第13話
警察庁に着いてから査問委員会のメンバーが集まるまで実に十二時間もの間、恵一は、取調室で内部調査班の捜査官に、発砲の経緯を説明させられた。
そして発砲から翌日の昼前になって、ようやく恵一は、警察庁最上階にある幹部会議室に通された。
入口から見て正面の壁面は、全面ガラス張りであり、首都の光景が目に飛び込んでくる。
部屋の中央には数十人が一度に座れる幹部用の巨大な楕円形の会議テーブルが置かれ、椅子も革張りの社長椅子が人数分設置されている。
部屋全体は、白い壁紙で統一されており、床にはグレーの絨毯が敷き詰められている。
十二時間待たされたのにも拘らず、会議テーブルの椅子は三つしか埋まっていなかったが、その上座に見覚えのある男が座っていた。
その男を目の前に、恵一は戸惑いの声を上げた。
「ラルフ長官……」
そう、河内の元相棒であり、現在の警察組織のトップであるラルフ・カートマンその人が、恵一の査問会を訪れていたのだ。
「警察庁長官自ら、警部補の取り調べですか」
しかしわざわざ一介の巡査部長の査問会をやるほどラルフは、余暇を持て余している人物ではない。
わざわざ自分のために来てくれたのか、と恵一はそう考えた。
「私も結構暇でね。来たまえ」
ラルフは、眼鏡を掛けて書類を広げると手招きして来た。
こうした場所で見るラルフの威圧感は、伊達に警察庁長官を名乗っている訳ではないと実感させる。
「今回の射殺は正当な物だったかね」
ラルフの問いに、これで何度目の証言だろうかと、辟易しながら恵一は、答えた。
「相手から発砲を受け、リーンベイル巡査が負傷しました。その後私も魔法攻撃を受けました。あの状況での発砲はベストかと思います」
ラルフは、頷きながら聞いていたが、突然眼鏡を外すと眉間を指で揉み出した。
「だがおかしい。建築現場からは残留魔力が検出されていない」
「どういう事ですか?」
恵一は思わず聞き返していた。
ラルフの説明の意味が理解出来なかった、いやしたくなかったのである。
「君の取り調べ中に建築現場へ調査班を送ったんだよ。そこで見つかったのは君が撃った魔法弾の残留魔力だけだった。これについてはどう説明するのかね?」
ビルの建築現場で確かに恵一は魔法弾を撃った。
だがそれは、マイク・ラッシュが魔法攻撃を仕掛けて来た為、やむなく発砲した物。
見落としたという可能性もあれだけ派手な魔法戦闘の痕があるのにあり得る筈がない。
「何かの間違いです! 対象から魔法による攻撃を受けたのは事実です」
恵一の反論にラルフの語気が強くなる。
「そもそもマイク・ラッシュは魔導師などではない。登録はなかった。彼はウォーマンに家族を殺された被害者だったんだよ」
「そんな……」
「どうした新巻?」
「長官、うそでしょ」
恵一の中に生まれたある疑惑。
恵一をよく知るラルフが報告書の内容を額面通りに受け止めるとは到底考えられない。
だが今恵一の前に居るのは、恵一の知るラルフ・カートマンとは、まるで別人の様な冷たい眼をしていた。
感情をどこかに置き忘れたかのようにも見える。
だからこそ疑惑が生まれたのだ。
思えば警察内の証拠の抹消を最も楽に出来る人物は、警察庁長官であるラルフ以外に居ないだろう。
「そういう事なんですか」
恵一は全てを悟った。
ライリーが軽率な行動に出たと考えていたがそれは的外れな推測だった。
全てはこの為に、恵一自身を嵌める為に仕組まれていたのだと。そしてそれを仕組んだ人物も。
「どうしてあなたが、こんな事を」
恵一は信じたくなかった。
信じたくはなかったが状況を見れば疑わざるを得ない。
彼が、警察庁長官ラルフ・カートマンこそが、ライリーの協力者である可能性。
嘘であってほしい。
そう願う恵一の思いとは裏腹に、口端を上げたラルフがテーブルに置いてある資料を閉じた。
「聞けば君は、解決した事件を捜査しているそうだな」
