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01

 


 僕は今とても困惑している。





 僕の名前はタイト。二十五歳。

 ラヴァスウェル国にある学者の街ニケスに、一人で住んでいる。学問や研究に意欲を注ぐ者が集まるこの街は、王都の近くでありながら治安も良く暮らしやすい。

 職業は魔術師であり、科学者であり、医学者である。治癒魔術が専門だが、特に魔力の少ない人への治療法を研究している。というのも、世間で頻繁に使用されている治癒魔術は、患者の魔力量が少ないと体への負担がとても大きいのだ。

 僕の所属する研究所では、この研究が利益になるのか疑問視されており、まったく期待されていない。さらに僕が異端児扱いされていることも知っているが、今はその話は割合しておこう。

 最後に彼女がいたのは一年ほど前で、友達の妹だった。それも交際していたというのも烏滸がましいくらい短い期間であったし、彼女とはこれ以上ないほど清い関係だった。

 僕は独身だ。

 大切なことなのでもう一度言う。


 僕は独身だ。そして童貞だ。

 そのはずなのだが、今少し自分の貞操に自信をなくしている。




 僕の抱える小さな籠には、暖かそうな布、いや、これは布団といっていいだろう、暖かそうな上質な布団が敷いてある。そして、これまた上質な白いお包みに巻かれた赤子がすやすやと気持ち良さげに眠っているのだ。

 そう!

 僕の手の中に!

 赤子が!


 そして、その赤子のお腹の上には一枚の紙が乗っていた。



 《あなたの子です。名前はリーシェ。新年祭のひと月前にこの世に誕生しました。貴方が育ててください》






 まず状況を整理してみよう。


 今朝の僕は、連日の徹夜にも関わらず実験で期待するような成果が出ないことに落胆していた。

 泥棒でも遠慮するほどに乱雑した部屋の中で、コーヒーと薬草と血とその他いろんなものが混ざった、いかにも体に悪そうな匂いに包まれていた。寝不足もあってこれ以上の作業を体が拒んだので、久しぶりに少しだけ休もうと心に決めたのである。

 そして寝室に行こうとドアを開けたが、ああもう無理だ……と、その場で倒れるように眠ってしまった。

 いや、事実倒れたのであった。



「ピンポーン! お届けものでーす! ピンポーン! タイトさーん! いらっしゃいますかー? いますよねー⁉︎ 早く出てきてくださーい! こっちは時間がないんですよー⁉︎」


 とても他所の家に来たとは思えないほどの無作法な訪問者に若干の苛立ちを抱えながら、僕は目を覚ました。最悪の目覚めだった。

 体があちこち痛い。これからは何処で寝てもいいように、家中にふかふかのカーペットを敷き詰めよう。そうしよう。

 そんなことを考えながら、痛みにガンガン割られそうな頭をなんとか叩き起こし、霞む目をこすって玄関へと向かった。


「はいはい、今出ますよー」

「タイトさん! お届けものです!」

「なんか頼んでたっけ? あ、ペーニャさんとこから薬草?」

「いえ、差出人欄が白紙なのでどなたかはわかりません!」

「え、なになに一体何が届いたのさ?」


 ドアを開けると寒さが一気に押し寄せた。

 世間一般ではだいぶ暖かくなったと言われているし、雪もすっかり溶けて冬の終わりを告げている。

 が、締め切った家の中に楽園がある引きこもりには、厳しすぎる寒さだった。


「うう、さむっ」

「こんな暖かい春の陽気に何を言っているんですか!」

「日差しが暖かくても風が冷たいんだよー」

「少しは外に出ないと体に悪いですよ! さっそくですが、お荷物、お宅の中まで運びますね! 早くしないと今日のノルマが達成できませんので!」

「ありがとう。いや、ほんとお疲れ様だよ、配達屋さん」

「私、配達屋じゃありませんから! では、失礼します!」


 うう、キビキビ働く姿が眩しい……

 すでに後ろ姿が遠くに見えるだけの無作法な訪問者は、配達屋ではなく、ギルドから依頼を受けてきた子だったようだ。

 黒のローブを着て、すっぽりとフードを被っていたことから、彼女は魔術師だとわかる。数多くの荷物を届けられるということは、それなりに魔力も多くあるのだろう。



 魔力は自然のエネルギーを人間が使えるように変換したものである。どの自然エネルギーを自分の魔力に変換し易いかには個人差があり、また、魔力の扱える量についても、それぞれが生まれた時点で決まっている。

 そして、その魔力の源である自然エネルギーが意思を持ち、具現化した姿が精霊である。

 しかしながら、精霊の姿を見ることができたのは、ラヴァスウェル国が嘗て帝国であった頃、その初代皇帝の時代だけであったと言われているのだが。



 まあつまり、配達屋の彼女は風の精霊に愛され、風の魔力の扱いに長けた人物であるということ。

 そして僕は、治癒魔術を専門としながら、一番相性がいいのは水の精霊ではなく、何故だかとても貴重な月の精霊だということ。

 自慢ではないが過去にも今にも、僕しか月のエネルギーを魔力に変換できるものはいないのだ!

 これは、魔力の質を見る魔道具によって導き出された事実であり、決して僕が勝手に主張しているだけではない。


 でも! 月って!

 遠すぎてこっちに届く自然エネルギーか少ないし、魔力に変換できる量も微々たるもんだよ!

 歴史的に見ても仲間がいなくて、魔力に変換できても使い方わからないよ!

 僕だけ愛してるとか月の精霊ってば一途すぎだよっ!






 その後はそれ以上配達人を見送ることもなく、寒さが限界だった僕はすぐに玄関を閉めた。

 そして届いた荷物を検めようとして、そういえばこの荷物の差出人が不明であったことをようやく思い出したのだった。


 荷物は二つあった。


 一つは大きな木の箱。

 蓋がしてあり、外からでは中身を知ることはできない。

 もう一つは木の蔓で編まれた小さな籠。

 こちらは籠の上を覆うように薄いガーゼが掛けてある。



 僕は小さな籠を手にとった。

 そしてピンク色のガーゼを外し、すぐに床に落とした。





 僕は今、とても困惑している。

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