03//胎内の記憶
篠懸は離れ座敷でたった一人、遊佐と向き合っていた。
薄暗い室内には、緊張に似た息苦しさばかりが凝り、時折、行灯の燈がちらついて、二人の影を揺らしている。
動くものといえばそれだけだ。
ひどく長く思えた静寂。先にそれを破ったのは、遊佐の方であった。
「皇子様、母上様のことを覚えておいでですか?」
「え…?」
思いがけぬ言葉だった。自分の病と母――そこに一体何の関係があるというのか?
「ええと…。私の母は、私が生まれてすぐに他界致しましたので、面差しは絵や写真でしか…」
「いえ、そうではなく、母君の胎内で見たことや聞いた音など、ご自身で感じたことを何か一つでも覚えておいでですか?どんな些細なものでも構いませんが」
篠懸は考え込んでしまった。会ったこともない母の記憶、まして胎内の記憶など持っていようはずがないではないか。
だが、そうして戸惑う一方でふと思い起こされたもの――それは、いつか夢で目にした光景であった。
夢であるはずなのに、指先に触れる感触から髪を梳く風の香りまで何もかもが鮮明で、思い起こすほどに体の奥底から無性に懐かしさが込み上げてくる。
あの場所…。
あの不思議な感覚。
もしや、あれがそうなのだろうか?
あれが、胎内の記憶…?
「そう言えば…。あまり関係のないことなのかもしれませんが、昔から…いや、今も時々同じ夢を見ます。一面の白い――淡桃色の花が咲き乱れる丘で、月夜にじっと私自身がうずくまっている光景。ただそれだけなのですが、なぜか妙に印象的で、それでいて穏やかで温かくて…言葉では尽くせぬ心地よさを感じます。でも、ただ…」
瞳を閉じ、改めて記憶を呼び起こす。
あの懐かしさにも似た気持ちをどう伝えればいいだろう。
あの胸に沁みる感情をなんと表現したらいいのだろう。
そして、あの――。
「冴え冴えとしたとても気持ちのいい晩なのに、そこに浮かぶ月が――爪のような月の色が、まるで燃えるような紅い色をしていて…。それを見るのが怖くて、私は俯いて花ばかりを眺めて…。そうすることで、何とか自分を失わずにいられる――そんな感じの夢なのですが」
行灯の燈がふらりと揺れる。
「紅い……三日月…」
ため息交じりに呟いて、遊佐は重い口を開いた。
「そうですか…。母上様も同じお気持ちだったと思います」
魂を貫くほど真っ直ぐな眼差し。その視野に触れているだけで、なぜかひどく心細い気持ちに囚われる。
「やはり梓様は、ご自身に掛けられた呪いの送り主をご存知だったようですね」
「は…母が、呪いを!?」
遊佐は頷き、言葉を続けた。
「篠懸様。胎内に宿ったあなたを、黙って見守るその花――我が身のみならず、我が子にまで迫る狂気を…篠懸様、あなたにだけは見せぬようにと咲き誇るその花こそが、梓様。あなたは、そんな母上様の大きな愛に包まれ、守られながらこの世に生を受けたのです。母上様の深い愛に抱かれ、微笑みながら…」
わななく瞳から大粒の涙が落ちた。
「で、では母は…!!」
悲しみと怒りが、渦を巻いてもつれ合う――。
「ええ。そのためにお命を落とされたのです」
「そんな…そんな…。そんなことっ!私のために母は!!」
握り締めた小さな拳の上に、大粒の雫がぱたぱたと散る。
「いけません、皇子様!決して皇子様のせいなどではないのです。どうかそんなふうにお考えにならないでください」
「しかし…!!」
そう声を上擦らせたきり、篠懸は言葉を失った。止め処ない涙が頬の上を流れては落ちる。
遊佐の瞳は篠懸を見ていた。察した愁らが駆けつけたその瞬間さえも――遊佐の深い瞳は、瞬きもせず篠懸だけをただじっと見ていた…。