嘲笑するようなラルフの物言いに、恵一は声を荒げた。
「この事件は未解決ですよ! 犯人はウォーマン医師ではなくライリー・カーマインです!」
「君は自分の推理が外れた事に納得が行かず、マイク・ラッシュに再度事情を聞こうとした。いやライリー・カーマインが犯人だと証言させようとした」
「違う!」
恵一が否定しても、ラルフは勿論の事、同席している幹部二名も聞いている素振りさえ見せなかった。
恐らくこの場に居る全員がラルフの息が掛った人間なのだろう。
ラルフは、立ち上がって恵一を見据え、踊る様に言葉を紡いだ。
「だがマイクは、証言を変えようとはしない。彼は、善良な市民にして、今回の被害者であるからだ。だから君は、冷酷にも命を奪った。警察官として許される行為ではない」
「それは全てあなたの仕組んだ事だ!!」
恵一がラルフを睨み返すと、彼は微笑した。
「フェイト・リーンベイル巡査の腕から摘出された弾は、君の銃から撃たれた弾だったよ。線条痕が一致したんだ」
フェイトを撃ったのは自動小銃である。
当然腕から摘出されるのは拳銃弾であるはずがない。
摘出された弾を調査班が受け取りに行った際、すり替えてしまったのだろう。
何よりフェイトを利用された事で恵一の理性が切断された。
そして気が付くと自分でも無意識の内に、恵一はラルフの胸倉を掴んで締め上げていたのである。
「どこまで、どこまで腐ってるんだあんたは!!」
恵一が怒号を放って詰め寄るが、ラルフの余裕は、崩れなかった。
「新巻恵一警部補は本日付けで更迭。さらに殺人の容疑で逮捕する」
ラルフが告げると同時に恵一を連行してきた黒服の捜査官達に肩を掴まれる。
彼等を一瞥してから恵一は、ラルフを突き放した。
「あなただけは許さない。絶対に逮捕してやる」
「連れていけ」
ラルフの指示を受けた黒服の捜査官に恵一が連れて行かれたのは、警察庁内の地下にある留置場の独房であった。
薄暗くカビ臭いこの場所に、まさか殺人の容疑者として入る事になるとは、恵一も想像した事はなかった。
現在留置場に拘留されているのは、恵一一人らしく他に居るのは、監視をしている警察官が一名である。
留置場に入れられてから実に十五時間。
トイレと簡易ベッドしか置かれていない独房で恵一はベッドに寝転んで、天井をじっと見つめていた。
気掛かりなのは、ライリーよりもフェイトの事。
フェイトは、あれからどうなったのか。
無事に手術は成功したのか。傷は残らなかったのか。もう二度と会えないのか。
「恵一君」
思案に割り込んできた声に恵一が見やると、そこに立っていたのは、軽い雰囲気で手を振る河内の姿だった。
「課長」
恵一が呼ぶと河内が近付いてきたので、恵一もベッドから身体を起こしてそこに腰掛け直した。
「すいません。ご迷惑を」
頭を下げると河内は、頭を掻き出した。
「いや。本当なの?」
そう聞いてくる河内の表情は、悲しさに沈み込んでいた。
それを答えるのは憚られたが、真実を河内に伝えなければ、ならなかった。
何も出来ない自分の代わりに、悪を倒してもらうために。
「警察庁長官、ラルフ・カートマンがライリーの協力者です。恐らく遺体の遺棄にも協力していたんでしょう。間違いであってほしかったけど、でも彼が」
戸惑いがちに恵一が告げると、河内は、苦笑しながら俯いた。
「そっか。彼が……」
河内は、ラルフと長年コンビを組んできた。
だからこそショックも大きい。
いや、そんな言葉で表せるものではないだろう。
そんな物は、超越した痛みを河内は味わっているはずだ。
だから何とか話題を変えたい。恵一はそう思った。
「課長。あの巡査は、フェイトは?」
一番気になっていた事を聞くと、河内の表情が一転明るくなった。
「無事だよ。腕の怪我は、命に別状はないし、今は家で休んでいるよ」
とりあえず相棒の無事を確認して恵一は胸を撫で下ろした。
