第三十四話《魔物の巣窟ー後編》
初手をうったのはプラチナヒュドラだった。
「キュオァァァァァ!!!」
「─っ、ああ天よ、我が願いを聞き届け光をお保ち下さい"命繋"っ!」
ヒュドラが白の閃光を放つと同時に、ジョイが即座に結界を張る。緊急事態だと捉え、騎士達も揃っている。
この部屋では、魔力がうまく伝わらない。そのため、通常の何倍もの魔力を使い強制的に事象を起こす。
ジョイが張った"命繋"は、超位結界魔法であり、消費魔力は1200。ジョイの魔力量は2600であり、この部屋では魔力が足りず使用不可のはず。
だが、ジョイはスキル〖魔術師の鏡〗の能力の一つ〈魔力固定〉により、魔力をねじ曲げられることなく、結界を維持しているのだ。
それでも消費魔力は馬鹿にできない。
何とか凌ぐも、次は無理なようで、ジョイは肩で息をしている。
「キョゥィィィィィ!!」
「ぐふっ!?」
(負傷超回避補正、機能失敗。)
ヒュドラの首の横なぎが俺の腰に直撃する。
部屋の壁に勢いよく叩きつけられた。
「サカタ様!」
「痛った………くそっ、マイ!大丈夫か!?」
「うっ……だ、いじょうぶ。………いあぁっ!」
何かを否定するように、ブンブンと首を振るマイ。
追撃を仕掛けに、ヒュドラの三つの頭が俺達を捉える。
「うらっ、"砂嵐"っ!」
脳裏に浮かんだ魔法を〈超思考反映〉にて具現化、ヒュドラに向けて叩きつける。
ヒュドラの巨大な図体が、迷宮の階層を分ける天井とともに上空へ吹き飛んだ。
「はぁ、け、ケンヤ、迷宮核を………うっ、く、こ、こわして……」
「…あの迷宮核だな?わかった!」
苦しげなマイを横にさせ、迷宮核のところへ向かう。
落盤により部屋は跡形もなく消し飛んだが、迷宮核だけ同じ場所に佇まっている。
「ジョイ様!」
「おお、ヒューレ、リルル、ゾルデ!無事でしたか……」
「申し訳ありません、地上にてあの怪物に敗北致しました。」
「いえ、命あってこそです。無事でなにより……」
後ろでそんな会話が聞こえる。こいつ、地上から来たのか……
「いけっ、"無風矢"!」
迷宮核めがけて一直線に風を切り飛ぶ一筋の矢。
だが、直撃する前に、禍々しいもやにかき消された。
ーーー厄災ノ霧圧 魔力をかき消す、厄災の名状し難いオーラ。
「くっ、ここでも物理か!」
神鑑定に出た通り、物理で迷宮核を粉砕しにかかる。
だが………
「なっ………マイっ!」
上空へと吹き飛んだヒュドラが戻ってくる。ヒュドラは無傷だ。
──着地点には、ぐったりとしたマイが。
「うおおおおおおっ!!!」
「ケンヤっ」
全速力で走る。
身体が自動で動いた気がした。
(スキル〈即決〉及び〈時読〉〈神思考回転〉発動。〈超思考反映〉〈能力超獲得補正〉により、スキル〈瞬動〉を生成、発動。)
人生で一番の速度で視界が動く。
否、人生で一番遅い感覚だった。
「キュォアアアアアア!!!」
その巨躯からなる質量でマイを押し潰さんと落下するヒュドラ。
その間に滑り込む。
「サカタ様っ!!!」
ジョイの焦燥に駆られた声も耳に届かない。
「っくいああああああああ!!!」
筋力28000のスペックは、未だフルで発揮できない。
──が、時間稼ぎには充分。
「っくうううマイィィィ!!」
背中に莫大な質量を感じながら眼下のマイへ叫ぶ。
苦しげな表情は変わらない。
だが、その掲げた手のひらに集束するのは、莫大なエネルギーの奔流。
「集え廻れ怒り狂え、雅に散るは其の生命、咲くや眼を立て知るが良し………"絢吞"っ!」
銀色の渦が踊る。
直後、背中の圧迫感が消え、楽になった。
「がはっ、げはっはぁ、はっ、く」
酸素を求めて痛いほど激しく肺が動く。というか痛い。
上を見上げると、圧倒的な力に揉まれ、洗濯機に入れられた衣服以上に回転しズタボロになっていくヒュドラが見える。
ーーー天位魔法"絢吞"
魔力の渦に対象を封じ込ませ、波状系又振動系スキルにより内部から破壊、継続系スキルにより長時間の撲滅が可能。使用者の魔力により属性は変化。
銀色。
それが表す属性は───時属性!
