女ゲームが一斉風靡を巻き起こしていた。

 青バラのコンセプトは、“恋にも魔王にも勝てば官軍!”……今思えば乙女ゲームとしては大分斬新なテーマだったなぁ。一つのゲームに集中し始めたらとことん遊び尽くしてしまう私からすれば、その独特な世界観も魅力的なものだったのだけど。

 女性向けゲームの割に本格的なRPG要素も組み込んであって、ユーザーは攻略対象キャラクター達と恋愛するよりもアイテムコンプリートを目指すほうが多かった気がする。恋愛ゲームなのに攻略対象がパッとしないとかではなく、あまりに『錬金』システムが楽しすぎたんだよね。プレイ時間は殆どRPGモードで吸われていた覚えがある。

 そもそもアイテムを全部図鑑登録しないと攻略不可能なキャラクターもいたから、余程まったりプレイヤーでもない限りは皆ダンジョン踏破や素材狩りに勤しんでいたんじゃないかな。

 青バラ内で最も泣けるルートと評判だったのも、その隠しキャラクターだし。


 主人公は新男爵家の令嬢、アンジュ=フィローズ。一応任意の名前に変えられるけど、デフォルトの名前だと声優さんが音声つきで呼んでくれるから私は基本アンジュ固定のままプレイしていた。

 彼女は『聖剣』に選ばれてしまった乙女で、『勇者』のパーティーへ入りながら魔物──延いては魔王を倒さなければならない使命を背負わされる。

 学院で過ごす日々の中ステータスを上げ、攻略対象好みの数値になっていく必要もある。性格は活発で純粋、何故だか自分に対する好感度の変化をチェックしている友人の力を借りて、攻略対象達の情報確認もバッチリこなすある意味抜け目ない女の子。

 そして顔も良い。よく見かける主人公は平凡な顔つきで~なんて設定は無く、これでもかと良デザインを詰め込まれた神がかりじみたほどの美少女なのだ。ぶっちゃけ聖剣さんは面食いだって信じてる、うん。

 だがしかし、イラストレーターさんの癖なのかゲーム側の発注なのか青バラに出てくるキャラクターの顔面インフレは留まるところを知らず。

 一周回って彼女は“平凡設定に言及されていない”だけで、実際には青バラ界では中の下くらいのルックスなのかもしれない。描写されきっていないので以降の真相は定かじゃないけれど、だとしたら一般人が紛れ込んでいい世界じゃないよなぁ。

 ……もう手遅れなのが悲しいところだ、と回想する羽目になるのは僅か二年後の私なのだが。


 そんな風に、ちょいちょいぶっとんでいても世界観がきちんと固まっているおかげで目立つ破綻は特に見当たらず。

 どこまでも斬新かつ細かく高クオリティなゲームとして、青バラは半ば不動の位置を手に入れた。生前の私もものすごーく夢中になり、公式主催で行われた【第一回・青バラ検定】と呼ばれたテストではぶっちぎりのトップに輝いたため、ファンコミュニティーで【牧根澪】の名を知らない人はいない段階まで登りつめたくらいで。

 ……はい、あの、ごめんなさい。前述したとおり、気に入ったソフトは必ずコンプリートするタイプでして。嗜みの範囲だけど図鑑埋めも終わらせたし、隠しキャラクターのエンディングもすべて回収したのです。

 苦行だったけどオートセーブとオートロードを繰り返して手に入るアイテム配分を変えてみたり、ケチらず最初から資金を全力投入して錬金鍋のレベルを上げてみたり。それはもう、チートやバグを用いない方法とはいえあの鬼気の迫りかたは廃人と称されてもおかしくないのではないくらい力を込めて。

 沼に入って出られなくなった(し出る気も失せた)オタクは、強いのです。同志ならばきっと分かってくれるはず。

 ──だから、なのでしょうか。


「……え?」


 唐突に意識が浮上した感覚で思わず声を出してしまう。パチクリと、落ち着かぬままに瞬きをして辺りを見回せば少なくとも日本家屋ではない様子の部屋が目の前に広がっていた。

 高級そうな家具、一人で眠るには広々としすぎたベッド。何よりもシーツを握り締めている私の視点から見た“私”の掌が、成人済み女にしてはどうしたってくらいサイズダウンしていて。

 一体何事だ、これは夢かと頬をつねってみても残念ながらちゃんと痛くて。

 少なくとも楽に呼吸出来るくらい生きているはずなのに、現実へ置いていかれそうな瞬間目に飛び込んできた、室内へ飾ってあった百合の花に似た紋様が描かれているタペストリー。

 私は、あの花を識っている。百合のように見えて百合じゃない、あの紋様は。


「『青バラ』に出てきた……『リリアライズ王家』の紋章……!?」


 それが、【私】が青バラの世界に転生したらしい事実を認識した最初の瞬間だった。

総括:おはよう! ここ何処?

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