14話 1泊2日旅行(2)~向日葵畑~
出発してから二時間くらいかけて、今ようやく目的地である向日葵畑に辿り着いた。天気は絶好の観光日和。平日ともあって車の数も少ないかと思いきや、意外にも駐車場には乗用車だけでなく、観光バスも数台並び、家族連れや町内会のグループ、その他、海外からの観光客とで大いに賑わっていた。
「はぁ~、やっと着いたなぁ~」
車から最初に降りた長谷川さんは、背伸びをしながら大きな欠伸をして気だるそうにそう言った。
「誰のせいでこんなに時間がかかったと思ってるんですか」と、僕は長谷川さんにぶつくさ呟いた。
「だってやな、片瀬君。高速のパーキングちゅうたらな、やっぱり寄らなあかんやろ。なぁ、相原」
「ですよねぇ~。美味しい物を食べないなんて、人生の半分は損しますよ。ねぇ、長谷川さん」
この酔っ払い共め。
この目的地に到着するまでに、長谷川さんと相原にパーキングを梯子され、やれ地ビールが飲みたい、ソフトクリームが食べたい、その土地の名産物が食べたい、あれ食べたい、これ食べたいと言って、結局予定してた時間より大幅に遅れた原因だ。
運転をし続けて疲れていた僕は、ペットボトルのお茶を口に含みつつ、喉の渇きを潤しながら駐車場から歩いて向日葵畑の入り口付近にやって来た。するとそこには、オーシャンビューならぬ、一面黄色の向日葵ビュー。特に目の前の景色を目の当たりにした長谷川さんは、突然大きな声で叫んだ。
「うわ~、すげぇ~。見渡す限り向日葵やんか~」
当たり前でしょ、向日葵畑なんだから。と、僕は長谷川さんに、口には出さずに心の中で反論した。
「お~い、皆~。こっちこっち。色んな向日葵あんで~」
「うわぁ~、感激。これ有名な画家が描いた向日葵じゃないですか」と、高野さんが指を指した。
僕等は、高野さんが指で示した方を好奇心旺盛な眼差しで見てみると、そこには、学校の教科書で見た事のあるゴッホの向日葵や、モネの向日葵が咲いていた。その他にも、もこもことした感じのテディベアーやマンチキン等、ちょっと感じの違う何種類かの向日葵が咲き誇っていた。
すると今度は、相原が目を輝かして僕等に訴えてきた。
「ちょっと~、あそこ見て下さいよ、あそこ。向日葵で作った迷路がありますよ」
「よっしゃ~、皆行くで~。俺より先にゴールしたら何かおごったるさかい。誰が1番先にゴールまで辿り着けるか競争や~」
「負けませんよ~、長谷川さん」と、相原が言うと、高野さんも相原の後を追い掛けながら、僕と遠藤さんに向かって一声掛けた。
「遥、先行くよ~」
僕達2人は高野さんに手を上げて答え、向日葵で出来た迷路の入り口を後からゆっくりと歩いて入って行った。
物珍しそうに周囲の風景を見渡している遠藤さんに、僕はここに来た感想を聞いてみた。
「ここに来てどう?想像していた通りだった?」
遠藤さんは、手に持っていたスマホにすぐさま言葉を入力した。
『はい、何て言うか、すっごく綺麗です。絵になりますね、この景色』
「確かに。そう言ってくれたら来た甲斐があったね」と、僕は微笑んだ。
『ここまで広いとは思ってもみなかったです』
「だろう。え~と、確かここでは地域6か所に分けた向日葵畑があって、何でもそれ全部合わせると23ヘクタールあるらしいよ」
『へぇ~、23ヘクタールですか?23ヘクタールってどのくらいの広さか見当もつきませんよ』
「え~と、23ヘクタールを平方メートルにすると、230,000平方メートルで、東京ドームの1個分の建築面積が、確か46,755平方メートルだから、230,000÷46,755でざっと計算しすると、え~と、あれがこうなるから~、大体4.9個分かな」
『そう言われると、何となくその広さが分かった気がします。でも、東京ドームってテレビでしか見た事がありませんけどね』
遠藤さんは、そう言ってから屈託のない顔で笑みを見せた。
