ギンジ&メイリの初めての冒険「グレムリン集落調査」Ⅳ
「やはりお主の酒は旨いな!」
翁はカッカッカッと豪快に笑いながら強い酒精の杯をあおった。喉を鳴らしてゴクリと飲み込むその姿にポカンとメイリは口を開けて見ていた。
「わぁ・・・アラカランさんはお酒強いですね」
メイリもまた翁と同じ酒を飲んでいたが、酒精が強すぎるために水で薄めたものをちびちびと飲んでいた。しかも苦い。甘党のメイリには薄めても後に引く苦みと独特の香りが苦手だった。
「翁ぐらいですよ。俺の酒を旨いと言ってくれるのは」
その様子を見て銀次は微笑む。
「そうか? 酒精は強いだけワシの血が喜ぶわい。それにの、この酒は腹の底から活気づく」
手狭になったテントの中で翁は自分の腹をポンと叩いて笑う。
その賞賛に銀次も杯を掲げて飲み込んだ。
酒は銀次手製の薬草酒だ。それも薬草であるニギルギの醸造酒を蒸留し、アルコール度数は75%を超えている。火種に吹き付ければ燃え上がり、ニギルギの殺菌作用と防虫効果もある万能酒。それに他の薬草酒をブレンドしているため薬効成分も高い。
多少腐った食べ物でも酒と一緒に飲み込めば食中毒予防、酒をしみこませたものには虫が寄りつかず、傷口に吹き付ければ感染症を防ぐことができる。小さな白い花を群生させるニギルギは、寒さの強い針葉樹林の土地で夏に降り積もる夏の雪として薬師から珍重されていた。ただ一つ難点があるとしたらニギルギの酒には向精神作用があり常用していると習慣性が強くて身を滅ぼすと言われる魔の美酒。薬効は高いがパーティーやギルドが真っ先に禁止する酒でもある。そのためニギルギから薬効は低いが習慣性のないアニエルの薬草を使ったものをギルドから一般販売している。
「この酒目当てだったんじゃないですか?」
銀次は翁の様子を喜びながら冗談ぽく聞くとメイリに酌をしてもらっていた翁が膝を叩いた。
「そうじゃそうじゃ。確かに酒を馳走になろうと思っておったが、一つ気になることがあっての」
膝を叩いた手で豊かな髭を撫でて珍しく翁が思案顔をしていた。
「気になることってなんですか?」
メイリは杯を口から離し首をかしげる。銀次もニギルギの酒瓶に向かった手を止めた。
二人の注意が向いたのを確認すると翁は頷いて答える。
「うむ。ここの精霊がざわついておっての。巡回して見回っておったところじゃった」
「精霊ですか・・・」
銀次は小さく呟いて考え込んだ。
精霊。この世界には精霊という確固たる存在がいると信仰されている。特に、亜人族は精霊崇拝を重要視しており、彼らが土地を離れないのは精霊を守るためでもあった。
ドワーフであるアランカラン翁であれば土の精霊。
亜人族にはそれぞれ崇拝する精霊は別におり、ドワーフであれば土、エルフであれば森の精霊といったものだ。魔法国家シベリウスの学匠院の研究に因れば、亜人族は個々の超感覚を有し、ドワーフはソナーのように地中の振動を鋭敏に感じ、エルフは木々の香りを高感度センサーのように精霊を感じることができる。それが魔法空間の精霊の感知を鋭敏にしていると。
半人族でもある翁はその感覚が鈍くなっているとはいえ、人よりも遙かに周辺環境の異変を探知できる。
銀次は翁の話しを聞き、マリポーリから聞いていたグレムリンの話しと重ね合わせていた。
何か言いしれぬ第六感めいたもの。ひらめきのようなものが脳裏をよぎった。
「グレムリンの出没・・・・・・奴らは何かから逃げているのかもしれません」
「グレムリンとな?」
ぽつりと漏らした銀次の呟きに翁は眉をひそめる。
「はい。まだギルドからの依頼は出ていないですが、ここ最近森からグレムリンの目撃情報が出ています」
「なるほどの。確かに彼奴らなら異変を敏感に感じ取る」
頷く翁を見ながら銀次は自分の考えを組み立てていく。
グレムリンは弱小種だけあり、敏感に異変に気がつく。夏に体験した盗賊蟲のように小紫毒蛇から逃げて住処を変えることもある。下手をすれば思いがけない場所で発見するかもしれない。
何かから逃げていたら彼らを追うことで何かを見つける可能性は高い。
しかし、水源を追う方法を切り替えて、見通しがいいとはいえ広い森を探索するには人手不足だ。無作為に探索するのは危険が伴う。
獲物を追うには追う対象が何であるかを特定し、その行動範囲を絞るのが鉄則。
だが、情報が足りない。
銀次が考え込むのを見て翁はぐいっと杯を乾かした。
「ふむ・・・いぶし銀は何かを考え込んでるの」
「ですね。邪魔してはいけないのでアランカランさんおつまみとかどうですか?」
「ほぅ! なかなか分かる娘御じゃな! 何があるのじゃ?」
メイリの提案に満面の笑みでアランカラン翁は嬉しそうに聞いた。
食料用の麻袋からメイリは大きな葉に包まれたいい香りのする魚の燻製を取り出す。
「明るい内に先生が獲ってくれたお魚です。たっくさん獲れたので軽く燻製にしたんですよ」
メイリが差し出した手のひらほどもある燻製をぺろりと食べて翁が唸り、魚の臭みを消す甘い香りとぴりっと辛い香草に舌鼓をうつ。
「うむ、旨い! いい塩じゃな。それにこれは・・・何の香草じゃ?」
「フェニエスの葉です。先生、すごいんですよ。歩いているそばから香草とか薬草とか全部見つけるんです。茎はスープで全部食べちゃいました」
銀次は、自分が考え込んでいる横で気恥ずかしくなる。
香草も薬草もこの世界では豊富にある。それに澄んでいる川では貴重なタンパク源だ。何も特別な技能ではない。普段からギルドの依頼で森や草原を歩いていれば誰でも・・・。
そう言いかけて彼に疑問が浮かび上がる。
(豊富だと? グレムリンが繁殖している土地で)
グレムリンは弱小種。小動物を狩り、個体数が増えればそれこそ木の皮までも喰らう。バッタの大量繁殖の際に田畑が食い尽くされるように。
たとえ個体数が少ない場所でも天敵が人の手によって狩られている森で、ここまで簡単に手に入ることも珍しい。人は彼らより強くても、彼らよりも森には疎い。少なくともここまで来るには痕跡の二、三は見つけてもいいはずだ。
それが全くない。
いや、断定は早計だと銀次は冷静に言い聞かせる。
ここはまだ人が入る森。彼らも縄張りを意識して近づかない可能性もある。
だが、それは一つの判断基準になる。もし、人も入ることがまれなグレムリンの生息範囲で彼らが足を踏み入れない場所。それが今回の手がかりになるかもしれない。
「アランカラン翁、一つ聞いてもいいですか?」
翁とメイリが二人で盛り上がる会話へ鋭く銀次の声が入った。
つまみに伸ばす手を止めて翁は目をわずかに見開き頷く。
「うむ。よいぞ」
「この森でグレムリンの痕跡がなかった場所を教えてください」
一つの手がかり。
それを手にして、銀次は真剣な顔でそう聞いていた。




