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ただ、君だけをみつめて  作者: 新木 そら
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 6話  卒業生からのメールアドレス(1)

あの飲み会から、かれこれ2週間が経った。


その間偶然にも、高野さんとは、技能教習を担当する事はなかったが、遠藤さんとは、1度だけ技能教習を担当した。だからと言って、他の教習生と分け隔てる事もなく、またいつもの平平凡凡とした仕事をこなす日々を過ごしていた。


この日の僕は、昼から2時間掛けて高速教習に出掛けていて、たった今、教習所に戻って来た所だった。


「只今、高速教習終了します」と、教習車の中から無線で事務所に連絡をした。


「お疲れ様です」と、何やら折り返しぶっきら棒に答える女性の声が聞こえてきた。

 

あれ?今の声、相原だよな。何で事務所に居てるんだろう?。まあ、別に良いけど。それにしても、疲れたな~。本当は14時に帰って来るはずだったのに・・・。

事故渋滞で、中々時間通りに帰れやしない。予定より20分も遅れた。


そんな事をぶつくさと考えながら、事務所まで歩いて行った。


「すみませーん、只今戻りました」


僕は取り敢えず事務所で、高速教習終了時の事務処理をしようとするその時だった。すると突然、事務所で雑用をしていた相原が、僕の隣に人目を忍んでこそこそとやって来た。


「一体何をやってたんですか」と、小声で話し掛けて来た。


「えっ?いや、高速教習なんだけど」


「それは分かってます!何で戻って来るのが遅かったんですか」


「だから道路が混んでて」


「そうじゃなくて、何で今日が高速で、そんでもって戻って来るのが遅かったんですか~」


 そんなの知るか。


「何なんだよ、さっきから。何が言いたいのか、内容がさっぱり読み取れないんだけど」


 僕は、少しイライラしながら答えた。


「もぅ本当にー、片瀬さんは鈍いんだから。今日午前中、卒業検定の日でしょ」


 相原は相原で、まだ分からんのかー、と言いたげに語気を荒げて言い返してきた。


「うん、確かにそうだけど、それで?」


「遠藤さん検定だったんですよ」


「へぇーそう何だ」


「呆れてものが言えませーん」


相原は、両手を広げて肩をすくめる仕草をした。


「それで合格したの?」


僕の問い掛けに対して相原は、周りの目を気にしながら黙ってスマホのメールアドレスが書いてあるメモ用紙を、そっと僕の前に差し出した。


「何これ?」

 

僕はすっとんきょんな声をだして、そのメモ用紙を相原から受け取った。


「遠藤さんのメールアドレスです。本当は直接会って、片瀬さんに伝えたかったみたいらしいんですけど、誰かさんが高速教習で中々教習所に戻って来なかったでしょ」


「いや、だから・・・」と、言い訳をしようとしたけど、直ぐに相原が会話の間をあける事無く話しをし続けてきた。


「それに遠藤さん、大学の方に戻らなければならない用事が有ったようで。それで、たまたま私が事務所にいたのを見つけて、これを渡して欲しいって頼まれたんです」


相原にはやけに珍しく、真剣な眼差しで僕にそう答えた。


「ふーん、今日が試験だったなんて全然知らなかった。で、結果はどうなったの?」


「だ、か、ら~!!私から聞くよりかは、遠藤さんから直接教えてもらった方が良いんじゃないんですか~?」


今度は、相原の方がイライラしている様子で答えた。


「何で?」


「何でって?まだ分からないんですか?このあんぽんたんが~~~~!!だって遠藤さんは、片瀬さんの事を気にいっているからでしょ?」


はっ?えっ?何で?。

 

驚いている僕の気持ちをよそに、相原は話しを続けた。


「大体ですね~、この前の居酒屋でのセッティングは、誰の為に集まったと思ってるんですか?」


「えっ、あれだろ、長谷川さんと高野さんを仲良くさせよう会みたいなもんだろ」


相原は、はぁーと深い溜息を吐いた後、頭を数回振りながら『こいつは全く分かっちゃいない』と、言いたげな仕草をした。


「表向きはそうなんですが、本当は遠藤さん、片瀬さんと話しがしたかったそうですよ。でも恥ずかしかったらしく、それで高野さんに相談した所、今度は高野さんがその話しを私にして、何とか2人が会えるようセッティングをしてくれないかと頼まれたんですよ。それで、2人よりかは何人かの方が和やかに話しも出来るし、表向きは長谷川さんと高野さんとしといた方が畏まらずに話す事が出来るでしょ」


へぇーそうなんだ、と思いながらも、僕の知らない所でそんな事が計画されていたのには、ただただ驚かされるばかりだ。

 

相原は、そんな僕の事を見かねてか、自分の手と手を握って、茶化すような口調でこう言った。


「私って愛のキュウピットだわ~。片瀬さん、後でジュースおごって下さいね」と、一言言ってさっさと自分の仕事に戻って行った。

 

僕は、メールアドレスが書いてあるメモ用紙をズボンのポケットに仕舞い込み、残りの事務処理の続きをしながら、さっき相原が話してくれた会話の流れをもう一度頭の中で整理しなおしていた。




この日の僕の業務は遅番(10時から19時プラス2時間の残業)とあって、21時に仕事が終わった。


歩いて駐輪場の所まで行き、愛車であるHONDAのCBR650Fのバイクに跨って帰ろうとした時、またしても相原が小走りでパタパタと靴音をたてながら僕の側まで近付くと、昼間の出来事について確かめにきた。


「片瀬さん、もうメールしました?」


相原は、その後どうなったのか興味津々で僕の顔を覗き込んできた。


「いや、まだだけど」と、僕は戸惑いながら答えた。


「えっー、まだしてないんですか。何ぐずぐずしてるんです。何だったら代わりに私がメールしましょうか、片瀬さんのふりして」

 

相原は、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「い、いいよ、別に。帰ったら遠藤さんにメールするから」


「ぜっ~~たいですよ~~。今日中ですよ~」


「分かったって」


「連絡しなかったら、私がメモ用紙を片瀬さんに渡してないと思われるかもしれないじゃないですか。待ってますよ、あの子」

 

それじゃあ、と声には出さず相原に手を上げて答え、ヘルメットのシールドを下げた後、僕は逃げるようにしてスロットルを回し、その場をあとにした。

 


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