断末魔の悲鳴は、次第に小さくなっていき、比例してヒュドラの巨大な図体がみるみる縮んでゆく。
吹っ飛んだからそう見える訳ではない。ヒュドラの時が巻き戻されている。
そうしてついに、プラチナヒュドラが1つの点となって消滅──
「っマイ!!」
「んぐっ!?」
どす黒い閃光がマイの胸を貫く。
迷宮核が、まるで生き物のように動き、幾度も閃光の嵐を降らせる。
「総員、退避っ、退避です!」
ジョイが団員達に声をかける。
「っく、なんだと!?」
倒れたマイを抱えて必死に避けるも、追尾するように軌道を変え迫ってくる。
ーーー厄災ノ矢 対象を仕留めるまで追尾し続ける、闇属性の怨念の矢。
闇属性………それなら!
「ジョイィィ!」
「さ、サカタ様!」
「光属性魔法を!頼むっ!!!」
ジョイは、仮にも魔法のエキスパート。
俺の叫んだことの意図を理解し、すぐさま援護をしてくれる。
「我々も加勢します!」
「光属性魔法を使える者は詠唱を!騎士は上昇補正能力で援護を!」
俺を追う"厄災ノ矢"に、輝く光の矢が逆らうように衝突し、対消滅していく。
大半が、ジョイと[逆弄]メンバーによる仕業だ。
その隙に、岩陰へ飛び込み身を隠す。
「マイっ!……くそっ、なんだこれ、とれないのか!?」
マイの胸に描かれた、思わず悪寒を感じる気配を醸し出す魔法陣。
原因は、"厄災ノ矢"に貫かれたせいだろう。
ーーー厄災ノ刻印 継続系スキルと闇属性魔法を組み合わせた邪悪な呪い。使用者が滅びない限り、対象に激痛を与え蝕み、魔力を吸い上げる。
神鑑定によると、どうやら解除条件は、使用者を滅ぼすことらしい。
「──っくは、い、っ……ケンヤぁ……」
「マイ………大丈夫だ、俺が何とかする、してくる。それまで、堪えてくれるか…?」
「ぁ、当たり前っ、じゃん。神族は、じょうぶ、だから……」
激痛を堪え、汗だくのままグッとサインをするマイ。
俺も同じようグッとサインを返し、岩陰から出て──迷宮核と対峙する。
目にした者に嫌悪感を植え付けるような、その漆黒………いや、漆黒ほど綺麗な黒ではない。穢れた、黒の禍々しいオーラ。
(邪魔ヲスルナ、人間ガ)
(事象ヲ捻ジ曲ゲ変化サセルチカラ………今度コソ、コココ今度コソ……)
(我、此処二存ズルモ此処二存在セズ)
弾幕が展開される。一つ一つがどす黒く、本能的に接触したくないと直感する。
「"麗光炸弾"!」
ジョイが使用した高位光魔法"咲光弾"を〈魔法超取得補正〉にて自動習得、アレンジを加えて迷宮核の弾幕に対抗する。
接触した瞬間、炸裂し闇と光を咲かせる二種の弾。
その隙間を縫うようにして移動し、迷宮核へ近づく。
ーーー迷宮核 成長度:銀ランクの迷宮核。迷宮を生成し、魔力を集め成長する。 状態:厄災侵食
神鑑定により頭に入ってくる情報。
どうやら、ただの迷宮核ではなく侵食されているらしい。
「とりあえず、ぶっ壊すっ!!!」
渾身の右ストレートが、迷宮核に炸裂する。
だが、
「っかっった!硬すぎだろ!?」
ガキィィン、という、硬い金属と金属がぶつかり合ったような音が響く。
そんな音を出した俺の拳もどうかと思うが………
即座に飛び退き、飛来した厄災ノ矢を回避しつつ"麗光炸弾"で黒の弾幕を無効化していく。
くそっ。
思わず悪態をつく。
魔法は無効化、物理もノーダメージ。
どうやったら壊せるか。
〈神鑑定〉の通りなら、"厄災ノ刻印"はマイの魔力を吸い付くし、体力も奪ってそのうち死に至らす。
神族の死とは、どのようなことなのか分からないが、とにかく早くしなければマイが危うい。
