第二十六話《感謝》
昔の夢を見た。
日本にいた頃の夢だ。
家の近くの遊園地に、家族で訪れた時のである。隣には兄がいて、ソフトクリームを一緒に食べている。
俺の家は裕福で、父はそれなりに大きい会社の社長、母はその補佐的な仕事をしていた。
確かその日は、ジェットコースターに何回も乗った挙げ句、お化け屋敷に嫌々連れられたせいで俺は気絶してしまった。
目を覚ました時の、心配そうに覗き込む兄の顔、柔和な笑みを向ける父母の顔……
ああ、兄の顔はぼやけて鮮明に思い出せない。五歳の頃の記憶だからだろうか。思いだそうとしても、白い霧が邪魔をする。
やがて場面は夜になり、イベントの花火を見に行こうと決まり、その後………
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「もぉ!早く起きて起きて!起きないと朝からスゴいことしちゃうよ!」
『そうだぜ。お前、今日やることあるとか言ってたじゃねえか。……てかおい、おま、何するつも…れ、霊だからって人の前だぞ!?羞恥心は!?おいーっ!!』
目がバッチリ覚めた。覚めたら、マイが馬乗りになっていた。
「……何をしようとしてんのかは察した。だが、一応聞いておこう。……起きなかったら何するつもりだったんだ?」
「…朝からどったんばったん大騒ぎ。」
「でしょうね!!昨日ので味をしめたなお前!とりあえず服ちゃんと着ろ!」
乱れた服で、寝たままの俺に馬乗りになっていたマイをどかす。モーニングラヴは嬉しいが、外出予定があるので控える。マイは毎日性格とかが変わるが、基本まあ…積極的なやつだ。
「ちぇ……昨日みたいにあんなことからこんなことまでして欲しかったのに……でも起きないケンヤも悪いよ?無防備だし……」
「まぁ、早起きできなかったのは悪かったよ。急ぎの予定があるのは事実だし。起こしてくれてサンキューな。」
代わりにおでこへキスをする。マイは満更でもなさそうに、へにゃっと表情を崩し、中年霊は『リア充め…』と呟き……
「ってお前まだいんの?出てけって言ったじゃん。」
『うるせー!俺はこの屋敷から出られねえんだよ!仕方ねえだろうが!』
そう、昨日この屋敷の購入を決め、ネルが即刻手続きができるらしいので頼み、そのままベッドに突っ伏した俺達はそのまま熟睡。
その前に、こいつに「今日からこの屋敷俺達のだから出てけ。さもないと神聖魔法ぶっぱするぞ?…マイが。」と言っておいたのだが……
「そうか出られないのか……なら仕方ないな。」
『おお、こればっかりは仕方ねえんだよ。だから見逃して…』
「マイ、消し飛ばしていいぞ。」
『なんでだよ!慈悲は!?普通見逃すとこだろ!』
「ケンヤ、そんなことやってる場合じゃないでしょ!昨日自分で言ったこと忘れちゃったの?」
「ああ、そうだな。おい霊、今回は見逃してやる。マイに感謝するんだな。」
なんて理不尽な!とは、神聖魔法が怖くて口が裂けても言えない。最も、霊なので口が裂けるかどうかは微妙だが……
『分かったよ、ったく……にしても霊ってひでえな……オレにも“デヌン”っつー名前があんだよ』
「……え?」
「……え?名前、あったの?」
『……え?』
「………」
「…………」
『……………』
場に静寂が訪れる。こいつ、名前あったのか。
「ま、まぁ、俺達はこれから王城行って報告してくるから。大人しくしてろよ?」
『わかっつーの。俺霊だし?こんなポンポン鑑定持ちが出てきて住み始めても動じないし?んな危険には手出さないし?』
霊は本来一般人には見えない。それこそ、レアスキルである〈鑑定〉持ちや霊術士などでないと存在をくっきり認識するのは困難だ。
今までこの屋敷で怪奇なことが続いていたのは、こいつのせいである。霊体なので、訪問者を一方的に追い払うことが出来ていた。
だが、俺もマイもネルも、〈鑑定〉持ちという、しかも天敵の神聖魔法も使われるという事態。
デヌンは詰んだ!
