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プロローグ

 魔法――。数百年の長きに亘って人間の生活を支えて来たそれは、そう呼ばれた。

 魔物と夜と無秩序に怯えた人々に繁栄を与え、そして生活を支えた礎である。

 だが剣士や魔導師が魔物を打倒し、英雄譚を築き上げる時代は遥か幾百年昔に終わりを告げ、世界には安定なる秩序が生まれていた。

 同時にそれは、新たなる災厄の始まりであった。

 人を救った力が人を脅かし始める。

 これはそんな時代の物語。


 リアスサン。

 世界でも五指に入る先進国であり、独裁と王制が当たり前の時代に世界でもっとも早く立憲君主制と国民主権の民主主義を取り入れた二千五百年の歴史を誇る大国。

 世界的にも治安が良いとされるリアスサンだったが、凶行が行われるのはこの国においてさえも日常茶飯事だった。


「これはまた趣味の悪い」


 群衆が蠢く午前の駅広場。

 そこで一人の青年が興味深げに、しかし辟易としながら呟いた。

 背は非常に高いが、線はやや細い。

 大きく開かれた焦げ茶の瞳は、男性ながら愛嬌を感じさせ、目鼻立ちもはっきりしている。まるで彫像の様に均整の取れた美麗な顔立ちだ。

 服装は上級捜査官である事を示す黒い制服の上から同色のくたびれたロングコートに袖を通している。靴は茶色の革製ブーツでとても走りやすそうだ。


 青年の名は新巻恵一。

 二十四歳の若さで警部補の地位にあり、リアスサン警察庁魔法犯罪課に所属する捜査官である。

 世界に魔法が浸透して幾百年の時が過ぎ、人々の生活に欠かせない要素である魔法は同時に人類の脅威ともなっていた。

 魔物を容易く打倒する威力は、人を虫の群れのように殺傷出来る。

 そうした魔法を使う魔法犯罪者がここ数十年で急増し始めたのだ。


 そして恵一は今まさに魔法が生み出したであろう犯罪現場に立っている。

 恵一の眼前にあるのは、巨大な氷の彫像だった。

 モチーフは不死鳥らしく、全長は十メートル程だろうか。

 彫像のクチバシは全裸になった女性の遺体を咥えていた。

 被害者の歳の頃は、恵一と同じ二十代ぐらいに見える。

 

