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ただ、君だけをみつめて  作者: 新木 そら
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84話  11月7日(3)

「はぁ、やっと着いた。ここまでの坂といい、うちの階段といい、もう大変」

 額に汗をにじませながら、その女性は言った。


 遥は、スマホに文字を入力して答えた。

『あっ、お母さん、こちらが片瀬さんよ』


「片瀬と言います」と、そう言って軽く頭を下げた。

  

 遥が車を運転する時に会っていたけど、ちゃんと挨拶をするのは初めてだ。


「今回で3回目ね」と、疲れているにもかかわらず、笑顔で答えてくれた。

 

 そんな僕とお母さんとの会話に、遥はキョトンとした顔で内容が理解出来ずにいた。


「まあまあ硬い挨拶は抜きにして、こんな所で立ち話しもなんだから、早く片瀬さんに上がってもらいなさい、遥」


『どうぞ』と、口を動かして僕を招き入れた。


「お邪魔します」

 

 玄関に上がった僕は、先を行くお母さんの後ろ姿を何気にもう1度確かめてみた。

 何だろう?この感じ、やっぱり前にもどこかで会ったような・・・。とそんな事が一瞬頭によぎったけれど、『こっちですよ』と遥が手招きしてきたので、そんな考えは頭の隅っこに消えていってしまった。

 

 廊下を歩いて行くと、広さが20畳ぐらいのあるリビングに通された。そこには小さめの四角いガラスのテーブルを間に挟んで、2つある3人掛けのソファの1つに腰を下ろした。

  

 僕がいるリビングとキッチンとは対面式になっているので、何だかあまりじろじろと部屋を見回すのも失礼かなって思い、取りあえずは、準備をしている遥とお母さんのやり取りを見ていることにした。


「遥、コーヒーが出来たから片瀬さんに持って行って」


『はーい』の代わりに彼女は、手を上げて答えた。遥は、お盆にコーヒーカップを3つ並べて、こぼさない様に恐る恐る歩きながらソファの前まで運んで来てくれた。


『はい、どうぞ』と、口だけを動かし、テーブルにコーヒーを置いてくれた。


「ありがとう」

 

 彼女はコーヒーを置くと、そのまま僕の横に座り、その後からお母さんもお菓子を入れたお皿を手にしながら、僕達の向かいのソファに腰を下ろした。


「ごめんなさいね、在り来たりな物しかなくて」


「いえ、そんなお構いなく」


「教習所では、この子がお世話になったそうで。いつも教習所から帰って来ると、『今日、片瀬さんの学科を聞いた』とか、『片瀬さんの技能教習に当たった』とかって教習所の話しばっかりだったのよ」


『もう、お母さん!!』と口を動かして答えた。

 遥は知られて恥ずかしかったのか、頬を少し赤く染めた。


「この子が運転する横に乗った時って怖かったでしょ?のんびり屋さんだから」


「いえ。この前も遥さんの運転でアウトレットに行きましたが、自分自身の判断で運転されていましたよ」

 その話しを聞いていた遥は、前に座っているお母さんに控え目なピースサインをして、少し自慢げに微笑んで見せた。


『私が車を買った暁には、いつでも買い物に付き合ってあげるからね』


「別に良いわよ、電動自転車で行きますから。それに、まだまだお母さん若いし。ねぇ~、片瀬さん」

 

 女の人の年齢の問い掛けなんて、どう言って返答したらいいんだ?仕方がない、この際思いついた無難な言葉と作り笑顔で、何とかこの場を乗り切ろう。


「そうですよ。まだまだ若いんですから。それに体を動かすって良い事ですしね」


「ほらね、遥。見る人が見れば分かるのよ、ねぇ」と、お母さんは僕に同意を求めてきた。


「そうですね」

 僕は、ここぞとばかり笑顔を見せた。


『もぅ~、片瀬さんたら~。お母さんに話しを合わせて』

 僕が彼女の見方をしなかったのが面白くなかったのか、頬っぺたを少し膨らませた。


「所で片瀬さんは、今、ご両親と一緒に住んでるの?」


「いえ、今は1人で住んでいます」


「じゃあ晩ご飯は、いつもどうしてるの?」


「そうですね~、簡単に何か作る時もあるんですが、仕事が終わって家の近くのスーパーで買い物をする頃には、お惣菜やお刺身が半額になっているので、どうしてもそう言った物ばっかり食べてしまいすね」

 

 コーヒーカップを両手に持って、少しずつ口に含みながら聞いていた遥だったが、僕とお母さんとの話しの間に入ってきた。


『そんなのばかり食べてちゃ、栄養が偏っちゃいますよ』

 もう、これだから男の人って、と言わんばかりのあきれた顔をした。


「それじゃあ今晩、しっかりと食べてってね。そんな豪勢な物は作れないけど」


「はい、お言葉に甘えてご馳走になります」


「今晩は、賑やかになりそうね。ほらね、いつもこの子と2人でいるでしょ。やっぱり、人数が多い方が美味しいじゃない」


「そうですね」と頷いた。


「じゃあ、そろそろ準備するわね」

 ソファから立ち上がったお母さんは、キッチンへ向かう途中にふいに立ち止まって僕の方を振り返った。


「あっ、そうそう。え~と、片瀬さんは何か嫌いな食べ物とかある?」


「いえ、好き嫌いなく何でも食べれます」


「そうなの。それじゃあ、少し時間掛かるけどちょっと待っててね」


 僕にはお母さんが、何て言う曲を奏でていたのかは分からなかったけど、何だか楽しそうに鼻歌交じりでキッチンへと歩いて行った。


 僕は、横に座っている遥に囁き声で話し掛けた。


「何だか緊張して、あまりお腹がすいていないんだけど」


「だったら散歩にでも行きます?ここから歩いて15分ぐらいの所に神社があるんですけど、その横にある公園から見る景色が結構綺麗なんですよ」


「へぇ~、そうなんだ。でも良いの、お母さん手伝わなくて?」


「大丈夫ですよ。直ぐに戻ってくれば」


「そう?じゃあ、行ってみようか」


 そう言ってはみたものの、何て浅はかな考えをしてたんだろう。彼女から散歩と聞いて連想していたのが、夕方、近所のお母さん同士で歩いている光景や、犬を散歩に連れて歩いている人達の光景を想像してたんだけど・・・。でも、よくよく考えてみたら、彼女の家は小高い山を切り開いて造られた高級住宅地の中にあって、神社はその山の頂上付近に位置している。


 これって僕からしたら、ちょっとした山登りなんだけど~、遥。




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