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第7話

 ライリー・カーマインの名前がリトガニア総合病院から出れば捜査は一気に進展する。

 その一理の望みに賭けるしかない恵一だったが、事は悪い方の予想通りに進んでいた。


「ええ、分かってます。ですが、分かってますけど。はい。分かりました。くそっ!」


 魔法犯罪課オフィスに何度目か分からない恵一の苛立った声と電話の受話器を叩き付ける音が響く。

 リガトニア総合病院の名前が出てから三日間、どれだけ掛け合っても一向に礼状が下りなかったのだ。

 各界の著名人が秘密裏に利用する総合病院。

 当然警察への強い圧力もあるらしく、それが原因で礼状を出すのに及び腰になっているらしかった。

 河内も礼状が下りるように掛け合っているのだが、それでも上層部は重い腰を上げようとはしなかった。


「ごめんね、恵一君。決定的な証拠がない限りは礼状出せないそうだよ」


 河内の謝罪の後、その傍で愉快そうにしている男が口を開いた。


「悪いな。あいにく全知全能じゃなくてな」


 オフィスに遊びに来ていた上層部、と言うよりは組織トップのラルフ・カートマンは河内のデスクに腰かけて茶を啜りながら、恵一の様を見て、とても楽しげである。

 現場主義のラルフはこうして本庁の各課を訪れるのであるが、ラルフは河内と若いころからパートナーを組んでいた間柄であり、魔法犯罪科に遊びに来るのは日常茶飯事であった。

 恵一が恨めし気にラルフを見ながら肩を落とすと、恵一の真後ろのデスクに座っていた刑事が声を掛けて来た。


「大変そうだな」


 彼の名はジャック・スミス。

 恵一が魔法犯罪課に配属されてからの付き合いで、私生活でも仲の良い友人である。年齢は三十代で無精ひげを生やし、短い赤髪をワックスで立てている。

 特に目を引くのは彼の体格で、背は平均的だが実に筋肉質な身体付きで、私服姿ではプロレスラーに間違えられるほどだ。

 そんな外見なので近寄りがたい雰囲気ではあるが性根は実に心優しい男で、恵一もジャックに助けられた経験は一度や二度ではなかった。


「そんな面倒な事しないでも容疑者に魔力サンプルの提供させて残留魔力の検査すればいいだろ」


 ジャックの言うようにそれが最も手っ取り早い。

 勿論恵一もその手段を考えなかった訳ではない。


「そっちの礼状も降りない。証拠がないって」


 結局の所、証拠がなければ魔力検査も認められないのである。

 魔法犯罪が表面化した当初、市民から魔導師は激しい差別をされて、犯罪の証拠がないのにも関わらず、死刑判決を受けた冤罪の例が数多くあった。

 当時は魔法犯罪捜査技術が未熟であった為、警察官の勘のみによって犯人が逮捕されていたのである。

 その反省から警察庁は魔法犯罪専門の魔法犯罪課を作り、さらに魔導師を逮捕する際には通常の犯罪以上に確実な捜査と証拠を求めるように変わっていった。

 けれどそれが足枷となり、真犯人が分かっていても追求し切れないケースも発生しているのが現状だ。

 警察は常々魔法犯罪に対する捜査権の強化を主張してきたが魔導師人権保護活動グループの抗議デモや彼等のロビー活動によって悉く却下され続けて来た。

 そんな経緯から魔導師の関与を疑って捜査する場合、確実な証拠がない限り、任意同行さえ認められないのである。

 今までそう言った事案に、何件も関わって来た恵一であったが、今回のこれは異常と言っていい。


「苦労しとるね」

「若い内はそれも花ですよ」


 苛立つ恵一を見ながら河内とラルフ長官が茶を啜り、談笑している。

 直属の上司と警察トップ、そのあまりに他人事過ぎる反応に恵一の激情は爆発寸前だ。


「長官の力で何とかなりませんか」


 縋る思いでラルフに懇願するも、


「あんまり権力行使すると独裁主義って言われるしな。まぁ、もうちょっと自分で頑張れ」


 と突き放されてしまった。

 確かに下っ端捜査官のために長官としての権限を使うのは問題があるだろう。

 それにもましてラルフは現場の刑事がやりやすいよう配慮をしてくれる人物だ。

 これ以上は高望みであろう。

 恵一が諦めようとしたその時、ラルフは微笑みながら茶の入ったカップをデスクに置くと恵一を見つめた。


「ああいう社会の暗部と戦うには、権力や正義感だけじゃダメだ。同じ土俵で真っ向勝負したら泥仕合になるだけなんだよ。見方を変えてみろ。正面がダメなら他から攻めろ。遠回りが近道になる事もある」