 事件が起きたのは二時間前。

 首都ドラゴニアの中でも有数の歓楽街ルイスの駅広場に突如出現した氷の彫像に、街はパニックとなった。

 市警が現場を封鎖したのが一時間前。

 そして魔法犯罪であると判断した市警から本庁に要請が入り、恵一が現場に到着したのは、ほんの三分前の事だ。

 通常、所轄の捜査官は、管轄内の事件を魔法犯罪と断定するのを渋る傾向にある。

 それは魔法犯罪課が本庁にしかない特別部門である為、手柄を横取りされる形になるからだ。

 大概恵一を待っているのは、所轄の刑事達に踏み荒らされた現場と彼等の敵意剥き出しの視線。

 普段の事を考えれば今回市警が取ったスピード対応は異例と言っていい。


「被害者は?」


 恵一は背後に居た市警の制服警官に声を掛けた。

 彼女は良く整った顔立ちで、白雪の様に透き通った肌と蒼海の如き碧眼に彩られている。

 絹のように艶やかな金髪をポニーテールにしており、風に撫でられる度、機嫌が良い犬の尻尾みたいに揺れている。

 まだ新人らしいのか、制服姿はあまり様になっておらず、制服に着られているという印象が強い。

 制服警官は手帳を取り出すと書かれている内容を読み上げ始める。


「被害者はリエラ・スミス。二十一歳の大学生。市内在住です」


 制服警官の語調は緊張しているのか少々たどたどしいが、敵意の類は一切感じられない。

 縄張り争いに巻き込まれる心配はなさそうだ、と胸を撫で下ろした恵一は彫像が咥えた遺体を見やった。


「身元はどうやって」

「失踪届けが出ていました。顔写真と見比べましたが、まず間違いないかと」


 恵一が見る限り遺体の状態は相当綺麗に思える。身元に関してはほぼ間違いだろう。

 下ろせばより詳細な検視も出来るのだが、何せ相手は十メートルの彫像だ。

 先程消防へ梯子車の出動を要請したと報告を受けたが、まだ到着には時間が掛るらしい。


「どう?」


 背後から低い響きを伴う女の声がし、恵一が振り返る。

 自信に満ちた目元が際立つショートヘヤーの美女がそこに居た。

 身に纏っている黒い制服は、恵一の物と基本的に同じだが、やや細めのシルエットに作られている。

 槙村優子。恵一の相棒を務める魔法犯罪課の刑事で警察学校時代からの友人でもある。

 現場に遅れて来た優子だったが、それに対する謝意は毛程も見られない。

 ただしそれは恵一に対してだけらしく、周りに居る制服警官達には申し訳なさそうに頭を下げている。

 優子の態度に慣れている恵一は、遅刻に関しては一切触れずに彫刻へ視線を戻した。


「司法解剖を待たないと分からないけど多分凍死だと思う。となると犯人は凍結系の魔導師。それも腕が良い」

「得意のプロファイリング?」


 恵一の使用するプロファイリングは魔法犯罪行動学と呼ばれ、通常のプロファイリングに魔導心理学や魔導精神学といった学問のエッセンスを取り入れた物である。

 如何に人類を救った奇跡の力を振るおうとも行使するのは人間だ。

 その一点では通常の犯罪者と変わらない。


「どっちかっていうと推理だよ。これは作品なんだ。彼のね」


 作品という単語が引っ掛かったのか、優子は彫像を見上げて首を傾げている。


「作品ね」


 訝しげにしている優子に、恵一は子供っぽくはしゃぎながら、彫像に両手を向けた。


「見て。左右対称に作られている。完璧に対照的なんだ。相当綿密にシミュレーションしてきたはずだよ」


 氷の彫像は、計測器などを使わずとも左右対称である事が窺える。

 それほどに均整の取れた傑作。

 腕の良い魔導師でも一回でここまでの作品を完成させるのは難しい。

 恵一は優子と彫像を交互に見つつ、興奮気味に続けた。


「でもこれは氷だ。溶けて何時かは無くなってしまう。だからこそ犯人は近くでこれを見てると思うんだ」


 恵一が周囲を見回すと釣られる様に優子も視線を泳がせた。

 周囲五十メートル程が現場保存の為に立ち入り禁止になっているのだが、テープの向こう側には数百人単位の野次馬とマスコミが押し寄せている。

 優子は手で唇を隠しながら小声で言った。


「ここに居るの?」

「犯罪者は大抵現場に帰ってくる。この犯人の場合、手口を考えると可能性は高いと思う」

「でもさ。こんな中から」


 不安げにしている優子の反応を、恵一はもっともだと思った。

 これ程の群衆を前に犯人がいると言われても探し様がないと普通なら考える。

 だが恵一は、犯人像に対して確信を抱いていた。


「僕が犯人ならこの作品をたくさんの人に見て欲しい。そしてその反応を間近で見たいはずだ」


 氷の彫像が裸の美女を咥えている。犯人は一種のショーとしてこの光景を作り上げたと推測出来た。

 それ故、自分の作品を鑑賞する人々の反応を間近で見たいという欲求を抱くのは想像に難しくない。


「この辺の全員職質する?」

「いいや。気付かれると逃げられる。まず犯人を絞り込もう。女性は除外していいよ。この中で三十代以上の西洋系の男性」


 恵一が女性を除外したのには訳がある。

 プロファイリングは一種の統計学で殺人犯の多くは男性であり、魔法犯罪者には西洋系が多いとされている。

 総人口数一億九千万人の大国であるリアスサンは、髪と瞳の黒い東洋系と、金髪と碧眼の多い西洋系が半々の割合で存在する世界でも特異な国家である。

 その成り立ちは遡る事、八百年前。

 まだ魔物達が跋扈していた頃の世界では、人類の住める安全な場所は限られていた。

 特に当時の西洋諸国は魔物や魔王といった人類の敵対勢力が数多く存在しており、魔物の発生が少ないリアスサンに大量の西洋系移民が訪れる事となった。


 また西洋系は魔物等の脅威に晒されていた期間が長かったため、比較的魔力を持った子供が生まれやすい。

 東洋系の魔導師発生率が一%程度なのに対し、西洋系では十五%に達するという統計結果もある。

 恵一の推測は統計的には妥当だ。

 しかし優子は腑に落ちていない様子で、次に彼女がぶつけてくる疑問を恵一が予想しているとその通りの内容を口にした。


「三十代以上? 若い男の犯行は」

「天才でもない限り、魔導師がこれを作れるようになるのは三十代以上じゃないと。類似した事件があったって言う記録はないから、まぁ僕の記憶の中でだけどね、これが初犯だと思う」