ジョイ達も、一人一人精鋭とはいえ既に疲労が出てきている。
何か、俺のスキルに何かないのか。
この世界の俺の取り柄である、様々な補正と能力。
この状況を打開する策を探す。〈神鑑定〉で迷宮核を探り、〈能力管理〉で有効打と成りうる能力、魔法を。
主人公は死なない。死んでも生き返るくらいだ。
だが、主人公は負ける。戦闘無双系主人公だって、無双しないやつがほとんどだからそう呼ばれる。
現状、〖真·主人公補正〗には、有効打を与えられる能力はない。真とかいうくせに。
〖異世界人〗に組み込んだ能力にも、良さげな能力は無かった。
「ハハッ、器用貧乏だな、俺は。」
自嘲気味にそう呟いた。
いや、自嘲気味ではない、まだ余裕を感じさせる声色だ。
ここで、自身の持つ一つのスキルの存在を思い出したのだ。
──契約能力〖神之契〗
マイと初めてナニをした時、手に入れていたスキル。
〈神絆力〉………番の神との絆が深いほど、自身の力を膨れ上がる能力。原理は不明。
要するに……
「これが、愛のパワーだ!!!」
(〈神絆力〉発動。能力値を相応分上昇。)
ドンッ、と黒弾幕ごと消し飛ぶ振動。
発生源は、俺と……マイ。
いきなり現れて、ついてくとか言う訳分からない少女。
妹っぽいと思った矢先、唐突に俺の初めてをかっさらっていくわ、毎日若干性格が変わるわ、急に呼び名変わるわで…………
出会って数日。たったの、数日だ。
でも、だけども、
「相棒を傷つけてんじゃねぇぞぉぉぉ!この真っ黒玉野郎っっ!!!」
愛情十分。
怒りも十分。
俺のハイスペック能力値が、〈神絆力〉により上昇、フルパワーで展開する。
(ナ、ナンダ!?人間ゴトキガ、小癪ナ!)
(邪魔ヲ、スルナ、スルナッ!!!)
(アト一歩、力ガ足リヌ……アト一歩デ、手二入ル………)
迷宮核が、後ずさりしたように離れる。
なので、追いかけることにした。
「とりあえず……砕け散れ!!!」
踏み込む。そして、超加速。一瞬にして、迷宮核へ接近する。
"厄災ノ霧圧"は、未だ纏ったまま。
しかし、これを禍々しくとも怖い、とは微塵も思わなかった。
ふと後ろを振り返る。
またさっきみたいに、グッと『託したぜ!』と言わんばかりのマイが見えた。
だが表情は、刻印部の胸を押さえながらも先よりずっと楽そうな顔だ。おそらく〈神絆力〉の影響。
ついでに、驚愕に彩られたジョイ達の顔も伺える。
俺も、お返しにグッと『託された!』と伝えて、意識を迷宮核に戻し……
「バアアァァァニングゥゥゥゥ……ラァァァァ─────」
主砲一斉射では、ない。
引き出した力全てを使い……迷宮核を粉々に叩き割った──
―――――――――――――
「…ん、ん~………………ハッ!!!」
起きた。
全身が疲労し、すごくだるい。
目に映るのは、ホッとしたようなジョイら一行と……
「ケンヤ!」
「マイ!」
抱き着いたまま、パァっと顔を綻ばせるマイが。
……よかった。マイが無事ということは、ちゃんとあの黒い迷宮核を破壊できたようだ。
「ジョイ、あの後、俺は……?」
「はい。サカタ様が迷宮核を粉々に砕いた後すぐに、サカタ様は気絶してしまいました。私の〈鑑定〉では、一時的に意識を失っている、と。」
曰く、俺が気絶した後、ヒュドラ復活の気配などもなく、とりあえず危機は去ったものの、警戒は解いていないという。
確かにまだ部屋は移動しておらず、魔物の気配も感じない。俺が気絶してから、そこまで時は経っていないようだ。
「ケンヤ、ケンヤ!」
「ん?」
「ありがとう!!!」
「お、おう!」
満面の笑みで礼を言われた。
「マイ、もう大丈夫なのか?どこか痛くないか?」