「そうしてくれ。あと、防犯機能として役に立てよ。安全な生活がしたいんだ。」
『くっそ………雑用か…もういいぜ、好きにしな。』
諦めたように両手をあげ、降参のポーズをするデヌン。
「ケンヤ、出かける前に朝ごはん!頑張って作ったから食べよう?」
いつの間にか、マイがスイっとパンっぽいのとミネストローネっぽいのを二人分お盆にのせて持ってきていた。
屋敷のキッチンを使ったのだろうか。
「おお、マイが作ったのか?どれ……」
ミネストローネっぽいのを飲んでみる。
「まず……くはないな。普通だ。うん、普通だわ。普通のミネストローネだな。」
「ひっどい!普通普通て、お世辞でも美味しいって言ってよ!まぁ作ったの初めてだから仕方ないけど……」
「いや、初めてでこれは凄いんじゃないか?確かに最初は『ヴッ』ってなったけど、十分だよ。パンも作ったやつ?」
へなっとベッドへ突っ伏すマイ。デヌンが何やらマイに同情の目を向けている気がしないでもない……
「う~、どうせわたしには料理の才はないんだぁ~………あとパンは買ったやつ」
「そっか。でも作ってくれただけで嬉しいよ。ありがとう。」
さすさすと頭を撫でてやると、落ち込んでいたのが嘘のようにバシュ!っと起き上がるマイ。
そのまま寄り添うように朝食を食べた。
『……いや、オレ霊だから食事いらねえけどよ………なんか羨ましいなぁ』
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「はむっ、たった一日振りだけど、むっ、妙に懐か、ごくっ、しいな。」
「はふ、そうだねっ、んむ、やっぱり慣れちゃった、んくっ、もんね。」
「二人とも、ちゃんと食べてから話してよ……」
俺とマイは、朝食をとった後すぐにネルと合流し、食べ歩きしながら王城前へと来た。
目的は、今まで世話になったジョイ達へのお礼と、ネルの『久しぶりに会いたい』という願望だ。
「はぁぁぁぁぁ………三分の一とか、馬鹿か僕は。仕方ないといえ引きすぎだろ……」
「なんだ、ジョイに会うのに落ち込んでんのか?」
「確かに楽しみだけど……だってさあああぁ」
どうやら、昨日思い切って土地含め屋敷を三分の一の値段にしてしまったことに後悔しているようだ。
もともとデヌンのせいで問題物件だったので、大金貨600枚という規模に合わない格安屋敷だったのを、さらに200枚まで落としてしまったのだ。六千万円が二千万円に。無理もない。
「ほら、着いたぞ。落ち込んでないでさっさとこい。」
「赤字ぃ……」
もう見慣れた王城の門。いつものように、警備の騎士がチェックをしにくる。
「おお!サカタさんじゃないですか!昨日は出ていったっきり通ってないですよね、何かありました?」
見知った一人の警備が走り寄ってくる。名前はライルだったか。
黒の覆面男─ネルを見て、少しギョっとしているようだ。
「ちょっと、な。後ろの覆面は怪しい奴じゃないから大丈夫。」
「そうですか、分かりました。……はい、ではお通り下さい!」
紙に記録をとり、敬礼で見送ってくるライル。
剛断会の幹部を倒したことで、兵士からの俺とマイの株は一気に伸びた。
嫌われるよりは全然良いのだが、尊敬の目で見られるのは慣れていないので、新鮮な感覚である。
城の庭っぽい所を抜け、南殿を通り東殿へと向かう。
ジョイは大抵北殿にいるのだが、途中会ったメイドのツーリに『ジョイ様は現在地下牢へ足を運んでいます』との情報を得たので、こちらからジョイに会いに行くことにした。ちなみに、ツーリとは茶頭にやられ、マイが治癒魔法で回復したあの人だ。
「ケンヤ、おじさんと会った後はどうするの?」
前でくるっとターンを決めたマイが振り向きざまに聞いてきた。
「少し話した後、借りてた部屋の荷物全部アイテムボックスに入れて、王に挨拶して帰る。ネルは?」
「…僕は仕事があるから、ジョイとオマーグに会って昔話でもしてから帰るよ。」
表情はわからないが、いまだに『ズーン…』という効果音が聞こえそうな雰囲気を纏うネル。そんなにショックだったんだな。
ネルを励ましながら進むこと数分。東殿、一階の地下牢へ続く階段にたどり着いた。
戦闘の跡がまだ残っているものの、大半は修復されたようだ。
「お止まりを、サカタ殿。この先は牢ですので、目的を提示して頂かないと……」
階段の警備に止められる。というか、本当に俺の名前が知れ渡ってしまっているようだ。
「悪い悪い、ジョイに会いに来ただけだ………って、ナイスタイミングだな。」
ちょうど、階段からジョイと複数名が登ってきた。
「さ、サカタ様にマイラ様?それに……ネルも来たんですね。久しぶりです。」
「あ~、ジョイ、久しぶり。地下牢なんて、何しに降りたの?」
ちょっと嬉しそうにネルが言う。ジョイもイカツめの顔が少し綻んだ。
「剛断会の幹部達の尋問をしてきました。なかなか口を割ってくれなくて困りましたよ。」
「ジョイが尋問……何したんだ?」