「梓様はお幸せだったのです。あなたという素晴らしいご子息を授かり、無事にこの世へ送り出すことができた。その喜びを胸に、天へと上がられたのです。現世に微塵の恨みも残すことなく、今でも…今もあなたのことを、大層誇りに思っておられるのですよ」
「…!!」
ついに篠懸は崩れ落ちた。
(篠懸様…)
堪らず駆け寄り、愁はしゃくりあげる小さな肩をそっと抱き締めてやった。こうする以外、今の篠懸にしてやれることなど愁といえども何もない。
「皇子様…。この愁の気持ちも遊佐様と同じです。どうか、そんなふうにご自身をお責めにならないでください。ですが、篠懸様。愁は泣くなとは申しません。辛いなら…悲しいのなら、どうぞ思い切りお泣きください。私は、いつでもここにこうして控えておりますゆえ…」
篠懸は声を上げて泣きじゃくった。
様々な思いが一度に溢れ、もはや自身にも止めることなどできない。言葉にならぬ思いは涙となって、後から後から瞳を零れては愁の胸を濡らすのだった。
そして――。
もはや慰める言葉も励ます言葉も見つからず、愁は無言で篠懸を抱き締めるのであった。
* * * * * * * * * * * *
眠る篠懸を起こさぬよう、愁はそっと部屋を下がった。
廊下に堅海が控えている。
「皇子様は?」
「少し落ち着かれた様子で、たった今お休みに」
「そうか…」
心配顔がほっと緩む。
「俺は…あんな皇子様の姿を見たのは初めてだ」
「私もだよ。堅海、寄っていくか?」
「ああ…」
愁の部屋は、篠懸の部屋のすぐ隣である。
「辛いな…。篠懸様はまだ十二だというのに、あれでは…」
沈む堅海を横目に愁は窓辺に立ち、鮮やかな蒼天を仰いだ。
「ああ。だが、きっと今の篠懸様なら大丈夫。私はそう思う」
そう、あれでいい――。
ああして素直に気持ちを吐き出すこと。それこそが今の篠懸には必要なのだ。
「堅海、おまえは感じないか?あの方…この如月に来られてから、ずいぶんと表情が豊かになった。屈託なく声を上げて笑い、明け透けに泣きじゃくり――まるで普通の子どもじゃないか。宮中の取り澄ましたお姿よりも、よほど篠懸様を近くに感じられる。私にはそのことの方が嬉しい」
「なにをまた悠長なことを…」
そうして愁を窘めながら、堅海も内心では納得していた。
ところがである。
「ああ、それはそうと堅海。一つ相談があるのだが…」
そして、昨晩篠懸と交わした約束を切り出した途端――。
「愁、おまえは…!おまえという奴は、一体どこまで暢気なのだ!そんな危険なこと、皇子様の警護一切を任されているこの俺に、許せようはずがない!!」
「そう来ると思った…」
正直、予想はしていたことだった。
それでも――。
「当たり前だ!万が一にも皇子様の身に何かあれば…!!」
「無論、その時には私一人が責を負う」
「何を馬鹿な!!首が飛ぶぞ、愁!」
「分かっている。もちろん、分かってはいるが――」
ひたむきな瞳に、揺ぎない決意が宿る。
「あのように嬉しそうな篠懸様のお姿を見て、この私に断れようはずがない」
「な、何を…!!馬鹿者が!!」
「幸いここでの篠懸様に関する全権は、蘇芳帝より直々に私が預かっている。私の独断ということにすれば、堅海に――まして、他の者にも咎が及ぶことはないだろう」
一見、品行方正で温和な愁だが、一旦こうと決めた志は貫徹する強い意志と、とてつもない正義を胸に秘めた男であるということを、堅海は長年の付き合いからよく理解していた。
「家庭教師風情が、たかがこんなことに命を賭する必要はあるまいに…」
「篠懸様のためならば、私は何だってするさ」
