第三十三話《魔物の巣窟ー中編その二》
ここに来て四時間。
途中、何度か魔物が襲ってきたり、トラップが仕掛けられていたりしたが、それだけであり大量の魔物は迷宮の奥底に集まったままだ。
「……誘い出そうとしてるのか?」
「わかんない。でも、迷宮だしとりあえず進もうよ。」
そう楽しげにスキップしながら言うマイ。
そもそも、迷宮はただの洞穴だったりではない。
今回、俺たちがいるこの迷宮は、まだ名前がついていない……いわば、新迷宮だ。未踏のダンジョン。
迷宮は、何十、何百階層からなる巨大な巣みたいなもので、迷宮核を中心に作られている。
巣とはいっても、魔物が作ったわけではなく、迷宮核が魔物を生み出し、自身を防衛させているのがそう見えるだけだ。
迷宮核は、膨大な魔力の塊。意思をもつと考えられているが、未だに不明らしい。ちなみに、迷宮核をぶっ壊すと、迷宮自体崩壊する。ラノベとかで出てくるのと似ているな。
「お、魔物達が動いたぞ。………こっちに向かって来てるな。」
「じゃあ、わたしが物理で黙らせてくる!」
「いや俺がやるわ。……嫌だが、魔物を殺すのにも慣れないといけないし。」
そうしてさらに進むこと十分。
ついに、大量の魔物とエンカウントした。
「こりゃすごい数だな………というか、なんか守ってるように見えるんだが、気のせいじゃないな。ぜったいあそこに迷宮核あるよな。」
少なくとも俺の入学した高校の体育館の数倍の広さの空間。
多種多様な魔物達が、じっと殺意を滾らせて俺たちを見つめてくる。
「じゃ、ちょっと行ってくる。ピンチになったら任せるぞ。」
そう言って俺は一歩足を踏み出し、一方的な無双の伝説が今、幕を開けようと……
「分かった。……あ、ちょっと待って!」
する前に、思い出したように慌てて呼び止めるマイ。
「なんだ?」
「えっと、なんかこの場所、空間魔法が使えないみたいだから、一応気をつけてね。」
「えっ……」
せっかく、歩きながらよさげな技を考えてたのに……
確かに、この空間を〈神鑑定〉すると、ーーー空間管理による権限が発動中。空間魔法又治癒魔法使用不可。全魔法弱体化。魔力の波長が乱れています。ーーーとか出た。
弱体化か………やっぱ物理で攻めるか?
『グモァァァ!』
「悩んでる暇はないってか?」
巨大な蜘蛛型の魔物が超高速で接近してくる。
それに続き、ゴブリンや狼の魔物、蝶型の魔物などが一斉に迫る。物量で押し切るつもりか。
「くらえ、右ストレート!」
蜘蛛のタックルを避け、右ストレートと言いつつコークスクリューを繰り出した。
ゴパッという音が響き、巨大蜘蛛の表面にヒビが入る。
……あれ?結構強く殴ったんだがな。
不思議に思い、すかさず鑑定をする。
・ジャイアントスパイダー:レベル55
・固有スキル〖鋼装甲〗により、物理攻撃、また火、水、光属性への耐性を所持。切断、振動、波状系能力もほぼ無効化。弱点は眼球。
まさに壁役。レベルはまちまちでも防御力は凄まじい。
ちなみに、進化した〈神鑑定〉は、俺の知りたい情報を即座に提示してくれる。とても便利だ。
「そこか、"無風矢"!」
巨大蜘蛛の眼球に向けて風の矢を飛ばす。
この中位魔法"無風矢"、魔術教本に載っていたのだが、『風の矢なのに無風って矛盾してね?』と思ったものだ。
八本の風の矢が音も立てずに狙いへ突き刺さる。
紫色の液がビュッと蜘蛛の眼球から飛び散る
藻掻く蜘蛛の背後から五匹の狼型魔物。
「"水円陣"っ!」
すかさず水で対処する。
一応〈神思考回転〉は発動しているのだが、その力の本領を発揮していない俺の身体は、能力値に比べ、遅い。
多くのスキルでそれを補っている。
狼達は、最初こそ抵抗したものの肺に水を送られ、すぐに息絶えた。
これまた大きな熊の魔物も襲いくる。
