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いぶし銀な異世界冒険録  作者: 三叉霧流
プロローグ いぶし銀な一日
5/20

何でもない日 夜・終業の一杯

 銀次が外に出るともう夜。町には明かりが灯されていた。家々の開け放たれた窓からは蛍光灯のような白い光が漏れ、道には魔核灯が薄ぼんやりと周囲を照らしている。その明かりに吸い寄せられるように冒険者や道行く人々が楽しげに会話していた。いわゆるナンパの時間である。依頼料をふんだんに持った冒険者目当ての行商人やその筋の仕事に携わるケバケバしい女性が誘蛾のように道にでている。

 銀次は魔核灯の明かりが煌めく大通りを初夏の夜風に当たりながら歩き出した。

 魔核灯。

 それは魔核技術で作られた街灯だ。魔核は採取されたモンスターのスキルや魔法を記憶している。街で一番よく使われるのがこういった光を発光する魔核、お湯や料理をするための魔核、水を綺麗にする魔核と言った物になる。中でも魔核灯の原料となるモンスターは閃光蝙蝠(フラッシュバット)。地下迷宮や暗い遺跡の中にいる蝙蝠で、危険を察知すると強烈な閃光を冒険者に焚き付けて逃走する。そういったダンジョンでは低レベルのモンスターだが、どの階層に行ってもいるために大量に採取される。魔核灯の原料になるため意外と換金率は高く、冒険者の飲み代に早変わりする。その閃光蝙蝠(フラッシュバット)の魔核を集めて、魔核技術で加工するとこぶし大ほどの大きさになり、銀貨一枚で取引される。道を照らす魔核灯の程になると大人の腕ほどの大きさで、夕暮れになってリタイアした冒険者の魔法使いが魔力を込めて一つずつ明かりを灯していく。薄暮の中でローブを着た年老いた魔法使いがそぞろ歩きでポツポツと明かりを持って灯していく光景は、一日が終わったな、という何とも言わさない哀愁を帯びている。

 例に漏れず銀次も今日も無事に仕事が終わったな、と心の中で呟きながら大通りから少し裏路地に入った一軒の酒場の暖簾(のれん)をくぐり抜けた。

「来たか! いぶし銀の!」

 その飲み屋に入ると椅子が壊れてしまうんじゃなかと心配になるほどの大男がご機嫌に銀次を呼んだ。

「ザングルさん、すみません。お待たせしてしまって」

「ハハ。気にすんな。俺も我慢しきれずに一杯やってるからな」

 そう言ってザングルは手に持っていた陶器の杯を上げて笑う。

 店内は狭い。カウンターだけの飲み屋で、人数がどんなに入っても十五人がせいぜいだ。カウンターの奥には無愛想な禿頭の男が革のエプロン姿で料理を作っている。日本の小料理屋を西洋風にした店構えだ。

 銀次はザングルの横に座った。

「マスター、俺もザングルさんと同じ酒を」

「・・・」

 マスターは無言で小さく頷き、手早く陶器でできた樽のコックを抜いて酒をなみなみ注ぐ。注いだ酒をこれまた無言で銀次に渡す。

 見ると、クリーミーな泡がふんわりと陶器の口を覆っている。それはマスターが自家製で醸造したラガーだ。ラガーとは低温で活発に活動する酵母で醸造したビールの一種であり、日本人にはなじみ深いが銀次が地球にいたときはほんの子供でビールの味など覚えていなかった。

 ラガーは低温を維持するために冷蔵庫のようなの魔核道具が必要だ。そのためにこの町でラガーを出す店は少なかった。しかし、肉体労働で汗をぞうきんのように絞られた銀次達の体は、何よりも水分と冷たい酒を求めていた。

 ひんやりとした陶器の感触を心地よく楽しみ、銀次はザングルと杯を交わす。

 一口。

 冷たい汗をかいている陶器の杯が唇に触れ、冷たい液体が喉を通り、ゴクゴクと胃に滑り落ちていくのを感じる。喉を通ったラガーの発泡の刺激と心地よい苦みが身体に染み渡る。強ばって熱を持った全身の筋肉がその冷たい泡に包まれ、弛緩しリラックスしていく。すると、先ほどのまでのわだかまりが、全部洗い流された気分だ。