「若い犯罪者は計画が洗練されていない事が多い」

「そうだよ優子。この犯人は物的証拠を残していないし、計画的に犯行を進めている辺り、手口が洗練されている。初犯でこれなら犯人はそれだけの人生経験があるはずだ」

「これを作れて犯罪計画に抜かりのない天才が犯人かも」


 優子の返しに恵一は、口元に笑みを作った。


「若くしてこの芸当が出来るなら、こんな形で力を誇示しなくても認められるよ。殺人をここまで大げさにデコレートするのは、普段周りから評価されてないからだと思う」

「そこまで断言していいの?」

「この犯人は氷の魔力変換資質持ちだ。魔力変換資質の属性が思春期までに決定されるのは知ってるだろ?」

「ええ。それはもちろん」

「氷の変換資質を持つ魔導師は大抵一人親家庭でシングルファーザーの場合が多い」

「統計的にその父親は厳しく、子供を強く育てようと滅多な事では評価しない、だっけ?」

「そう。そして自分は評価される価値のない人間だと思い込む。親や他人とのコミュニケーションに問題があると、それが氷の変換資質に繋がる場合が多い」

「つまり周りから評価されたくて殺人を……ね」

「子供の頃に抱いた劣等感は大人になっても引きずるもんだ。それに性的な動機も見られるから」

「確かに被害者を裸にして辱めてる。レイプしたかな?」

「ここから見える限りではあるけど、遺体に拷問の痕は見られない。多分性的暴行の痕もないはずだ。氷の変換資質持ちのレイプ犯は稀だ。この犯人が快感を満たすのは作品を作り、それが他人に評価される事。見られる快感ってやつ」

「露出狂みたいね」

「たしかにね。どうだ、僕はすごいんだ。ねぇ僕の作品を見て。僕の事を見て。評価して。僕をもっと愛して。こんな心理だろう」


 恵一が犯人の抱いているだろう心情を口にすると、優子の顔に軽蔑が色濃く浮き上がった。


「反吐が出る身勝手さね」

「それと僕が犯人なら現場を写真に収めるね。それもなるべくいいカメラで」

「どうして?」

「後で犯行を思い出せる。ここまで綺麗に出来てるんだ。これを作るには相当入念なシミュレーションをしたに違いない。だから一番綺麗な時を残しておきたいはず。これだけマスコミがいるから写真を撮っても怪しまれないしね」


 恵一の推理に耳を傾けながら優子は周囲を見回した。

 カメラで彫像を撮っている西洋系の男性は野次馬やメディアの関係者が来ているせいで相当多い。


「カメラを持った西洋系のおっさんで溢れてるわよ。どうするの?」


 恵一は回答を待っている優子から彫像に視線を移すとしばらく見つめた後、したり顔で微笑んだ。


「ここからは完全に僕の想像なんだけど。彼は作品が壊されたら動揺するはずだ」

「どういう事?」

 