そんな僕達の間には、少しの時間、心地良い沈黙が訪れ、向日葵の迷路を勘を頼りに歩いて行った。
僕は、首を傾けている向日葵を何となく見ていると、つい向日葵についての知識を思いだして遠藤さんに話しだした。
「向日葵って、キク科の1年草で、確か原産地は・・・アメリカだったかな?」
『へぇ、そうなんですか?』
「で、和名の由来は、太陽の日の出から日の入りまでの方向を追っているかのように花が回ると言われている事からなんだって。でもね、実際には、太陽を追って行くのは成長盛んな若い時期の時らしいよ」
『物知りなんですね』
まるで本を読んだかのように言ってしまったけど、昔、麻衣が僕に話してくれた内容をそのまま言っただけの事で。ましてやこの向日葵畑も遠藤さんが調べて見つけましたって言ってたけど、実の所僕は、過去に1度だけこの場所を訪れた事がある。彼女がここに連れてってと頼まれた事があるから僕もこの場所を知っていたのだ。
まぁ、彼女の場合はアメリカでの生活が長かったせいもあり、日本の様々な名所を本の写真でしか知らないから、実際にその場所に行って、色んな名所を自分の目で見て見たいって良くせがまれた。その度に、この建物はいついつに建てられたとか、この時代の人はとか、ただ見て回るだけじゃなくて、彼女はまず下調べをしてから、「ここに行きたい」って連れて行かされたものだから、ガイドさんが要らないくらいだった。
何だか晴れ渡った青空を見上げていると、麻衣と一緒にここに来た頃の昔の記憶がふと蘇ってきた。あの時も今日と同じ晴れ渡った青空だった。
「それにしても麻衣は、いつも良くそこまで調べるよなぁ」
「ただ古い建物だよねとか、景色が良いよねでも良いんだけど、どうせならねぇ、なぜかって知りたいじゃない」
「そんなもんかなぁ」と、僕は素っ気なく答えた。
「そんな事ばっかり言ってるから、いつまで経っても英語が上達しないのよ、悠は」
「でも麻衣と出会った時に比べれば、ちょっとは会話が出来るようになっただろ?」
少し自信有りげに僕は答えたけれど、その自信も直ぐに出鼻を挫かれる事に・・・
「そうね、子供番組のセサミストリートぐらいの会話だけどね」
麻衣は、クスクスと微笑んだ。
「しかしあれだな、今まで受験の為にって思って英語を勉強してきたけど、麻衣に教えてもらって楽しくなってきたよ、英語が」
「でしょ、でしょ。それは先生が良いからよ」
今度は麻衣が自慢げに答えた。
「いつか麻衣に、上達したわねって言わせてみせてやるよ」
「そうそう、その意気その意気。お互いにギブアンドテイクだもんね~」
そう言って麻衣が僕の方を向いて右手を差し出してきたので、それに応えるべく僕も右手を出して握手を交わした。
「そうだね」
「所で悠」
「何?」
「What is this flower’s name?」
麻衣は向日葵を指で指して、不意に英語で問い掛けてきた。
しかし、そんな彼女の思惑とは裏腹に、僕は平然とその問い掛けにさらっと答えた。
「This flower’s name is Sunflower. Do you understand?」
「そうそう、その調子、その調子」
お母さんに褒められた子供のように、僕はニッと笑顔がこぼれた。
「そして、その花言葉が・・・」
「花言葉が?」と、僕は麻衣の言葉を繰り返して聞いた。
彼女は少し考えた素振りをして、僕にこう言った。
「そんなの内緒」
「な、なんだよそれ」と、教えてくれるはずと思っていた事が聞けなかっただけに、僕は少し不満げに答えた。
「何でもかんでも人から教えてもらうんじゃなくて、何だろうなって疑問を感じたら先ず自分で調べる事ね」
「え~、そうだけど」
「でしょ。人から聞いた事よりも、自分で調べた事に関しては、なが~い間、頭の中にインプットされているでしょ」
う~ん、でも気になる。