「雷魔法で痺れさせてから、氷魔法責めです。その後、火魔法で少しずつ炙っていくのです。それを治癒魔法をかけながら吐くまで行うので、骨が折れるんですよ…」
「おおう………ご苦労様。」
意外にもジョイがクレイジーな拷問をしていたようだ。ネルも若干顔がひきつっている。
「んで、どうだった?やっぱり目的って……」
「はい。赤頭の救出を最優先に、城の戦力を削ぐことでした。ただ、何故赤頭一人に対し、そこまでして攻めこんで来たのかについては口を割りませんでしたね……。今から王に報告へ行きますが、ご一緒しますか?」
「ああ、王にも礼を言っておきたいからちょうど良い、行こう。マイ、〈空間転移〉頼める?」
「おっけー、全然大丈夫だよ。」
「空間転移て……すごいな。そんなの使えるのか。」
マイが幅二メートルほどの正方形で、空間にゲートを開く。……というか、向こうに王が見える。あ、お菓子食ってるな。
「ジョイ……警備大丈夫なのか?」
「転移系に対する結界でも作りましょうかね……」
トホホとジョイが項垂れた。一発で王の所に乗り込めたら、城の警備なんて意味をなさない。
「要改善…だな。」
「そうですね…」
ゲートを越え、王の目の前に出る。あちらも面食らったようで、苦い顔をしている。
「ジョイよ、サカタ達ならば良いのだが、念のため後で空間遮断型の結界を張っておけ。」
「分かりました。善処します。」
苦笑しながら、対応策を話し合う二人。当の本人であるマイはどこ吹く風だ。
「よぉ、王、昨日振り。別れの挨拶がてら来たぞ。あと、ネルも一緒に来てるから。」
王に敬語は止めろと言われてから俺は、王にも普通に接するようにしている。おずおずと一緒に付いてきた兵士達は唖然としているが……。
「おぉ、ネルではないか。長い間会っていなかったな!相変わらず変な覆面を被りおって……」
「久しぶり、オマーグ。何か王の座についてから、増して若返ったな。」
最初気づいていなかったようだが、ネルを見るとすぐに嬉しそうな表情になった。
ネルも、ジョイに再会した時と同じく、声色がどこか嬉しそうだ。
「話したいことは山々あるが……サカタよ、別れとは、もしやもう買ったのか?」
「即決な。ネル君が商売魂出してくれたお陰だよ、ありがとな!」
「やめろぉ!プライドが傷ついてるんだから、これ以上抉らないでくれ!」
おっと、まだ落ち込んでいたようだ。叫んだ後ガクッと崩れ落ちた。
「ヌハハハハ!ならば、今日中に王城からは出て行くのか?」
「そうだ。ジョイも王も、記憶喪失(嘘)の俺に良くしてくれて、本当にありがとう。」
深々と礼をする。
ジョイにはこの世界に来て混乱していた俺を助けてくれたし、王も友達のように接してくれた。純粋に良い人たちだと思う。
「良いのだ、顔を上げよ。ここは自由の国ポラリス。困り人がいるならば助け、人道を外れた者には容赦はせん。これからも何かあったら、遠慮せず頼るがよい。最も、こちらから頼むかも知れぬがな!」
「王の仰る通りです。願わくば、サカタ様とマイ様の生ける道に光があらんことを。」
「僕の疎外感すごいな……まぁ、サカタ。あの屋敷の霊とも上手くやっていきな。」
三者三様にエールをくれる。俺が何か応援されるなど、今まであっただろうか。常に影のモブだった俺は、異世界で主人公できるとは思わなかっただろうな。
「ああ、ありがとう。部屋に戻って荷物持ったら屋敷に行くよ。ジョイは報告で、ネルは雑談したいんだろ?俺達は一足先に行くよ。」
「うむ、分かった。また今度会ったら兵士の稽古でも頼もうか!ヌハハハハ!」
「私達は王城にいますので、会いたい時はすぐに会えそうですね。」
「それもそうだな。……マイ。ゲートを。」
「もうセットしたよ。部屋に繋いでおいたから。」
早い。仕事の出来るやつである。…あ、ウインクしたな。
「それじゃ、またな!」
手を振って、別れを告げる。サカタは向こうへと消えていった。
マイも、ゲートに入り渡る……前、不意に王とジョイの方へ顔を向ける。
「…………さっきの赤頭の力について、もっと調べた方が良い。鑑定では見えないけど、吐かせて。」
「マイラ様……?それは一体……」
訝しげにジョイが聞く。
「?さあ。神族の勘?……それじゃわたしも。」
対するマイは曖昧な答えを返し、ゲートをくぐっていった。
「……王、今一度、赤頭の尋問を。」
「うむ。無視は出来なかろう。…それで、他の結果はどうだったのだ?」
「それがですね…………」
魔術師長と王は深く考える。神族は不思議な種族だ。多彩な能力を持ち、世界の真理とも言われる存在の言葉には意味がある。
……最後にマイが置いていった置き土産に夢中な二人を、寂しそうに見つめる者が一人。
「僕、蚊帳の外っぷりが凄くない?ねえ、ちょっと──」
その後、大の大人のすすり泣きに、王と長が慌てて慰めにかかったことは、また別の話。
デヌンの見た目
髪 茶髪短め。
顔 案外渋くて良さげ。
体 半透明。割りと体つきは良い。五十代(?)