「全然平気。むしろ良くなった!」
「そっか……良かった。」
一応〈神鑑定〉も使い見るが、どうやら本当に"厄災ノ刻印"は解けたようだ。
「……ん?ジョイ、迷宮核って粉微塵になったんだよな。」
「は、はい、その通りです。」
む……ジョイが一瞬ビクッとなったな。俺は見逃さなかったぞ。
「迷宮核がなくなったのに、なんでこの迷宮、崩壊してないんだ?」
「そ、それはですね………」
しどろもどろにジョイが受け答えする。
なんだ?気になるじゃないか。
とジョイをジィっと見つめていたら、いつの間にか離れていたマイが苦笑いしながら、何か持ってきた。
……これには、見覚えがある。
なんか、レーザーを滅茶苦茶ぶっぱしてくる………
「っておいい!迷宮核じゃねぇか!!!なぜここにっ」
「落ち着いてケンヤ。実は……」
話を聞いて、状況が理解できた。
この迷宮核は、俺が気絶した後突如現れた。
ついすぐ前まで、邪気を放つ迷宮核と戦っていたわけで、最大限の警戒をしたらしいが、どうやら様子が違った。
なんと、気絶した俺の上に制止し、淡く光りだしたという。
それも、禍々しいとは正反対の、淡く綺麗な光だった。
光が収まった後、そのまま迷宮核は空中に制止しており、そこで俺の『迷宮主ねぇ……めんどくさそうな……』という呟きを思い出したマイが、取り敢えず迷宮核を隠したらしい。
嫌な予感がする。
主に、面倒ごとの気配だ。
「な、なあマイ……もしかして……」
「おめでとう!ケンヤは迷宮主になったよ!」
「なんでや!!!!!!」
がっくりと、俺は項垂れた。
――――――――――――
少し休憩をしてから、ケンヤとマイと別れたジョイ一行。
[逆弄]が一人、荒波のゾルデは、先のケンヤと同じようにがっくりと項垂れていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うるさいわよ、ゾルデ。」
馬に揺られながら、呆れたように声をかけるリルル。
「また話せなかった……………あの子…いや、マイちゃんと……」
「ゾルデ、あんたねぇ………もう突っ込むのも疲れたわ。今日は早く寝たいわ……」
「そうですね…私も同感です。特に白金頭龍は、もう本当に…」
ヒューレも、心底疲れた……といった表情だ。
「それね。死ぬかと思ったわ。撤退した先も、なんかすごい危なそうな玉があるし……」
「あの迷宮核ですね。しかし、その両方を倒したマイさんとケンヤさんも、物凄かったです。中でも、マイさんのあの魔法と、ケンヤさんの拳が…」
「ああそうだな!マイちゃん、可愛くて強いって天使かよ!いや神だ!神に違いない!」
突然会話に乱入してくるゾルデ。地味に、言っていることが的を得ている。
「ジョイ様もすごかったらしいわよ。なんでも、超大きな虎型の魔物を倒したとか!さすがジョイ様!濡れるわ!」
はあはあしている変態二人に、思わず苦笑いをするヒューレ。
だが、それがいいのだ。ヒューレは、いつもの光景に安心感を覚えている。今回は、どちらも欠けなくて良かった。
「こらこら二人とも。もうすぐ騎士団長達と合流ですよ………ほら。」
遠目に、おーいおーいと手を振る騎士団長と、第三部隊の人の姿が。
魔物の死骸も大量に転がっている。
「さあ皆さん、これより騎士団長及び第三部隊と合流後、王城へ帰還します!作戦は成功!お疲れ様でした!」
「「「ハッ!」」」
すでに日は傾いている。
死にものぐるいだったし、ボーナスとか出るかな………
そんなことを考えながら、一行は王城へと帰還するのだった。
迷宮主の説明は後で...




