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ただ、君だけをみつめて  作者: 新木 そら
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 1話  突然の出来事!!

7月7日、七夕の日。


古来より、彦星と織姫が1年に1度、お互いの気持ちを確かめ合う為に、天の川を挟んで2人が出会うと言う物語がある。


その為か、いつの頃から始まったのかは知らないけれど、想いを書いた短冊を笹の葉に付けて願い事をする風習が神社だけでは無く、幼稚園や学校、はたまたお店や企業等そこかしこでされている。


紙に願い事を書くだけで想い通りになるんだったら、僕は何十枚、何百枚、何千枚でも書くだろう・・・。


だから彦星と織姫はまだいいさ。お互い生きてさえいてくれたら、いつかはまた、2人で逢えるのだから・・・。




7月5日、激しい風のせいで、横殴りの雨が降りそそぐ夜の8時頃、駅のプラットホームにひと時の休息でもするかの様にゆっくりと電車が到着した。


 その中から、早く家路につこうとするサラリーマンや学生達が足早に我先へと改札口に駆けて行く。

 

 ある人は、雨の中を傘も差さずにずぶ濡れのまま駅から走り去って行き、またある人は、タクシー乗り場へといち早く並ぼうとして駆けて行った。

 

 そんな人達とは別に、暫くして、1人の女性が後から改札口へと姿を現した。

 

 細身のベージュのパンツに、淡いスカイブルーの色をしたシャツ。髪型は、肩より下のロングヘアーだがゴムで髪の毛を束ねていた。その人の名前は、高科麻衣。

 

 彼女とは大学時代に知り合って、良き理解者であり、英会話の師匠でもあり、そして何より、僕の彼女だ。

 

 しかし、そんな彼女が数十分後に、僕の人生を大きく変える出来事がこの後に起きるなんて、誰が想像する事が出来ただろう。

 

 後から聞いた話しだけれど、この時の麻衣は、仕事を終えて家に帰る途中だったらしい。


 そんな矢先に突如、土砂降りの雨が降ってきたので、電車に乗る前に、プラットホームからスマホで父親に駅まで迎えに来て欲しいという連絡が麻衣からあったと言う話しだ。

 

 麻衣が改札口から出て来ると、突然、車のプップッと軽く鳴らされたクラクションの音が、激しく壁や地面に吹き付ける雨音にまじり辺り一面響き渡った。


「あっ、お父さん!!」

 

 麻衣は父親が待つ車の所まで、無意味ではあったが、少しでも抵抗しようと雨に濡れない様にカバンを頭の上にして、水溜りを避けながら駆け足で走って行った。


「ありがとう、お父さん。迎えに来てくれて助かったわ」


「朝、新聞を読んでなかったのか。降水確率、午後から80%だったんだぞ。良くこの時間まで雨がもったぐらいだ」

 

 ハンドタオルで濡れた部分を拭きながら、麻衣は父親の言葉を遮った。


「はいはい、明日から気を付けまーす。でも今時の子は、彼氏に迎えに来てくれるよう頼むのよ。私みたいにお父さんに電話して迎えに来てもらうなんて珍しいわよ。私って天然記念物ものね」

 

 そう言いながら、麻衣はひとりウンウンと頷いた。


「そんな珍しい生き物になりたくないんだったら、折りたたみの傘ぐらい持って行きなさい。素直にありがとうって言えばかわいらしいのに。小さい頃の麻衣は、お父さん大好きって良く言ってくれたものなんだけどなぁ。月日が経つのは早いもんだわ」


「そうね〜、毎年、月日が経つのが早く感じるわ〜。でもお父さん、あれよねー」


 ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら、麻衣が話しを続けた。


「そうやって昔の事をしみじみ話すって言う事は、年をとったって証拠ね。でも、これからもまだまだ元気で居てくれなくちゃね、おとうさん」


 娘がシートベルトを装着したのを見届けた後、麻衣の父親が発進の合図を出し、ギアをパーキングからドライブに変え、フロントガラスに容赦なく叩きつける雨のせいで視界が悪い中、車は静かに動き出した。


 麻衣の父親は、同情するかのように呟いた。


「お前と付き合っている片瀬君は、さぞかし大変だろうなぁ」


「そんな事はないわよ。彦星と織姫みたいに、例え会う時間が少なくてもお互い気持ちは通じあっているし」


「はいはい、分かった分かった。あぁ言えばこう言う所は、お母さんにそっくりだなぁ」


「でしょー」


 勝ち誇った笑みを浮かべて、麻衣は答えた。


「所で最近、片瀬君は家に来ていないみたいな事をお母さんが言ってたけど、元気でやってるのか」


「うん、全然、元気元気。ちょっと前に店長に昇進して、一店舗任されたんだって。慣れるまで忙しくなるって言ってたわよ」


「ふーん、そうか」


 麻衣は父親がそう答えてからワンテンポおいて、少し緊張した面持ちで、助手席側の窓ガラスに薄っすらと写っている自分の姿を見ながら、意を決した様に新たに別の話題を父親に持ち掛けた。


「えーとね、お父さん。確か7月7日って仕事休みでしょ。その日って会社の人とゴルフに出掛けたりしないわよね?」


 遠まわしの麻衣の問い掛けに一抹の不安を感じながらも、娘の次の言葉を聞こうと答えた。


「えーと、確か、行く予定はなかったなぁ。別に行って欲しかったら行くけど」


 麻衣は慌てて父親の言葉を遮った。


「あっー!!、ダメダメ!!家に居て、いやいや居て下さい」


「急に改まって気色悪いなぁ。何か祝ってくれるのか?お父さんの誕生日じゃないけど」


「えーっと、お父さんにお願い事があるの。いや、有るんです」


「何か欲しい物でもあるのか?」


「いやー、そのー、悠がね、7月7日、私の誕生日の日にお父さんとお母さんに話ししたい事があるらしいんだけど、会ってくれる?」


「話って?」


 照れ笑いの表情を浮かべて、麻衣は話しを続けた。


「実は、2日の日に、悠から一緒になろうってプロポーズされちゃった」


 いつもの雰囲気と違う娘の話し方に、何となくは覚悟はしていたが、いざ本人の口からそれを聞くと、やっぱりそうかー、っと心の中で自分自身に呟いていた。


「そうかー、また急な話しだぁ。で、お母さんは、その事知ってるのか」


「その日に話しをしたわ」


 麻衣の父親は、はっー、っと深い溜息を吐いた後、話しの間を空けてから静かに口を開いた。


「いつかはこんな日が来るとは分かっていたけど、急に言われるとなぁ。本当は、良かったなって、直ぐに喜んであげるべきなんだろうが、やっぱり焦ってしまうもんだなぁ」


「お父さん」

 

 麻衣は、しんみりした表情を浮かべて答えた。


「良かったなぁ、麻衣。でもな、まだ悠君には内緒にしておくんだぞ。一応、直接会ってから返事をしたいからな」


「うん、分かった。ありがとう、お父さん」

 

 それから二人の車は、赤信号に従って停止しているダンプカーに続いて滑らかに停止した。

 

 二人の間には、車に叩きつける雨音がするものの、少しの間、静かさが続いた。


「ここの交差点って、スムーズに青で通過する事がないんだよなぁ」

 

 麻衣の父親は、ハンドルに顎を置いて、恨めしそうに信号を見上げながら呟いた。


 するとその時、後ろからまばゆいライトを照らして10トントラックが、あたかも獲物を見つけた隼の如く、二人の車の背後から襲いかかって来た。


「麻衣!!」


 麻衣の父親のその一言が、二人の会話の最後となった。


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