愁は肩を竦めて笑った。
* * * * * * * * * * * *
あれから、どのくらいの時が経ったのだろう。
篠懸はふと目を覚ました。
ひどく昂ぶったせいか、まだほんのりと熱を帯びる上体をゆっくりと起こす。鈍い気だるさが体を包んでいる。鏡を見ずとも、瞼がぽってりと腫れているのが分かる。
額にかかる髪を掻きあげ、短いため息を一つつくと、篠懸は室内を見回した。
(誰もいない…)
目を移せば、赤く染まり始めた西の空が障子越しにも窺える。
「もう夕方…か」
誰にともなく呟き、ぼんやりとしていると、縁側の障子の裾で小さな丸い影が跳ねているのに気付いた。
「……?」
そろそろと立ち上がり、障子を開けてみれば――。
「つ、椿!?おまえ、まだこんなところに…!」
ぎょっとする篠懸を気にするでもなく、ひょいと肩に飛び乗った椿は、耳元で忙しく囀り始めた。
「まさかおまえ…。私を心配してくれるのか…?」
翼を震わせ椿は応えた。小さな生命のすべてが、ありったけの気持ちを篠懸に届けてくれようとしているのが分かった。
「そうか…。おまえは優しいな…」
瞼の内に、再び熱いものがじわりと湧いてくる…。
「大丈夫。今日だけだ、椿…。今日だけだから、そう心配するな。明日になればもう…泣いたりしないから…」
瞼を伏せた拍子に頬を伝ったものを、篠懸は衣の袖で何度も拭った。
その時だった。
「皇子様、お食事の用意ができました」
柔らかな声とともに廊下の襖が開き、そこから紫苑の顔が覗いた。
が――。
「ああああっ!椿!?」
ぎくりと体を揺らした椿と篠懸が同時に振り向く。
「すまぬ、紫苑。私が悪いのだ」
そう言ってしまってから篠懸ははっと俯き、照れ臭そうにくしゃくしゃと前髪で顔を隠した。
「椿は私のことを心配してくれただけ。その…だから、どうかあまり叱らないでやってくれ。頼む」
「叱るも何も…」
呆れ顔の紫苑は、篠懸の肩にぐっと顔を近づけ――。
「もう日が暮れるから泊めていただきなさい、椿。今日だけですよ!」
ところが椿ときたら、一向に悪びれるでもなく、相変わらず嬉しそうに囀り続けている。
紫苑はむっかりと顔をしかめたが――。
「……」
その顔を間近にしてか、あるいは熱のせいなのか…。
篠懸は、全身の血液が一気に沸騰するかような妙な感覚に戸惑っていた。
頬がやけに熱い。それを気取られるのが怖くて、それとなく顔を逸らす。
この胸の鼓動を彼女に聞かれてはいまいか――。
何より今は、そのことだけが気がかりだった。
「皇子様?」
恐る恐る視線だけを向けると、いつものきょとんとした顔が首を傾げてこちらを見ている。そんな仕草を見るにつけ、またも心臓がきゅっと縮んだ。
「あの…皇子様。ご迷惑でなければ今晩だけ椿をお願いできますか?朝になったら紫苑がちゃんと山へ送り届けますから」
「……」
無意識に息を止め、頷いた。今の篠懸にはそうするのが精一杯だった。
そして。
「では、お食事はこちらにお運びしますね」
ふわりと微笑みそう言うと、紫苑は部屋を出て行った。
どうやら何事も気付かれずに済んだらしい。張り詰めた糸が切れた途端、篠懸はへなへなとへたり込んでしまった。
「はあ…。一体、何だ?何だというのだ…。なぜこうも胸が早鐘のように…」
涙の跡はとうに乾いてしまっていた。
* * * * * * * * * * * *
障子越しに差す柔らかな月灯りの部屋で、愁はぼんやりと考えを巡らせていた。
「自動人形。そんなものが、実在しているというのか…」
書物の中でなら何度か目にしたことのあるその言葉――。確かそれは、目的に応じて自ら動く機械じかけの人形を指していたはず。