「美味い」

 思わず銀次は唸るように呟いていた。

「だな! やっぱここのラガーは最高だ!」

 ザングルも同意して嬉しそうに更に飲み干して、空になった杯をマスターに渡した。

 マスターは無言でそれにまたラガーを注ぐ。無表情だがまんざらでもないように胸を誇らせている。ザングルにおかわりのラガーを渡し終わると、マスターは銀次の前に塩がかかった冷えたトマトスライスの皿をことりと置く。

 この店のセンスは渋い。肉体労働者である冒険者には、まず汁のしたたる肉をまるごと出すのが常識となっているにもかかわらず、最初にさっぱりとした野菜を出すあたりが通好みとなっている。銀次は用意されている木のフォークを握るとその冷えたトマトを一口頬張る。甘いトマトの果肉とさっぱりとした酸味と塩気。そしてまたラガーを一口飲む。

 極上の楽しみに今日の疲れも吹っ飛んだ。通好みとはいえ、汗を大量にかく冒険者のために塩気は普通よりも多い。その塩気が身体に染みると同時にみるみると食欲が沸き立ち、もう一口と銀次のフォークが進んでいく。

「いい食いっぷりだ。マスター、頼んでた奴出してくれ」

 そんな食欲旺盛な銀次を目を細めて見ていたザングルは、マスターにそう注文していた。

 ザングルは銀次の年下には思えない仕事ぶりを評価し、自分と同年代のように感じ入っていた。そんな銀次が若者らしく食事をしている風景を見て彼はひと安心する。

「・・・」

 マスターは黙って大皿を二人の間に置いた。

 今度は冒険者らしく鳥の丸焼き。それもモチモチガーガーの丸焼きだった。

 モチモチガーガーとは飛ばない鳥型モンスター。そのモチモチガーガーのスキルは打撃吸収。身体をモチモチと柔らかくしてあらゆる打撃を半減させる。その上に羽を退化させて脚力を上昇させているので逃げるのが速く、蹴りは冒険者の骨を容易く折るような危険な鳥型モンスターだ。だが、その肉質は柔らかく脂肪と筋肉の付き方が絶妙で、鶏肉として極上品。それを塩とオリーブオイル、高級な香辛料、ハーブをまぶし、じっくりと石窯でと焼いた物だ。

 そんな高級素材の登場に銀次は少し驚いていた。

「ザングルさん、これは・・・」

 そう呟く銀次の背中をザングルはバシリと叩く。

「まぁ俺達の代わりに町が世話になっているからな。そのお礼だ」

「俺はただ依頼をこなしてるだけですよ?」

「何言ってんだ。普通はあんな依頼だれが選ぶってんだ。俺はパーティーを背負ってるからもう好き勝手にできねぇからよ。おめぇがしてくれて嬉しいんだよ。まあいいから喰え」

 そう言ってザングルはモチモチガーガーの足を素手で引き千切るとその一番美味い骨付き肉を銀次に渡す。

 銀次は礼を言ってその骨付き肉をがぶりと囓った。

 ふっとハーブの香りが鼻に抜けると、滴る肉汁が口の中にあふれ出す。うま味をオリーブオイルで閉じ込めた肉は、モチモチとした肉感と塩気、胡椒のピリ辛さ、それがモチモチガーガーの肉汁に溶けて祝福の時が訪れる。

 言葉はでない。

 ただ美味い。

 銀次は横にいるザングルに申し訳なく思いながらも止まらない食欲がモチモチガーガーを求めている。その欲望のままに肉を腹に収めていく。

 銀次はモチモチガーガーをぺろりと平らげた。その様子をつまみにザングルはラガーの杯を傾ける。

「すみません、自分ばっかり」

 銀次は平らげると申し訳なさそうにザングルに言う。

「いいってことよ! 若いもんは喰わねぇとな。あと、さっきはすまねぇな」

 四杯目のラガーで髭を濡らしながらザングルはそう言った。

 一瞬、銀次には何のことだかよく分からなかったが、若い剣士の事を思い出し首を振る。

「いえ、その通りですから」

「何言ってんだ。俺はおめぇさんを少なくともカッパークラスだと思ってるぞ。あれだけのスモールサーペントを狩れる奴がブロンズの訳ねぇじゃねぇか。若い奴はすぐにモンスターの強さだとか、大きさだとかで決めやがる。昔の冒険者はもっと小さな獲物でも誇りを持って戦って、きっちり他の冒険者を評価してた。それがなんだ。最近は黄金時代とか言いやがって」

