何でもない日 終業・依頼報告
銀次が冒険者ギルドの中に入ると朝とは打って変わって人に溢れかえっていた。ガヤガヤとひしめき合い大声で話し合っている。
その中を多くのギルド職員達が忙しそうに駆け回っていた。
冒険者ギルドが一番忙しい時間帯。冒険者達が遺跡や森から戻ってきてリーダーが査定書を持ってギルドに報告し、ギルド職員はそれを確認して依頼の報酬金額を払う。
ギルドの報酬は色々だ。領主が統一依頼として、指定領域で討伐したモンスターの等級によって依頼金額を支払ったり、研究機関や製薬ギルド、魔核ギルドから調査として指定モンスターの討伐などが高額討伐依頼として存在する。そして、一番少金額の依頼として町や市民が冒険者に依頼する物がある。
討伐依頼は、基本的に指定したモンスターの数で報酬金額が決まる。その時の素材といった物はすべて冒険者の物として見なされる。したがって冒険者は素材を換金した金額と依頼金額。その両方を懐に収めるシステム。一見、冒険者だけが非常に儲かるように見えるが、実際には換金の際に税と手数料として、モンスター換金税と冒険者ギルドの手数料が差し引かれている。査定場の商人達から吸い上げる税もあり、領主や冒険者ギルドは、モンスターが討伐されればされるほど儲かるシステムとなっていた。
人混みのなか銀次はぽつねん、と順番を待っている。周りには彼と同年代の冒険者が多く、誰も彼に話しかけなかった。
冒険者の適正年齢は十八歳~三十五歳まで。体力勝負のこの仕事では年老いた者から順にリタイアしていく。リタイア先は運が良ければ冒険者の教育機関や高ランク冒険者なら町や都市の名士だが、ほとんどの者が墓の下になる。冒険者は肉体労働から名乗りを上げた者が多く、無茶をするため死亡率が低くない。ザングルほどの年齢になると古参で、その年齢まで冒険者を続けているだけで周りの人から賞賛を浴びる。
銀次は周りで楽しそうに話し合う同年の冒険者を眺めながら黙って列に並んでいる。
この時間は病院の待ち時間と一緒でどうしようもない。その上に、本などを読んで油断していると、荒っぽい冒険者達は順番を無視してくるので質が悪い。パーティーを組んでいる者達は交代で冒険者ギルドの奥にある酒場で一杯引っかけて待っている。順番が回ってくるとリーダーと代わり、そそくさと報告を終わらして町へと繰り出すことになる。
ソロで冒険者をしている銀次にとって、この時間は一日の中で最も無駄な時間だ。だが、彼はこれも仕事の一部と割り切っていた。
「次の人どうぞこちらへ」
一時間ほど待って、ようやく銀次の番が訪れる。呼ばれた受付カウンターに行くと、朝の受付の女性だった。
「あ、ギンジさん」
彼女は銀次がやってくるのを見て嬉しそうに笑った。
少し耳が長く、豊かな金髪の綺麗な若い女性。切れ長の目を微笑みの形にして彼を待っていた。
何度か銀次は彼女の名前を聞いていたが思い出せない。確か、エルフのハーフという話までは覚えているが名前が喉の辺りに詰まって出てこなかった。
なので銀次はいつも通りに対応することにした。毎朝のように顔を合わせているが、特に興味はなかった。
「これ、お願いするよ」
「はい、畏まりました」
査定書を受け取った彼女はそれを確認して、銀次用のファイルから町役所への報告書をまとめる。サラサラと羽ペンを動かし、綺麗な文字を記入している姿を銀次は黙って見つめている。
彼の頭の中には特に何もない。強いて言えばこれが終わったら何を食べようかな、という事ぐらいだ。
無言で五分ほど待つと、彼女がサインを求めてカウンターの上に報告書を置いた。
「ご確認いただき、よろしければサインをお願いします」
「あ、はい」
銀次が舐めるように報告書を確認し、彼女から羽ペンを借りるとサラサラとサインをした。
―――カザマ ギンジ。
今朝見た文字と同じ。自分の名前だ。読み方は日本語と一緒、だが文字はこの世界の物。
―――もう俺が日本人だと証明する物は、この名前の読み方ぐらいだな。
服も言語も生活習慣も常識も。何一つとして残っていない。昔の思い出も遠い過去となってしまい、思い出すことすら霞がかっている。いや、霞むどころか、あの世界が本当にあったのかさえ疑問だ。自分が見たただの夢ではないかとすら思っていた。それだけここでの生活が強烈だった。何もかもを現実として見られなくなってしまった一時期。それが三度訪れた。そのたびに自分は心が摩耗し、全てのことを冷静に観察するようになっている。今ではどんな戦いでも、どんな状況に陥っても自分の成すべきことを見極めて、実行する。それが魂にまで染みついている。
「ギンジさん、ギンジさん」
サインを見つめて考え込んでいた銀次はその声ではっと気がつき顔を上げる。
そこには少し困惑気味の女性が首を傾げて座っていた。
「すまない、ぼうっとしていたよ」
慌てて彼はそう取り繕った。
「大丈夫ですか? 何か悩み事があればお聞きしますよ。これでも一応、冒険者様のカウンセラーの資格を持っていますからね。どうですか? これから食事でも・・・」
「いや、大丈夫。気を使ってもらわなくても大丈夫だよ」
銀次はそういって力なく笑った。それを見た女性は胸を締め付けられる思いを感じ、カウンターから少し身を乗り出すように話しかける。
「いえ、私は―――」
「これから知り合いと飲みに行くんだ」
彼女の表情を読み取った銀次は、彼女の言葉を遮ってそう言った。その言葉で女性は目線を少し落としながら、浮いていた腰を下ろした。だが視線を戻したときには表情を変えて微笑えんでいる。
「そうですか。なら依頼料を早くお渡ししないとですね」
「ああ、お願いするよ」
彼女は気持ちを仕事に切り替えて、手早く依頼料を用意すると金貨一枚を渡す。そして、領収書へのサインを求めた。
そのサインを書いたとき、今度は何も考えずただ手を動かした。
何でもない日は分量が結構多いので続きます。
なにこの地味な展開と怒らないでください。