今の恵一にとってフェイトが無事であるという知らせのみが救いであったから。
恵一の様子に満足げに目を細めていた河内だったが、突然思い出した様に声を上げた。
「ああ、それからフェイト君と遺体の魔力とを照合したんだけどね」
この話題に恵一は、ベッドから立ち上がり、鉄格子の外側に居る課長に近付いた。
「フェイト君の腕の魔力と遺体の残留魔力、一致しなかった。遺体に残っていた魔力は、ウォーマン医師の魔力だったよ」
河内の言葉に恵一は崩れるようにして、その場に座り込んだ。
最後の望みも断たれ、自身には、殺人容疑まで掛けられてしまった。
ライリーを逮捕出来れば状況も好転したかもしれないが、今とはなってはそれも叶わない。
「そんな。じゃあ」
項垂れる恵一に対して河内は、しゃがみ込んで視線を合わせて来る。
「でも妙なんだねこれが」
恵一が顔を上げると、河内は鋭い笑みを湛えていた。
「君から内部犯の疑いを聞いた時にね。遺体から取り直したんだよサンプル。僕の個人的な知り合いの鑑識官に頼んでさ」
「それで」
鉄格子を掴んで聞き入る恵一を河内は、ビシッという擬音が聞こえそうな勢いで指差した。
「大部分がウォーマン医師の魔力だったけど、傷口の本当に奥の方にちょびっとだけ、もう微量なんだけど、別の魔力があったのね。それで採取したサンプルとフェイト君の腕に残っていたライリーの魔力を検査したら何ともまぁこれが見事に一致しちゃってねー」
河内の言葉に、恵一の顔色も何日かぶりに明るくなる。
「じゃあ」
河内は、鉄格子の間から手を伸ばして恵一の肩を叩いた。
「君の読みは、当たってる。ライリー・カーマイン、彼が犯人だ」
恵一の表情が安堵に綻んだが、ここで恵一の中にある疑問が生まれた。
それは、どうしてラルフがライリーの犯行に協力しているのか。
「どうして警察庁長官がこんな事を?」
恵一の疑問に河内は、微笑んで見せた。
どうやら彼の中では既に答えが出ているらしい。
「なんでそんな事をするのか。金も財力もある人間がね」
数瞬の思案の後、恵一も結論に辿り着いた。
「一つしかないと思います」
「肉親、だね」
ラルフが金のためのシリアルキラーに協力する人間だとは思えない。
もしそうなった原因があるとするなら子供以外に有り得ないはずだ。
「実はね」
「なんですか?」
「官房長のリリー・エヴァンっているだろ。彼女が失踪してね」
「失踪ですか? まさかそれも長官が?」
「個人的な妄想に近いんだけど。マイク・ラッシュに君を殺させようとしたのは多分リリーだ」
「どういう事ですか? 長官が仕組んだんじゃ?」
「彼のやり方らしくない。という僕の個人的な勘さ。誰かを殺すなら彼は自分の手でやる。恐らくはリリーと長官には何らかの接点があるんだろうね?」
「長官は独身ですよね? じゃあリリーはライリーの母親?」
「そこまでは分からないがライリーと血縁関係があるのは間違いないだろう。そしてリリーを殺し、リリーの暗殺計画を利用して君とフェイトの動きを完全に封じた」
「じゃあエヴァン官房長は殺されてますね。恐らくライリー・カーマインを守る計画で意見が割れて」
「彼はそんな事をする人間ではなかったのにね。でも彼が不正を働くならそれ以外の理由は思いつかないよ」
警察の人間が殺人を庇う、ましてそれが英雄ラルフ・カートマン。
その理由は、親子である以外に考えられなかった。
しかし理由が分かった所で恵一には何も出来ない。
牢の外に河内が居るのが恵一にとっての幸いだ。
河内に任せれば間違いはないはずである。
「課長。ライリーを捕まえてください」
「それもいいけど君、こんな所に、居たくないんじゃない?」
ニカッと破顔した河内は、カードキーの束を恵一の目の前にぶら下げた。
留置所の独房は、全て電子キーによってロックされている。
以前は、封印魔法を用いたロック機能が使われていたが魔導師の犯罪者が魔法で解除していまい、逃げ出してしまう事件が多発した為、数年前から電子ロックが導入されたのだ。
