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いぶし銀な異世界冒険録  作者: 三叉霧流
一章 いぶし銀な家庭教師
19/20

ギンジ&メイリの初めての冒険「グレムリン集落調査」Ⅲ

 霧雨が降る夜の木立の間をゆっくりと青白い明かりが揺れている。それはまるで鬼火のようにゆらゆらと揺れ、何者かが枯れ木を踏み割る音が響いた。

「―――メイリ」

 警戒心をにじませた銀次が囁くような声を出して、隣でぐーすかと寝ているメイリの肩をたたいた。野営用に張ったテントからはポタポタと雨がテントの生地をたたく音が静かになっていた。

「・・・もう食べれましぇん・・・むにゃむにゃ」

 口をムニャムニャさせたメイリがそう呟くのをきいて、銀次は冷静に彼女の口を塞ぎ頬をつねった。

「―――!!!」

「静かに。何かが近づいてくる」

「―? ―――?」

 目を大きく見開き何かを言うメイリ。銀次はそれを黙殺しつつその場にいるように指示して、短剣を手にテントの入り口から外にちらりと目を向ける。

(――魔核洋燈。人か?)

 魔核洋燈は独特の青白い光を放つ。洞窟や迷宮に潜む以外でこのような色の明かりを放つモンスターはそういない。ではこんな場所に山賊か、と銀次は思うもどんな荒くれも冒険者として生計を立てられるこの時代で山賊は減少している。重犯罪人(アウトロー)などを除外すれば、この辺に山賊の出没は聞いていない。

 銀次は再び夜闇に包まれた森を盗み見て明かりを探す。

 明かりは一つ。不審者は一人・・・だと断定するには不安がある。明かりを陽動として奇襲される可能性があるからだ。

 銀次は明かりが木立の影に隠れたタイミングを見計らい、足音を殺して夜の森へと紛れた。

 夏といえども雨に当たり続ければ体温が失われる。細かい雨にさらされてぐっしょりと重くなったチェニックが体にまとわりつくのを無視しつつ銀次は森を早足で駆ける。

 森は暗い。手元さえもままならない。それでも銀次は目を細めてテントの周囲を素早く見回ると今度は注意深く明かりを観察する。

(―――こちらにくる)

 周囲に伏兵はいない。通り過ぎることを期待していたが、明かりは蛇行しつつも銀次たちのテントを目指していた。

 銀次は覚悟を決める。近づくなら素性を確かめなければならない。このような夜中の森で声も上げずに近くのは何かの意図があると銀次は勘ぐった。それかただの偶然か。

 ゆらゆらと次第に近づく明かりから銀次は木の陰へと身を隠す。

 魔法士やスキル習得者には目の感覚を底上げしてわずかな光量で周囲を見通すものもいる。銀次は不審者の気配を感じながら飛び出すタイミングを計った。

 雨が森に降りしきる。髪からつたう滴がまつげにしたたり落ちた。

 銀次は瞬きをほとんどせずに足下をにらむ。

 振り子のように揺らめく洋燈の光は心臓の鼓動を掻き立てる。光が木の陰を色濃く刻み、その人物の陰もまた浮かび上がった。

 近づく。光が夜目に慣れた銀次のまぶたに強く刺し、外套のローブの裾が見える。

 今だ。銀次の感覚がそう告げる。

 銀次は濡れた短剣の柄を握りしめ地面を蹴った。

 気配を敏感に感じてその人物の洋燈が大きく揺れ、銀次の短剣が閃く。

 金属のぶつかる音。

 殺すつもりや怪我をさせるつもりもない手加減の寸止めだとはいえ、完璧な奇襲が小型の鉄盾(バックラー)によってはじかれていた。火花がぱっと散り、外套のローブで陰っていた相手の顔、その豊かなひげの中に浮かび上がった微笑みが銀次のまぶたに焼き付く。

「腕は衰えておらんようじゃの、ギンジ」

「アランカラン翁」

 呆気にとられた銀次は、茶目っ気のある笑顔を向けた髭の老人、アランカラン翁の盾から剣を離していた。

「ふむふむ。壮健そうでなりよりじゃわい」

 アランカラン翁は銀次の体つきを見て満足そうにしていた。

 成人男性の平均身長よりも小さくずんぐりとした体は筋肉太りしている。濡れた街灯の下にはモンスターの鱗を貼り合わせて作られた鎧に、大きな荷物を背負い込み、左手に洋燈と小型の鉄盾、右手に戦斧を握っていた。それは老兵然とした姿だった。

「なぜ・・・いや翁なら確かにここにいてもおかしくはありませんが・・・」

「クハハハ。どこかで見たことがあるテントの柄じゃと思うてな」

 翁は洋燈を少し掲げてテントの方を指した。

 銀次の目にはテントをとらえることはできなかったが、彼のテントには格子状の中に七つの菱形の模様が入っていた。

 冒険者の所有するテントは、団体行動をするときのためにパーティーや個人専用の模様を入れている。翁はそれを見て、銀次を訪ねてきていた。

 翁はくりくりと楽しそうに目を向ける。ときおり見る角度で洋燈の光を反射する瞳はエメラルドのような色に輝いていた。

 亜人族、矮人(ドワーフ)。遙かなる太古に起きた龍大戦、その時に力尽きた龍の死体より生まれたと言われている。人と魔族の国境である広大なズルガ山岳地帯の鉱山のトンネルに住み、人族や他の種族と冶金や鉱石の貿易で栄えていた。

 アランカラン翁は矮人(ドワーフ)と人族のハーフで、一生を暗い穴の中で生活する矮人(ドワーフ)とは違っていた。彼は自由な旅を求め、放浪する冒険者だった。

 そんな翁をあきれた顔で見て銀次はため息をつく。

「翁も人が悪い。気がついていたなら声をかけてくださいよ」

「なに、お主の気が抜けていないか試してみたのじゃ」

 からからと笑って翁が答えた。

「こんな場所ではなんですから俺のテントにいらしてください」

「これは助かる。この雨が老骨にはちと堪えるからの」

 銀次はそう軽い調子の翁に苦笑する。

 矮人(ドワーフ)は人族よりも遙かに丈夫だ。歳をとっているからといってこのような雨がつらいはずもなかった。

 それにアランカラン翁は冒険者ギルドでも有名な冒険者だった。

 なにせ冒険者の栄誉であるゴールドランクを辞退した数少ない冒険者の一人だからだ。

 ニカっと笑う翁の首元に光るシルバーの輝きを目に銀次は彼を自分のテントへと連れて行った。


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