彼の知る限りの自動人形とは、身の丈一尺(約三十センチ)ほどで、お世辞にも人とは言えず、どう贔屓目に見ても、ただの人形以外の何物でもなかった。無表情でつるりとした顔に、関節ごとに切り離された金属製の部品。それらが互いに作用しあって動く仕組みが、挿絵を見ただけでも良く分かった。
(しかし…)
愁は、今朝の遊佐とのやり取りを思い出していた。
あの時――遊佐は、ひどく神妙な面落ちでこう言った。
「では、愁様を見込んで、あなたにだけお話しましょう。今からお話しすることはどうかここだけのことにしてください。お約束願えますか?」
愁が頷くのを見届けると、遊佐は遣り戸を閉めた。
そして。
「信じるも信じないも愁様次第ですが…。あの子は――紫苑は男でも女でもありません。それどころか人ですらないのです」
「!?」
ごくりと息を呑む。
「ここから更に山を分け入った所に古ぼけた小さな庫裡があります。十数年前、私と紫苑はそこで初めて出会いました」
「ど…どういうことなんでしょう?私には皆目…」
「ええ、私にも分かりません。ただ、出会った頃のあの子は――時々は声を出したり動き回ったりもしていましたが、顔に血の色もなく、言葉もひどく片言で…。とても魂を持つ者には見えませんでした。
実際、私がいくらあの子の心を見ようとしても、そこには何も無いがらんとした空虚が広がるばかりで…。虫や花でさえ生きているうちは心もあるし、息吹もちゃんと感じ取ることができます。でも、あの子にはそれがまったくない。それはつまり、生き物ではない――ということを意味していました」
「そんな!!では…。では遊佐様はあの子が人形だとでも仰るのですか!?」
にわかに表情を翳らせ、遊佐は言葉を続けた。
「そう…。確かにそう考えるしかありませんでした。ですが、思い切って名を尋ねてみると、ひと言、シオン――と、あの子は確かにはっきりとそう言いました。恐らくあの子を造った人がそう呼んだのでしょうね…。でも残念ながら、庫裡にそれらしい人物の姿はありませんでした。
それから私はあの子に様々なことを尋ね、様々なことを語り続けました。でもあの子は、時に音のような声のようなものを発するだけで、まるっきり言葉を話しません。そうこうしているうちに、突然シオンは立ち上がり、ふらふらと歩き始めたのです。私は慌てて後を追いました。歩きながらシオンは庭の隅に咲いた春紫苑の花を摘んで、それらを手に庫裡の裏へと回りました。そこには不自然に大きな石が一つ置いてありました。その前に蹲ったシオンは、摘んだ花を静かに手向けました。辺りにはそうして枯れた花々が幾つも散っていました。きっと…あの子は、これまでずっとそんなふうにそこに花を手向け続けてきたのでしょう。そして、きっとあの石は――」
「墓標ですね。恐らくは、紫苑を造った方の…。何と不憫な…」
「ええ…本当に。私もそう思いました」
遊佐は静かに目を伏せた。
「その日のうちに、私は紫苑を連れ帰りました。言葉でも何でも、教えれば教えるほど、紫苑は驚くべき速さでどんどんそれらを身に着けました。そうして言葉を自在に操るようになった頃、あの子は私に言ったのです。
『遊佐様、紫苑はいつか人になりたいのです』
とても驚きました。あの子の中に心が芽生えていると確信したからです。あの何もない空っぽの身体に、温かい赤い血潮が流れ始めた気さえしました。
以来私は、あの子に人の心というものを教えねばなりませんでした。話ができて自由に動けるだけではそれこそただの自動人形に過ぎない。でもあの子は違う。あの子はそんな物ではない。