河内が持っているカードキーは、独房の開錠用のキーである。
「脱走する?」
「ちょっと!? 声大きいです!!」
声のトーンが大きい河内に、恵一の全身から冷めたい汗が吹き出した。
これではせっかくの脱走が無意味に、と思っていたが監視役の警察官は口笛を吹きながら、こちらから視線を逸らしている。
「課長、あの人なんで仕事しないんですか?」
「ああ、僕コネがあるからさ。ちょっとね」
得意げに鼻を鳴らす河内だったが、実際彼の人脈は、相当に広いらしく警察の幹部はおろか、果ては政界にまでパイプ役が居るという噂まである。
しかしそれを真に受けている人間は居らず、あくまでも噂と誰もが思っており、その実態を目の当たりにしたのは恵一も初めてであった。
「さすがです課長!!」
恵一の賛辞に、河内は照れ臭そうに身体をくねらせた。
「じゃあ今から出してあげるからねって。これどうやって開けるの?」
どうやら河内は、電子キーの開け方を分かっていないらしい。
なんだかんだ言っても普段はどこにでもいる中年である河内。
携帯やスマホを始めとするこういった電子機器類の扱いは、全く出来ないのである。
「えっとそれを」
恵一が自分の独房に対応しているキーを指差すが河内は首を捻るばかりだ。
「えー分かんないな。僕ハイテク苦手なんだよねぇ。ちょっと君―これ開けてー」
河内が呼んだのはわざわざ脱走を無視してくれている監視役の警察官だった。
彼は、河内の呼び掛けに、渋々独房まで近寄って来た。
「あの……完全に僕が無視してた意味なくなってるんですが」
無視までなら目を盗んで逃げられたの言い訳が立たなくもないが、ここまで来るともはや共犯である。
だが河内はそんな事は全く気にも留めていないのか、頬を膨らませてカードキーの束を弄っている。
「だって分かんないんだもん。これこうすればいいの?」
「あ、違いますそうじゃなくて」
「ちょっと君やってよ。僕こういうの苦手なの」
「えーもう。分かりましたよ」
遂に監視役は折れて、河内からカードキーを受け取ると電子ロックを解除した。
恵一は、独房から出るや、背伸びをする。出所を望む犯罪者の気持ちが少しばかり分かった瞬間だった。
「一階の裏口から出よう。そこに車を止めてある。深夜だから人は居ないし、居てもそれはこっちの味方だから」
河内の用意周到さに感心しながら、恵一は頷いた。
「了解です」
恵一と河内は、殆どの職員が帰ってしまった警察庁内を走り抜け、裏口から河内の用意した車に乗る。
それから一時間程車を走らせて、辿り着いたのは見覚えのないマンションだった。
車から降りた恵一、訝しく思ったが、河内は堂々とマンションの入口へと歩いて行く。
見た所、このマンションはオートロックのマンションだ。
当然知り合いが居ないと中に入る事は出来ない。河内は、電子パネルで部屋番号を入力してからインターホンを押した。
「河内だけど、入れてくれるかい」
マイクに話し掛けた瞬間、鍵の開く音が響いた。
河内がガラス製の扉を開けて中に入っていくので恵一も後に付いて行く。
二人は扉から見て正面にあったエレベーターに乗り、二階で降りた。
二階には金属製の扉が等間隔に六つ並んでおり、河内は、奥から二番目の扉の前まで歩くとノックする。
「はい」
扉が開くと同時に聞こえた声に、恵一は自然と笑みが込み上げて来た。
中から現れた部屋の主の絹が如く艶やかな金髪と、大きく開かれた碧い瞳。そして作られたように美しい面立ち。
服装は見慣れた制服ではなく、袖を捲った白いシャツとデニムパンツで、左腕には厳重に包帯が巻かれているが彼女の姿を見間違うはずもない。
「フェイト……」
恵一が少女の名前を呼ぶと彼女の瞳が海の様に揺れて、涙を零しながら恵一に抱き付いた。
「先輩!!」
フェイトは、恵一の胸に縋り付き、顔を押し当てて来る。
