第二十九話《マイの朝》
►マイ視点
…………時刻七時半、起床。体内時計─正常。変化の影響─希薄。中和により正常化、神体への影響─膠着。
脳内に響く、そんな無機質な聞き慣れた声で今日も起きる。何百万回と聞いた声だ。
「………ふふっ」
横では、愛しい彼がスースーと寝息を立てている。幸せ……とは、このことを言うのだろう。
あの頃と同じくらい……いや、それ以上に幸せな気持ちである。
……やはり、あのスキルの近くでは変化は身を潜めてくれるみたい。今日も状態は安定している。
「んぅ~、ごはんごはん。」
気持ちが良さそうに寝ているケンヤへの口づけは忘れない。軽い音が響き、わたしはのそっとベッドから降りる。
わたしはすごく料理が得意ということでもないし、料理スキルも持っていない。でも、軽い朝食をつくるくらい造作もないのだ。まあ、もっと美味しい夕食とか作れるようになるため、今度レストランにでも行って、料理スキルをパク……教えて貰おうとは思ってる。
『…ん?おう嬢ちゃん、おはようさん。今日も朝メシ作るのか?毎朝頑張ってんな。』
階段を降りるとデヌンがいた。この霊……というより霊は、眠りを必要としないので、夜はケンヤの命令による強制警備という使命を果たしている。
「…おはよう、デヌン。……どうかした?」
よく見ると、何やらデヌンが疲れたような表情をしていた。ついでに、半透明の霊体も少し薄汚れている。
『あぁ……それがだな、深夜に突然悪霊の群れがわらわらと屋敷に襲いかかってきたわけよ。慌てて知らせに行ったら、なんか二人ともお楽しみの後みたいで、そりゃもう幸せそうにグッスリと寝ててな。起こすのもわりぃと思って、激戦を繰り広げたのさ……』
「ご、ごめんなさい………あと、お疲れ様、ありがとう。」
『おうよ、中には上級の悪霊もいて、ちと焦ったが……オレ、結構慣れてっから、容易く屠っといたぜ。』
霊が悪霊退治とはどういうことだろう。
「……ところで、なんで屋敷は狙われたの?」
『そりゃ、屋敷にあるあのアーティファクトが原因だ。一月に一回はこうして悪霊が集団で奪いにくるんだわ。オレはその守護者ってとこだな。気づいたらアレの隣にいたんだし。』
──屋敷にあるアーティファクト。72の秘宝の一つ。
なぜここに?と聞いても、デヌンも『分からねぇ』と答えるだけ。しかし、何があっても守らねば、ということは頭に刷り込まれているらしい。
「そっか……。じゃあ、朝ごはん作ってくる。」
『おうよ、できればオレにも魔力込めたパンとかくれよ~。』
「……善処する。」
屋敷に来てから一週間、なんだかんだ言ってもこの霊は悪い奴ではない、と分かった。むしろ楽しそうにしている。
……まあ、最初こそ「ちょっと汚いな……」と思ったものの、ケンヤが矯正してくれた。流石!
キッチンは一階にある。割と…というかかなり広いので、わたしは大抵転移か浮遊で移動するが、歩いて移動も悪くない。
「なにから作ろう……」
早速、ケンヤが作った〈冷蔵庫〉とやらの中を漁る。これは、常に一定の温度を保ち続ける魔道具のようで、ケンヤが『やったぜ!!どうだ?すごいだろ?』と自慢気に説明してくれた。
しかし、やたらと肉ばかり入っているだけで、目ぼしいものは卵と牛乳しかない。仕方ない、普通に置いてあるものと卵+牛乳で作ろう。
「パン、卵、牛乳……バターもある。ここは…フレンチトースト!」
早速、二枚食パンを台に置き、絶妙な〈風刃〉で両方真っ二つにする。
次に、ボウルへ卵(ちゃんと割った)と牛乳を入れ、難位風魔法〈咆竜巻〉の極小バージョンにて豪快にかき混ぜる。
「…んぉ、砂糖忘れてた」
あちゃー、というように苦笑いするマイ。一体どうするのか?
「…“万物変化”」
なんとマイさん、最上位スキル〖神之威光〗による、“万物変化”を、残りの食パンに使用!瞬く間に食パンの一部が砂糖に変わっていく!