 愚痴のような話を聞きながら銀次はラガーを喉に流し込む。

「まあ、確かにそのお陰で俺達は楽に仕事ができるようになったがな。昔は戦の傭兵でただの人殺し。今は町の稼ぎ頭で一部は英雄だなんてなぁ。時代は変わるもんだ」

 コクコクと銀次はラガーを飲み、思い出したかのように相づちを打つ。

「いい時代には変わりありませんよ。戦争もないですし」

「ちげぇねぇ」

 ザングルは苦笑して頷き、銀次に尋ねる。

「そういや、いぶし銀の、おめぇさんは今幾つだ?」

 その質問に銀次はラガーを煽る手を止めた。

 銀次の冒険者証明書では二十五歳となっている。この世界の放り出された時はまだ十歳でそれから十五年間ぐらいは時間が経っていたが、微妙に日本とこの世界の年月の換算は異なっている。月の満ち欠けを基準にした太陰暦でしかも三十日ほどこちらのほうが長い。従って日本人の風間銀次としては二十四歳ほどになる。懐かしい感覚を覚えながら銀次は答える。

「二十五歳ですね」

「なら戦争は覚えているころだな。ありゃ、終わったのが八年前だからよ」

 その年の話を持ち出され、銀次は少し目を細める。

 その脳裏には赤色の火がちらりと過ぎ去った。顔をしかめそうになりながらも銀次は微笑んで言う。

「俺は東高地出身ですから実際には戦争を体験していません」

「お、そうだった。おめぇさんをずっと『いぶし銀』だなんて呼んでるから高地出身てことを忘れてたぜ。カザマギンジなんて、珍しい高地出身の名前だからなぁ」

「この髪の色を見れば高地出身だなんてわかりますよ」

 銀次は自分の黒い髪を触ってザングルに見せた。

「髪なんてマダラカメレオンの体液があれば幾らでも変えられるだろうが。んなんで分からねぇよ」

「確かに。俺も染めようかなゴールドは無理でもブルーぐらいなら安いですしね」

「あんなもんで遊んでる奴らはよく分からねぇよ。いいじゃねぇかおめぇさんを探しやすくて便利だ」

「髪の色で判断しないでくださいよ」

 二人は笑い合った。

「・・・」

 その会話の間を見計らったかのようにまた大皿がコトリと置かれる。

 大量のパスタだった。

 カルボナーラ風のクリームパスタは、絞りたてミルクと濃厚なチーズをたっぷり使って出来上がったボリューミーな一品。他にも様々な具材のソースを使っているがそれは企業秘密。とりあえず美味い。この店の看板料理だ。

「お、待ってました」

 ザングルもこれには反応してフォークを使って一心不乱に食べ始めた。負けじと銀次もフォークを皿に突っ込んだ。

 今度はザングルも食事に参入して、冒険者風のマナーが始まる。

 二人は二時間ほど食事を楽しんで自らの家へと帰っていった。銀次はザングルのご馳走を心ゆくまで堪能した。

 ちなみに二人が食事した店には名前がない。寡黙で無愛想なマスター、その上に料金が異常に高い。若い冒険者からは見向きもされないような店。だが出す料理は紛れもなく一流。古参の高額収得冒険者御用達の隠れた名店だった。銀次はそこの常連である。

閃光蝙蝠は雑魚モンスター扱いですが、暗い洞窟や遺跡内では厄介な相手です。

強力なモンスターと複数の閃光蝙蝠が現れると、フラッシュの連続スキルで強力なモンスターの動きが見えません。空を飛びますので弓手や魔法士が閃光蝙蝠の掃討に時間が掛かり、パーティーが壊滅することもあります。怖い世界ですね。


あとこの世界でカルボナーラは「おかゆ」ぐらいのノリです。

締めの一皿って感じですね。

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