爪による攻撃を"土之壁"にてガードし、"風刃"で首を断つ。赤い血が踊る。
……やはり全魔法弱体化が効いているようで、通常と同程度の威力を出すのに十倍は魔力を消費するな。
「ケンヤ、頑張って!」
「頑張ってるよ!でも、これ…結構きつい。」
椅子に座ったマイが応援してくる。………ん?椅子?……まあいい。
この隙にも、ボロい剣を振るうゴブリンの攻撃を避け、毒々しい蝶を土魔法で撃ち落とす。
弓矢をつがえたゴブリンから送られてくる矢の雨も転がり避け、"風乱刃"で一掃した。内臓が飛び出ている。
「ハァ、くっ、せめて報酬の長杖、持ってこれば良かったな……」
今の俺の格好は、部屋着の上に報酬で貰った黒コートを羽織った状態だ。
このコートは魔法に強いのに、敵が魔法を使ってこないので今のところあまり役に立っていない。
魔物の大群と戦闘を開始し数十分。
ついに、指で数えられるほどまで魔物を殺した。
俺のSAN値も削られた。
いやだって、至近距離でいくら魔物だとはいえ、体液とか内臓とかが飛び交う光景はかなりショッキングというか………B級映画以上にグロい。
無双系主人公とか、よく耐えられるな。こんなん平気で出来るの機械か鬼くらいなもんだろ。
……俺?俺は〈英雄威風改〉があるからギリ平気だった。………あれ、それじゃ俺って鬼…?匂いに敏感な少年に切り殺されるのか……?
「お疲れ様、ケンヤ。……って、」
癒しの天使……じゃなくて神が横に来たので、思わずギュッと抱きしめる。
「……仕方ないよ、魔物だって生き物なんだし。ほら、元気だして。」
「う、うう、俺は鬼だぁ………鬼なんだよっぉ」
なに言ってるの、とポンポン優しく背中を叩いてくれるマイ。背後でドチュン!という音と魔物の断末魔が聞こえるも、気にしない。今はこのママの胸の中でうずくまっていたい………む、ママに足りないものがあるな。こんなまな板みたいじゃないはずだが………
「痛い痛い痛い痛いっ…ちょまっ…すまん!謝るから許しいだだだだっ!」
こめかみをグリグリされた。またスキル〈女の勘〉が発動したようだ。恐るべし能力である。
「まったくケンヤってば……あ、ほら。あれ迷宮核だよ。」
マイの指さす方向には、特に魔物が集中していた扉……が開いており、その先に鈍く光るものがあった。
なるほど確かに、最奥の部屋で荘厳に存在している玉感がある。どう言えばよくわからないが、何かすごそうだ。
「………ん?マイ、ちょっと待て。こっちにも何か居るぞ。」
「え?……ほんとだ、確かに……これって人の気配?」
探索魔法に引っかかった複数の影。敵ではなく、一般人だと情報が入る。
「………行こう。」
開いた扉ではなく、人がいるらしき部屋に先に向かうことにした。
________
「っ、これは………。」
部屋の入り口前にいた薄汚いゴブリン三匹を瞬殺し中へ入った。
大量の魔物と戦った部屋よりもずっと狭いが、体育館の半分はある。
その隅のほう、檻のようなものの中には女性が八人、子どもが十五人。
………子ども達は一様に皆、無惨にも死んでいた。所々肉がちぎれ、原型をとどめていない子もいる。
女性達は、虚ろな目を虚空に向けている。ほどんど衣服は破られ、裸体を晒している。察しはつくので、すぐにマイが向かった。
……異世界。
頭に浮かぶのはその三文字。
俺は舐めていた。チートスキルがあれば無双だってできるし、平和に暮らせると。
確かにその通り。王城でもここでも戦えた。
だが圧倒は出来なかった。外傷はないと言っても、補正のお陰だ。経験不足により俺は能力値を引き出せていない。
平和に暮らせる。俺は。周りの人は?「困っている時はお互い様」ってなんだ?
魔物も必死で生きていた。なぜ殺した?襲って来たから?魔物を殺すことに慣れるため?命はそんなに軽いのか?