ちなみに、〖神之威光〗は、神族の固有スキルであり、その神の司るモノコトによって能力がそれぞれ違う。
今回使った“万物変化”は、対象をある程度の制約はあれど、自由自在に変化させることができる。それも、時間や存在·空間に至るまで、ありとあらゆる…まさに『万物』に干渉が可能なのだ。
その矛先を、ただの『食パン』に向けるとは……能力の無駄遣い、と言われそうである。
そんなことは気にせず、ボウルに作った砂糖を投入し、さらにまぜまぜ。
「これくらいで……よし。」
十分混ざったのを確認し、それを皿に流してパンを浸す。待つのが面倒なので、スキル〖到達点〗の“時空掌握”により早送り。比喩無しで、あっという間に卵液が浸透!
パンを“時空掌握”により持ち上げ、生活魔法〈弱炎〉で炙っていく。直焼きとなるが、これまた絶妙な火加減と早送りにより、綺麗な焼き目がついていく。
そして、蒸し焼きにするために水蒸気を発生、空間の境目を作り出しパンと水蒸気を包囲!“時空掌握”の早送りを行い、フレンチトーストの完成!
「ふぃ~………我ながらいい出来。」
皿に乗せ、シロップも用意してテーブルへ置く。冷めないよう、時間も止めておく。ケンヤが起きてきたら、一緒に食べるのだ。
今日は晴れ。雲一つ無い快晴だ。朝ならではの、優しい太陽光が降り注いでいる。
「…………幸せ、か」
懐かしい、そうマイは思った。消えかかった、ぼんやりとした記憶にあるのは、へらっと笑う黒髪の少年。横には、優しい笑みを浮かべた、姉のような赤眼の女性。
彼らが何者だったかは覚えている。大切な人達。
……だが、脳裏によぎるのは、楽しい記憶ばかり。美味しいものを食べたり、海に行ったり、迷宮に潜ったり………何かあったような気がするも、思い出せない。どこか記憶に矛盾を感じるも、分からない。
「──い─ぉぃ─おおい、マイ、大丈夫か?」
「んあ!?………ケンヤ。おはよう。」
「おう、おはよう。考え事か?」
びっくりした……気づかなかったわたしが悪いけども。
「ん、そんなところ……そうだ、ケンヤ、朝ごはん。今日も作ったよ。」
「お、毎日ありがとな。今日は……フレンチトーストか!」
「そう、丹精込めて作った。一緒に食べよ?」
何故かキリッとした声で「もちろん」と答えたケンヤ。
彼と最初会ったとき、わたしが付いていくと決めた理由は正直自分でもよく分からない。
ただ、何か心がシンパシーを感じたというか……〖主人公補正〗の所持者ということも関係があると思うが、一目惚れという表現が一番しっくりくる。
実際行動を共にして、ケンヤはカッコよくて優しくて、面倒くさがりだけど決断は早くて、カッコよくてカッコいい……ということが分かった。特に、四日前ゴブリン退治に行った時なんて……そのことについて言うと本人はイヤイヤするが…
と、とにかく、後悔なんてものは微塵もないのだ。
「おーい、マイー、マイさん?大丈夫ですかー。」
「うぁっ!?……ごめんなさい、また考え事。」
「その割にはなんかくねくねしてたがなぁ……ま、取り敢えず食べようか。」
「ぅう、ん…」
時間凍結を解除し、フレンチトーストが息を吹き返す。作りたてと寸分変わらない。実際作りたてだけど。
「うまそうだなぁ…早速、いただきます!」
「ん、いただきます。」
ケンヤは、食事のとき決まって『いただきます』といい、終わりは『ごちそうさま』と言う。なんでも感謝を伝えるそうで、わたしも真似して最近やっている。
……っと、何やら階段の方から視線が。
振り替えって見ると、おっさんがいた。違った。デヌンだ。
『お、オレの分は……?魔力込めたパンは……?』
「……忘れちゃった。てへぺろ。」
『やだぁ』
デヌンが倒れた。魔力枯渇らしい。ついでにケンヤもテーブルに突っ伏した。被弾したらしい。……てへぺろ!
今日も、そんな騒がしくて楽しい朝で一日が始まる。ちなみにフレンチトーストは大絶賛でした。まる。