普通の男女なら感動の再会シーンだが、恵一にとっては違った。
昨夜は、腕に触れるまではクリア出来たが抱き付かれるとなると話は別なのである。
甘ったるい香り、頬に触れる髪、身体に押し当てられる柔らかな二つの膨らみ。
世の男性が好んでやまないこれらは、恵一に悲鳴を上げさせるには十分過ぎる破壊力があった。
「フェイトォォォ!! お願い離れてぇ!! 後生、後生だから!!」
「あ、すいません」
少し残念そうに、だがそれを飲み込む程の幸福感を露わにフェイトは。恵一から離れる。
それから恵一と河内は、フェイトに招かれるまま、彼女の自室に足を踏み入れた。
部屋の間取りは一ルームであり、一人住まいにはやや広い印象を与える。
引っ越して来たばかりなのか、部屋には未開封の段ボールがいくつか積まれており、三人は部屋の中央に置かれた座卓についた。
「そうだ」
最初に口火を切ったのは河内である。
懐に手を入れるとそこからホルスターごと、魔法銃を取り出して座卓の上に置いた。恵一が魔法銃から河内に視線を移すと彼は頷いている。
恵一がホルスターから銃を抜き、確認すると、それは取り調べの際に押収された恵一が愛用している魔法銃であった。
「これ僕の」
「そうだ。あとこれもあったんだ」
河内は、手のひらサイズの小振りな金属ケースをテーブルに置いた。
それは恵一が自宅で調合した魔法弾を入れているケースだった。
中を開けると各種属性弾が収められている。
「持って行きなさい。必ず必要になる」
河内の笑みに、恵一は頷き答えた。
「ありがとうございます」
「あと服ね。そのかっこじゃ目立つから着替えて」
河内が言い終えるとフェイトが茶色のジャケットと黒いシャツ、ジーンズを手渡して来た。
確かに制服のままでは目立つ。
しかしかなり地味な服装のセンスは、恐らく河内の選択だろうと考えた恵一から、つい笑みが零れる。
「どうも」
「あとこれ最後に。ライリー・カーマインの資料」
河内が座卓に置いた資料を恵一は手に取り、目を通し始めた。
それによればライリーは娼婦のシングルマザーのエリー・カーマインに育てられていた。
しかし七歳の頃、母親が病死。叔母のリリー・カーマインに引き取られた。
だが、その頃からライリーは小動物や犬猫を殺し始めるようになったという。
リリーが彼の異変に気が付いたのはそれから一年後。
それからメンタルクリニックに十八歳になるまで入退院を繰り返していたが、十八歳になって以降の記録は前に見た通りの物だ。
「母親の死が彼を変えた。それがストレス要因だ。医者になったのも――」
最愛の母親の死と言う重圧がライリーをシリアルキラーへと変貌させた。
その事実を告げるとフェイトは目を伏せた。
「母親を生き返らせる為にですか?」
「その為に理想のパーツを集めているんだ」
「そんな。死者蘇生なんて出来るわけが」
死者蘇生の魔法は、魔法という技術が誕生して以来、現在に至るまで研究が進められてきたが未だ成功例は、存在していなかった。
「魔法という概念が生まれてから万人が目指し、挫折した道だ」
恵一が事件のファイルに触れつつ、自分の言葉を噛み締めていると、河内は、何かを懐かしむように天井を見上げた。
「恐らく長官は彼の存在を知らなかったんだと思う。知っていればきっと彼女と結婚し、ライリーを育てたはずだ」
「ライリーは大人になってから長官に会いに行って自分が息子だと告げたんでしょうね」
「僕もそう思うよ。ライリーは母親には懐いていたんでしょう。そして母親の死の責任を父親になすりつけてもいる。彼が手口の割に遺体の捨て方とかどこか抜けた部分があるのは、わざとでしょう」
「どういう事、恵一君」
首を捻る河内に、恵一は尋ねた。
「ライリーは母親の死の責任を父親に転嫁しているんです。そして彼の愛情を試してる。彼が自分のためにどこまで出来るのか。どこまでするのかを試しながら苦しめているんです」