主人公補正ってなんだ?なんで俺が持ってんだ?主人公って怪我しないのか?そもそも主人公ってなんだ?
なんで俺はここについてきたんだ?ノリか?ノリでついてきた奴に絶望を味わった人へ言葉をかける権利なんてあるのか?
知らない。なぜ俺は異世界に来たんだ。日本に住む、ただの学生だったというのに。異世界転移ってなんだよ。
………なんで、この世界も同じ形してんだよ...
疑問の嵐が思考を覆う。
無知は恐怖を呼ぶ。俺は、畏怖していた。
「ケンヤ!!!」
意識が現実に戻る。眼前にはマイの顔。
「マイ………俺…」
「ごめ、ごめんなさい、ケンヤ、ごめんなさい……」
「………マイ?」
俺にはわからない。なんでマイが泣くのか。
「わたっ、わたしが押しつ、押し付けなんて、りよ、しようなんてひどいこと、考えなきゃ良かっ、た…ケンヤは悪くない……アレのことはいい……苦しむところ、見たくない……もう、あんなことには、したくないっ……」
「………………」
なぜマイが泣いているのか。アレってなんなのか。
少なくとも、悲しい気持ちは伝わった。
……他の人がパニックになると自分は逆に落ち着くというが、確かにちょっと冷静になってくる。
「マイ……大丈夫だ、俺らしくなかったな。心配かけて、ごめん……」
「ううん、そうじゃない……ただ、なんか思い出して………」
曰く、同じような場面で起こったことに対してトラウマがあるらしい。それを完全ではないが思い出したとのこと。
それと、俺に謝るべきことも。詳しくはまだ聞いていない。
「サカタ様!………ここは」
入り口を見ると、ジョイ達がいた。負傷している騎士や魔術師もいるものの、無事なようだ。
「ジョイ、この人たちを……」
「……はい。」
空気を読んだのか、子ども達の弔いと女性達の救出に取り掛かるジョイ。檻はマイが破壊したようだ。
「マイ……」
「………?」
「俺、異世界から来たんだ。」
一瞬、息を飲むマイ。まともに捉えれば『何言ってんだ』というところだ。
「…しってる。」
「んえ?」
変な声が出た。
「…知ってたのか?」
「あたりまえじゃん。〈異世界人〉なんてスキル、そのまんまだし。」
マイも落ち着いてきたようだ。焦るのはよくない。
「そっか……とりあえず、迷宮核のとこ、行こうか。」
ここはジョイらに任せ、少し移動する。そして、最奥の部屋へ足を踏み入れた。
最奥の部屋は、どことなく神殿?のような雰囲気のある、不思議な部屋だ。広さはそこまで広くない。
「これが……迷宮核…。これどうするんだ?」
「普通は、手続きをしてから壊す……だったけど、今はしらない。たしか自分の魔力を通せば、迷宮主になれる。」
「迷宮主ねぇ……めんどくさそうな…」
まじまじと迷宮核を見つめる。
形は丸く、鈍く光っている。よく見ると、何やら文字が薄らと書いてあることに気づいた。
「なあマイ、これに書いてあるのって………」
その瞬間。
迷宮核が黒く極光を発した。
浮かび上がる『厄』の文字。放つ黒光は深淵の如し。マイを囲まんと迫る。
「っ……!ぅああっ!」
「マイっ!」
耳に響いた呻き声。マイが何かを堪えるように、頭を抱ええている。
(封印ハ集エシ力ニテ崩壊ス。)
(利用シタ……ソウダロウ?我同様ノ地二アリ。)
(アレヲモウ一度ダ。廻廊セヨ。)
「ぁ、んぐっ……」
「マイ!くっ……なんだ!?」
刹那、天井が轟音を立てて崩れた。
倒れたマイを抱えてなんとか落盤を避ける。
遅れて巨大な何かが落ちてくる。砂煙で見えないが、探索魔法で感知した俺の本能は警報を鳴らしている。
「サカタ様!ご無事で………あれは!」
咆哮が轟き、煙がふっと掻き消される。
現れたのは、輝く九頭をもつ土地神。王国の伝説に登場する怪物。
「白金頭龍!?な、なんと」
古の魔物と、対峙した。
中編が二つという···