「確かにそうですね。なぁアリバイは?」


 ラルフに同意したジャックに声を掛けられ、恵一が答えようとすると、それより速く隣のデスクに座るフェイトが手帳を開いて確認し出した。


「二件目はないんですが、一件目の事件はライリー・カーマインは友人と、ウォーマンは家族と一緒に居たと証言しています。どちらもそれぞれ確認は取れています」

「ライリー・カーマインの友人って?」


 ジャックの質問にフェイトは、手帳のページをめくった。


「映画同好会の仲間だそうです。学生時代所属していたとか」


 見ている映画はきっとB級スプラッターであろうと恵一は勝手に結論付けたが、その推理が当たっている予感がしていた。

 上手く行かない現実から逃避するための思考を巡らせている恵一を尻目に、ジャックは腕を組んで唸り始めた。


「怪しいけどアリバイも一応ある訳か。となると決定的な何かを掴むしかねぇな。おい、恵一戻ってこい。逃避しても解決しねぇぞ」


 ジャックの声で渋々現実世界に返ってきた恵一は、顎を撫でて次の手段を考えていた。

 暫しの思案の後、ふと思い付いた事を恵一は口にした。


「リーンベイル巡査。不動産記録を調べてくれないか」

「不動産ですか?」


 恵一の指示にフェイトは訝しげにしている。

 恵一はデスクに置いてあったトーマス・キンバリーの解剖資料に目を通した。


「犯人が血液を採取しているなら相応の場所が必要なはずだ。保存もしないといけないはず。自宅かもしれないけど、可能性は低い。そうでないなら別の物件を持っているかも」


 恵一の説明が腑に落ちたのか、フェイトの顔色が明るくなる。


「なら殺害場所になりそうな物件を持っていたら」

「そこを捜査する」

「すぐ調べます!!」


 フェイトは嬉々とした調子でオフィスから出ていった。

 それを恵一が見送っているとジャックがにやついた笑みを向けてくる。


「渋ってた割には、意外と息合ってんじゃねぇか」

「そうかな」


 何故か照れ臭くなって恵一は頭を掻いた。

 するとジャックは短い足をやっとの思いで組んでから呆れたように呟いた。


「女嫌いの割にお前はもてるからな」


 ジャックの言い分もあながち間違いではない。

 東洋系とは思えない程背が高く、初心な印象を与える整った顔立ちの恵一は、とても女性受けが良いのだ。

 休日にジャックとバーに行けば、必ずと言っていい確率で女性から声を掛けられる。

 俗に言う逆ナンであるが、並の男性なら憧れるそれを恵一は疎ましく思っていた。


「からかわないでくれ」


 不機嫌そうにして恵一が言うと、ジャックは人差し指を立てた。


「そう言うな。それにまぁまだ子供だが二、三年したら化けるぜあれは。今の内に唾付けとけよ」


 ジャックの言うようにフェイトは美人だ。

 それは恵一の目から見ても明らかであったが、それでもやはりフェイトを女性として意識するのは抵抗がある。


「いや。僕なんかに彼女はもったいない」

「そうか。まぁ良い子だと思うから大事にしろよ。いろんな意味でな」


 ジャックは恵一の肩を叩きながら立ち上がって背伸びをする。


「逮捕の時は声掛けてくれ。一緒に行くよ」

「助かる」


 そう言ってジャックは右手を振りながらオフィスを出て行った。

 そして彼と入れ替わるようにフェイトがオフィスに戻ってきたが、何も見つからなかったのだろう。落胆の色をありありと見せている。


「怪しい不動産記録はありませんでした。カーマインもライリーも自宅以外の物件は持っていないようです」


 予想通りの回答に恵一は特に落ち込む事もなく、頬を人差し指で掻いた。

 そうそう賢い犯人が証拠を残すわけもない。


「偽名を使っているのかもしれない。口座の流れを追おうにも、秩序型の犯罪者が本名の口座を使うとは」


「あの先輩」


 フェイトは、窺う様な声色で言葉を掛けて来た。


「本当にカーマイン医師が犯人なんですか? 証拠は患者との繋がりだけで――」


 フェイトの主張は、実に正論を突いていた。

 実際ライリーには状況証拠はおろか、彼等が犯行を行ったとする一切の物的証拠は存在していない。

 礼状が下りないから残留魔力の検査も出来ず、さらにユーリ・ランドの担当医師である事を証明するためのリトガニア総合病院の医療記録も入手出来ない。

 つまり証拠もなく、あるのは刑事としての直感だけ。

 恵一は素直にそれを白状した。


「上手く説明出来ないんだ。勘って奴だよ」

「勘は、大事だって学校で習いました」


 フェイトの声は言葉を選んでいるようで遠慮がちだった。

 しかしどこか芯のようなものを感じさせる。

 納得する答えをくれるまでは折れないと。


「けど、やっぱり物的証拠がない以上、この説を疑ってかかるべきはないでしょうか?」

「でもライリー以外に容疑者はいない」

「先輩のプロファイリングではですよね? ライリーと決めつけて彼一本に絞って捜査しているからでは?」

「彼と話していると彼が犯人としか思えないんだよ。現状のプロファイリングに符合する点が多いのは事実だ」

「経験浅い人間が生意気言ってるのは分かります。でもこれだけやって何も出ない以上、捜査の方向性を変えるべきではないでしょうか?」

「あいつが犯人だ。それは間違いない」

「先輩は……自分のプロファイリングを過信しすぎていると思います」

「他に糸口がない。君の言う通り物証がないんだ。他の線を追うにしてもね」

「仮にライリーを逮捕したとして公判を維持できると思いますか? いえ。現状じゃ起訴する事すら」

「だから奴を追いつめてボロを出させる事が大事なんだ。奴場物的証拠を残さないのは冷静だからだ。僕たちが追及の手を強めれば焦りは募る。奴の目的がなんにせよ――」

「もしも犯人じゃなかったらどうするつもりですか? 何の証拠もない以上、これ以上追及すればボロを出すのはこっちですよ」


 フェイトの不満も溜まっているのだろう。

 遅々として進まない捜査にも。

 恵一の漠然とした捜査方針にも。

 恵一自身、ライリーへの疑惑が強すぎて思考が凝り固まっている自覚はある。

 これでは冤罪を繰り返していた頃の警察官達と何も変わらない。

 それが分かっていても恵一はライリー・カーマインへの疑いを払拭する事が出来なかった。


「確かに僕の勘は不確かなものだよ。そうかもしれないけど――」


 恵一の言葉を遮る様に、上着のポケットに入れた携帯電話が鳴り出した。


「ごめん。新巻です」

「どうしました?」


 電話に出ると着信は磯山からで恵一はフェイトの問いに、


「遺体がまた出た。行こう」


 伝えられた内容をそのまま告げた。

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