「そうか。長官は」
「自責の念から彼を守る事にした」
言い終えた恵一が視線を振るとフェイトも、そしてラルフの事を誰よりもよく知る河内も彼等家族に同情を抱いている様に見えた。
確かに連続殺人鬼となった理由は悲しい物である。
でも人を殺すという行為をした人間に同情を覚えるのは警察官の仕事ではない。
そう、彼等を捕まえる事、真実を明らかにする事こそが警察官の使命なのだ。
「ところでこの資料は、どうやって?」
恵一が話題を変えようと、疑問に思っていた事を口にした。
「ああ、手を回して資料を手に入れたよ」
「どうやって?」
純粋な好奇心から聞き返すと、河内の表情が鋭くなった。
「企業秘密。教えたら僕達の関係もここまでになるけど、それでいいなら」
「いえ結構です。それとなく想像して補完します」
絶対零度の涼しげな視線に、この人に逆らうのだけはやめよう。
そう固く誓う恵一であった。
「先輩、これからどうするんですか?」
フェイトの言う通り、このまま手をこまねいて見ているのでは、脱走した意味もない。
今後の方針を決めようと恵一は、顎を撫で始めて、それから思い付くまま、声にした。
「そうだな。ライリーの目的は理想のパーツを集めて母親を作る事だ。なら、まずはそれがどこまで進んでいるか調べよう」
恵一が言い終えると、頷き聞いていたフェイトが河内に向き直った。
「課長。事件記録は入手出来なかったんですか?」
「いやーお金足りな……えっとそこまでは手が回らなかったかな」
想像の余地もなく河内がどうやってライリー・カーマインの資料を入手したかを察した恵一だったが、その話題に触れずフェイトを見やった。
「僕は図書館に行くよ。心当たりがある」
「なんのために?」
「課長の資料を見てごらん」
恵一の指示通りに、フェイトが資料を見た事を確認してから答えた。
「ほらライリーの転勤場所と今発覚している事件の被害者の住んでいた場所が一致している。もしも類似した未解決事件の起きた場所全てと、ライリーの転勤場所が同じだったら? 残留魔力と合わせれば、これ以上言い逃れは出来ない。裁判でも有利な証拠になる」
恵一が立ち上がると、フェイトがズボンの裾を握り締めて来た。
「一人で行くんですか?」
「これ以上迷惑は、掛けられない」
溜息交じりに恵一が言うと、フェイトが目の前に立ち塞がった。
「先輩と一緒に居たいんです」
フェイトは、先日撃たれた左腕を抑える。何重にも巻かれた包帯が痛々しい。
さらにその包帯の下には、あの時の恐怖が刻み込まれているのだろう。抱き締めれば折れそうな、華奢な身体が震えている。
「何かあったら自分の身ぐらい守ります。だから一緒に行かせてください」
碧い瞳に宿る決意が恵一にも伝わってくる。だがそれでも相棒をこれ以上、危険な目に合わせたくなかった。
「危ないよ。多分警察は、僕を追って来る」
「なら余計に一人より二人ですよ」
こういう所は、頑固な性格の少女だ。いつまで押し問答しても彼女が答えを変える事はないだろう。
――何を言っても言って聞く相手ではないか。
頭の中でそう呟きながら恵一は、口を開いた。
「ありがとう。でもこれは約束して。危なくなったら逃げるって」
「一緒に行っていいんですね?」
「うん。行こうフェイト」
「……はい!!」
恵一の了解に、フェイトは、まるで子犬の様に懐っこい笑顔を見せながら首を縦に振った。
「二人とも気を付けて。私も出来る限りの事はする。何かあれば連絡ちょうだいね」
河内の表情には、信頼と不安が入り混じっている。部下思いの人だから、心配でたまらないはずだ。恵一は、それを払拭しようと出来る限り力強い声を上げた。
「はい。課長も気を付けてください」
「無理だけはしないで」
河内が去ると恵一は受け取った服に着替え、フェイトと共に、目当ての場所へ行く事となった。




