11話 お墓参り
有給休暇で仕事を休んだ僕は、高速道路を使って車でおよそ2時間、太平洋に面して整地された霊園に辿り着いた。麻衣が埋葬されている所だ。そこは、海に面した小高い山で、見晴らしを良くする為か、海沿いの山の斜面を削って造られていた。
僕は、ミニ向日葵の花束やお線香等が入っているビニール袋を持ち、左手には桶に半分くらいの水と柄杓を入れて、急な山の斜面の階段を一段また一段とゆっくりと踏み締めながら登って行った。
麻衣のお墓は山の中腹辺りにあり、海から吹く風は、容赦なく僕の髪の毛をもてあそび、太陽の日差しは、僕の体力を吸い取るかのようにこうこうと照らしていた。
ふぅ~、やっと着いた~。
麻衣のお墓の方まで歩いて行くと、その前で一人の女の人がしゃがんで、手を合わせて目を瞑っている光景が目に入った。
うん?親戚の人かな。と思いつつ近くまで歩いて行くと、足音に気付いたのかパッと僕の方を振り向いて挨拶をしてきた。
「こんにちは」
見た感じは、40半ばか50代かな?と、そんな事を考えながら、僕も相手の女の人と同じように軽く会釈をしてからその人に話し掛けた。
「あっ、こんにちは。あの~失礼ですが、御親戚の方ですか」
「いいえ」と、その女の人は頭を振って静かに答えると、今度は僕の方を見つめて「あなたは?」と尋ね返された。
「はい、麻衣さんとは知り合いで」と答えてから、その女性の顔を見た時、つい右目の泣きぼくろに目がいった。
「そう・・・あっ、ごめんなさいね。直ぐ片付けるから」と、一言言って、その女の人はそそくさとお墓の回りを片付けて、もう一度僕に会釈をしてから、その場から立ち去って行った。
親戚じゃないんだったら、一体誰何だろう?と、立ち去って行くその女の人の後姿を目で追いながら、ふとそんな事が頭を過ぎっていった。
持っていた手荷物を地面に下ろし、お墓の前でしゃがんでから心の中で麻衣に話し掛けた。
おはよう、麻衣。久し振りだね。そっちでは元気にしてる?僕はと言うと、麻衣といた時と一緒で相変わらずさ。でも、今年に入ってからは何だか体調が優れない時もあってさ、時々、体がだるくて仕事を休む事もあったっけかなぁ。
そう話し掛けてから、持って来た花を添え、線香を焚いた。それから日差しを避ける為に、お墓の直ぐ左側にある桜の木の下の木陰に移動した。
その青々とした葉を付けているこの桜の木は、樹齢が何年経過しているかは分からないけど、木の幹が大体70から80センチぐらいの幅と言った所だろうか。それに、木の枝の端から端までが、ざっと広い所で車が2台がすっぽりと収まるぐらいの大きさだ。さすがに、この霊園を造るにあたって、これだけの年月を越えて今に至るこの桜の木を切るに忍びないと思ったんだろう。この桜の木だけが、ぽつんと1人寂しく存在していた。
日向にいる時に感じた風と違って、海沿いから吹く風が木の葉をザワザワ~とざわめかせ、心地よい爽やかな風が僕の頬をそっと撫でて行った。
桜の木にもたれ掛けて座った僕は、水平線が見渡せるこの景色を眺めながら、まるで麻衣が横に居てるかのように再び心の中で話し始めた。
いつ来てもここは眺めが良いよなぁ。そう思わない?麻衣。
あっ、そうそう。ここに来たら言おう言おうと思ってたんだけど、最近仕事でさ、技能教習だけじゃなくて、学科の方も担当する事になったね。何十人もいる人の前に立って喋ってるんだよ。その光景が想像出来る?多分麻衣が見たら、さぞかし驚ろいて間違いなくこう言ってるね。
『えっ!嘘でしょ?人見しりの悠が大勢の人の前で喋ってるなんて。何か地球上で不吉な事が起きるわよ、絶対に』って。
ここ最近になってようやくかな、皆の顔を見ながら話せるようになってきたの。最初の頃なんて、とてもじゃないけど壁の方を見ながら喋ったりとか、皆の顔をわざとぼやけて見てたりなんかして、緊張しないように話す事で精一杯だったよ。でも時々、年配の女性の人が頷きながら聞いてくれる人もいてさ、本当はこんな事を言ったら良くないんだろうけど、その時はもうこの人の為だけに頑張ろうって思ってしまった事もあったかな。
学科を担当するって事になった時は、正直これで麻衣に起こった出来事を色んな年代の人に聞いてもらう事が出来る。誰か一人でも良いから何かしら感じとってくれるものがあればなって思ってたんだけど、今だに言えずじまいだよ。前の仕事を辞めてこの仕事に就く切っ掛けになったのも、麻衣や麻衣のお父さん、それに残された麻衣のお母さんや妹の亜季ちゃんのような人が少しでも居なくなればと言う想いだったのに・・・
それどころか、麻衣との思い出が日を追うごとに少しずつ薄れていくんだ、心はまだ3年前のままなのに。
そんな事を話しながら、ただ遠くの方をボヤ~と眺めていると、突然海からの突風がビューと吹いて、僕は咄嗟に目を瞑った。
そう言えば、僕が悩んでいる時はいつもそうだったよね。悩みを忘れさせようと、僕の髪の毛をクシャクシャにして、良くこう言われたっけな。
『何ネガティブになってるのよ。何事にもポジティブでしょ、ポジティブ』って。
そう、まるで今の風は彼女と入れ替わったかのように、気が沈んでいる僕の気持ちを元気づけてくれている感じがした。