 首を傾げる優子に向けて恵一は、悪ガキみたいな笑顔を見せた。


「この作品は彼の象徴だ。何時か溶けてなくなる儚い物だけど、今の状態は完璧」


 恵一は優子の反応を待つでもなく、腰のホルスターに手を伸ばしてリボルバーを抜いた。

 〇七式十一・五ミリ回転式拳銃。通称魔法銃と呼ばれ、魔法犯罪課が魔導師制圧用に使う特殊拳銃である。

 優子は、恵一が突然魔法銃を取り出した事に動揺を露わにする。

 会話中いきなり銃を抜くのは考えるまでもなく異常な行為であるから、彼女の反応は至極真っ当と言える。

 しかし恵一は相棒の当惑等気にも留めず、彫像に向かって歩き出した。


「目の前で完璧な作品を壊されたら……ちょっとみなさんそこから退いてください」


 そう言いながら恵一は銃を持っていない左手を振りながら彫像の下で作業している捜査員に退くよう指示をした。

 彼等も奇行の意図が理解出来ないのか、その場で立ち尽くしている。


「恵一、何する気」


 相棒が止めるのも聞かず、恵一は魔法銃を構えた。

 すると捜査官達も恵一が何をしようとしているのか悟って、蜘蛛の子を散らすように彫像から退いて行く。


「ちょっと……ちょっと!?」


 青ざめた表情で優子が止めに入ろうとしたが、その間もなく恵一は引き金を絞った。

 強烈な破裂音と共に飛び出した四十五口径の銃弾が不死鳥の羽に着弾する。

 着弾点からひび割れが広がっていき、細かい氷の破片が地面に降り注いだ。


「怒るはずだ」


 確信を持って恵一は声を上げた。

 傍から見れば凶行でも、犯人の怒りを買うのにこれほど合理的な手段はないと思ったからである。完璧な作品だからこそ、通用する手段。

 しかし周囲の反応は、氷のように冷ややかだった。

 犯人が怒って声を荒げる図を想像していたが、実際には恵一が狂人扱いされている。

 突き刺さる様な視線と深海の如き静寂が恵一の心を抉っていった。

 こういう時こそ相棒が助けてくれる。そんな期待感を持って優子を見るが、


「何やってんの?」


 むしろ彼女がこの場において最も冷たい視線を恵一に向けていた。

 後には引けない焦燥感。

 読みが外れていない事を信じて恵一は、再び魔法銃を構えた。

 決心を固め、ただ無心に魔法銃を連射する。

 狙い通りの場所に正確に撃ち込まれる弾丸。

 これが射撃場なら拍手喝采だろうが、涙目になりながら証拠を撃ちまくる恵一の図は最早滑稽である。


「恵一。いいかげんに」


 恵一の行為に呆れ返ったのか、優子が溜息を付こうとした瞬間、甲高い軋みがそれを遮り、彫像の左翼が根元から折れた。

 数メートルある巨大な氷塊が地面に落ちると、結晶を撒き散らしながら砕け散る。

突然の事に一帯を悲鳴が支配した。

 予想を上回る事態に、恵一が冷や汗を流していると、陽光に照らされた氷の結晶がプリズムのように輝いているのが視界に飛び込んで来た。

 光を放つ結晶が中空に広がっていく光景は何とも言えず幻想的で、恵一は目を奪われた。

 そしてここに居る全員が恵一と同様の感想を抱いたのであろう。

 再び訪れた静寂は実に心地の良い物である。

 それも束の間、野太い怒声が静寂を打ち破った。


「何するんだ!!」


 恵一が声のした方を見やると野次馬の最前列、脂ぎった金髪を撫でつけた西洋系の男性がこちらを睨みつけていた。

 溢れ出そうな肉を黒いポロシャツとジーンズに収めた男は鼻息も荒く、殺意を剥き出しにしている。

 歳の頃は三十代後半に見えて、首からは新品らしい小奇麗な一眼レフのカメラを提げている。

 その姿に恵一は、今までの人生で感じた事のない安堵を覚え、男を指差した。


「優子」

「え、なに?」


 呆気に取られていた優子が恵一の指差す方向を見る。

 そしてほんの数瞬で全てを理解したのか、優子はホルスターに手を伸ばした。

 察しの良い相棒に感謝しつつも確認の為、改めて恵一が告げる。


「彼が犯人だ」


 恵一が微笑みかけると男は、野次馬をかき分けてその中に紛れ込んでしまった。

 誰よりも早く駆け出したのは優子だった。

 追跡の前に弾を再装填した恵一は、数泊遅れて走り出す。

 野次馬をかき分け、大通りの幅広い道路に出てみれば、既に優子が容疑者の男との距離を身体一つ分まで詰めていた。