「後は悠の性格ね。こう言うちっちゃい事からコツコツと調べていく習慣を身に付けていけば、悠は自然と賢くなっていくわよ」
上から目線で話す彼女に「はいはい」と、僕は投げやりに返事をして白旗を揚げた。
それから僕は、見上げていた空から向日葵に目を向けて、遠藤さんに話し掛けた。
「ねぇ、知ってる?」
『何をですか?』
遠藤さんは首を傾げた。
「向日葵の花言葉」
『え~と、知らないです』
「そう」と、静かに答えた。
『で、何なんですか』
「それは・・・内緒」
僕は麻衣の気持ちになって、そう答えた。
『え~!!、教えて下さいよ~』
「何かね、僕が喋るよりかは、自分で調べた方が長い間良~く覚えているんだってさ」
『それって、誰かの言葉なんですか?』
「うん、英語の先生の言葉」
『分かりました。後で調べます』
そう言って遠藤さんは、観念して頬を膨らませた表情をしたかと思ったら、その後直ぐに頬笑みを見せた。
僕は向日葵の花言葉を、出るか出ないかというぐらいの声で呪文を唱えるかの様に呟いた。
『しかし本当に凄いですよね。片瀬さんが言ってた通り、映画のワンシーンで見た景色とそっくりですね。何かその場面に私が居るみたい』
遠藤さんの話しを聞いて、僕もその場面を思い出した。
「じゃあ、その場面のセリフをやってみる?」
『えっ~、無理ですよ。だってその場面が断片的でうる覚えですから』
遠藤さんは、少し戸惑いながら答えた。
僕もその場面のセリフを完璧に覚えている訳じゃなかったけど、確かここが映画の感動シーンの1つで、ヒロインの名前を主人公が叫んだ瞬間、2人は力強く抱き締め会うんだ。そうして僕は、遠藤さんに背を向け、ひと呼吸おいてから、遠藤さんの方へ振り向くと同時に両手を広げて咄嗟に言ってしまった。
「遥!!」
何も考えずに咄嗟に出てしまった言葉が遠藤さんの名前だったので、言った本人がこんな事を言うのも何なんだけど、僕自身が焦ってしまい、その後のセリフを何て言ったらいいか思い浮かばなかった。でも、もっとビックリしていたのは言われたの本人で、苗字じゃなく名前で叫ばれたとあって、両手を胸の辺りでギュッと握り締め、緊張した面持ちで一言だけ『はいっ!』と、声を発せずに口を動かして答えてくれた。
「あっ、ご、ごめん、ごめん。何も考えずに喋ったから、名前で呼んでしまった」
『別に気にしないで下さい。突然名前で呼ばれたんで一瞬ドキッとしましたけど、良いですよ、呼びやすい方で言って下さい。私は片瀬さんって言う方が呼びやすいので片瀬さんって言いますけどね』
僕は、遠藤さんの目を見て言う事が出来ず、少し目線を反らして答えた。
「じゃあ、え~と、遥、さん」
そう言うと、俯いていた遠藤さんは顔を上げ、お互い目が合った瞬間、僕達2人は自然と笑顔がこぼれて静かに頷いた。
暫くして、僕と遥との間には、ぎこちない距離を保ちながら、迷路の出口付近まで辿り着いた。
「あっ、若しかしてここ出口じゃない?」
遠藤さんは、頬笑みを浮かべて「うん」って頷いた。
「この迷路、長かったんだろうけど、でもここまで来ると何だかあっと言う間だった気がするね」
『あっ、私もそう思ってました』
それにしても、先に入って行った長谷川さん達はどこにいるんだろう?
そう思い辺りを見回してみると、出口の向かい側にあるお店の外で、長椅子に座ってソフトクリームを食べている3人の姿が目に入った。
すると長谷川さんも僕達の存在に気付いたのか、突然大きな声で叫んだ。
「お~い、そろそろバーベキューの買い出しに行くぞ~」
「は~い、分かりました~。今行きますよ~」
僕は1歩前に歩き始めようとした時、後ろにいた遠藤さんに向って「行こう」と一言言って、何気に左手を遥に差し伸べると、遥も自然と右手を差し出した。乾いた大地を踏み締めながら、僕達は3人のもとへと手を取り合って駆け出して行った。