私はまず、笑うことを教えました。どんなときにどんな顔で笑ったら良いのか。そして、人がどんな理由で、何を思って笑顔を見せるのか。あの子はそんなふうに人らしさを学びながら、今も成長を続けているのです。もちろん身体はあの通り、子どものように小さなままですが――」
――そろりと障子を開け、愁は夜空を仰ぎ見た。
天の真上では月が清しく輝いている。純白の月灯りが冷えた室内に斜めに差し込み、愁の後に長く濃い影を引いた。
と――。
「!」
屋敷から少し離れた岩の上に人がいる。
「あれは…」
紫苑だ――。
膝を抱え、ぼんやりと月を見上げるその顔は、昼間の遊佐の言葉を疑いたくなるほど生き生きと愛らしい。
やがて紫苑は、膝に乗せた頬を傾けた。
遠目だからだろうか。それとも彼女の過去を知ってしまったからだろうか。にわかに憐憫を蘇らせた愁は、再びぴたりと障子を合わせてしまった。
「皇子様がこれを知ったら…」
真っ先にそう思った。
まさか今そんな話を打ち明ける気はこれっぽっちもない。だが、いつかそんな日が来てしまったなら…。
篠懸様は、恐らくあの子に淡い恋心を抱いておられる。だからこそ、この事実が与える衝撃は計り知れない。とにかく今は、何としても篠懸様のお耳に入れるわけにはいかない。
そう改めて胸に誓う愁であった。
* * * * * * * * * * * *
しっとりと夜は明けた。
「おはよう、愁」
障子を開けると、驚いたことに正面の垣根の向こうに、まだ寝巻き姿の篠懸がいた。その上なぜか、彼の頭の上には見たことのない青い小鳥が乗っている。
「み、皇子様!?何というお姿!!」
「あ…。ああ、そうか。すまぬ」
篠懸は恥ずかしそうに笑った。
座椅子に掛けてあった羽織を掴み、慌てて駆け寄ると、篠懸の頭に蹲っていた小鳥があたふたと飛び退いた。
「山の朝は寒うございます。お身体に障りますよ」
「うん…そうだな。すまなかった」
幸い落ち着きを取り戻した様子である。愁は、密かに胸を撫で下ろした。
「おはようございます、皇子様。今朝はずいぶんとお早いですね。もしや、この…小さな鳥のおかげですか?」
「うん。どうしても愁には紹介しておきたかったんだ。私の新しい友達、椿だよ」
そう微笑んで手を差し伸べると、頭上で旋回を続けていた椿はちょこんと篠懸の指に止まった。
「ふふ…」
その姿に思わず目を奪われる。正直な姿をありのままに見せてくれる篠懸が、今はただしみじみと嬉しかった。
そうだ…。
そうなのだ。
紫苑がどういう素性の者であれ、そんなことは一向に構わない。これまで誰もが得られなかった、偽りのない篠懸様の笑顔を、ここにようやく取り戻してくれたのは紛れもなくあの子ではないか――。
篠懸の鼻先で、相変わらず椿は囀り続けていた。指先で軽く頬を撫でてやれば、つぶらな瞳をうっとりと細め、小さな友は応えてくる。
「今度はきっと私がおまえに会いに行くからな。ちゃんとこの顔を覚えておくのだぞ」
その時。
「篠懸様ーっ!」
大きく手を振り、ぱたぱたとこちらへ駆けて来る紫苑が見えた。
「ほら、椿。迎えだ。行って来い!」
再び指を掲げると、あたかもその言葉を理解したように、椿はぱっと飛び立った。
「可愛らしいお友達ですね」
「ふふっ。紫苑の紹介でな。昨晩、椿にも愁と同じことを言われたよ…」
「え…?」
戸惑う愁に、篠懸は穏やかな微笑みを向けた。
「いや、そんな気がしただけさ。辛いときは椿が傍にいる――そう言ってくれたような気がしたんだ」
晴れ晴れとした心を胸に、篠懸はいつまでも小さな友を見送るのだった。