「待ちなさい!!」


 優子が男の背中に手を伸ばす。

 しかし触れる瞬間、振り返った男の眼には底の見えない殺気が溢れ出ていた。


「優子!!」


 それに気が付いた恵一が優子を呼ぶが、その声が届く前に優子の身体が大きく吹き飛ばされた。

 地面に華奢で女性らしい身体が叩き付けられる。

 恵一が駆け寄り、優子を抱き起こすと彼女の肩口には巨大な氷柱が突き刺さり、夥しい量の流血が氷を伝って溢れ出ていた。

 相棒を傷付けられた怒りと同時に確信する。

 彼こそが犯人だと。

 だがそれよりも目の前の優子が心配で、恵一は優しく囁く様な声を掛けた。


「優子」

「大丈夫……それより、あいつを追って」


 力無く微笑み掛けてくる優子の姿は何とも痛々しかったが、様子を見る限り、命に別条はなさそうである。

 幾許かの安堵を得た恵一が背後を見ると市警の警察官達が後を追って来ていた。

 恵一は優子の身体を優しく地面に寝かせ、


「分かった。君、彼女を――」


 制服警官に優子を預けようとしたが、彼女は疾風のように颯爽と犯人との距離を詰めていく。

 先程報告をしてくれた新米らしき女性制服警官だ。

 目の前で犯人が魔法を使用したにもかかわらず、その足並みに一切の躊躇はない。


「くそー!!」


 鼻息を荒くして涎を撒き散らしながら走る男は、既に体力の限界を迎えていた。

 目測でも体重が三桁台あるのは分かる巨漢だから、長距離を走れない事は想像に容易い。

 女性警官の手が男のシャツを掴んだ瞬間、氷柱を手に男が振り下してくる。


 ――やられる!?


 恵一が魔法銃を構えようとしたが、女性警官は男の手首を掴むと、捩じり上げながら地面に投げ倒した。

 女性らしい華奢な身体で男に覆いかぶさり、地面に押さえつけるが、暴れ回る男を制圧していられる時間は僅かだろう。

 恵一は先程魔法銃に装填した弾を全て地面にばらまくと、制服のポケットからガラス製の弾が六発付いているスピードローターを取り出す。

 ガラスの弾丸は赤く輝き、中では小さな炎が揺らめいている。

 弾丸を装填し直すと同時に男は女性警官を突き飛ばし、鈍重に駆け出した。


「逃げちゃう!」


 女性警官の焦燥とは対照的に恵一は静かな心持ちで、魔法銃を構えて引き金を絞った。

 銃口から飛び出たガラスの弾丸は男の背中に着弾すると、猛炎の奔流でその巨体を包み込んだ。

 魔法を封じ込めた魔法弾。

 魔法犯罪課の人間が持つ対魔導師制圧用弾頭だ。

 今回恵一が使った弾丸は火属性魔法を封じ込めた物で威力を調整した非殺傷弾だが、それでも人間を昏倒させるには十分な威力がある。


 炎が晴れると容疑者の男は、全身から黒煙を上げ、立ち尽くしていた。

 しばらくはその状態でいたのだが、やがて力尽きたか、地面に吸い込まれるようにその場に伏した。

 恵一は魔法銃を構えながら男に近づいて状態を確認する。

 まったく動きを見せない男だが呼吸はしているらしく、いびきのように鼻を鳴らしている。

 魔法弾の直撃で意識は完全に失われているようだ。

 恵一は魔法銃をホルスターにしまうと、ベルトに取り付けた手錠入れから手錠を取り出して、男の腕に掛けた。


「お手柄ね。彼女」


 肩口を抑えながらもしっかりとした足取りで優子が近付いてくる。

 この様子なら重症ではあるが命に別状はないだろう。


「すごいですね……これが魔法犯罪課なんだ」


 驚嘆の声を漏らす女性警官の瞳は少女のように輝いていた。

 よく面立ちを見るとどこかあどけなさが残っており、まだ成人すらしていないようにも見える。


「君、名前は?」

「はい?」


 恵一の問い掛けに女性警官はとぼけた声を上げた。

 恵一はもう一度、娘に対して尋ねる父親のような声音で言った。


「名前は?」

「フェイトです。フェイト・リーンベイル巡査であります」


 彼女の名前を知り、恵一と優子は互いに顔を見合わせて微笑んだ。


「リーンベイル巡査」

「なんでしょうか? 新巻警部補」

「君、魔法犯罪課に興味ない?」

「へ?」


 これが新巻恵一とフェイト・リーンベイルの出会いであった。

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