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いぶし銀な異世界冒険録  作者: 三叉霧流
一章 いぶし銀な家庭教師
18/20

ギンジ&メイリの初めての冒険「グレムリン集落調査」Ⅱ

 森の中、少し広い小川で、歌うような声が聞こえる。

「顕現せよ・赤き大火・紅蓮の花・集い・我が力となせ【花炎球(ファイアーフラワー)】」

 メイリのロッドの先で一陣の魔法円が空中に花開き、一点に向かって収束する。

 ぼぅ、と一つの炎の塊がそこに出現した。

「【花炎球(ファイアーフラワー)】か…」

 その炎を見ながら銀次は腕を組んで呟いた。

 目の前にあるのは炎の塊。しかしその形は完全な球体ではなく、両手ほどの蕾みのような紡錘形だ。初級火炎魔法の火炎球(ファイアーボール)の変形パターンである【花炎球(ファイアーフラワー)】。効果は着弾の際、蕾みが花開したように拡散することだろう。拡散といってもバーストのように爆発ではなく、あくまで広がるだけだ。小人型モンスターなら最大で二体への範囲攻撃になる。が、威力も拡散する。

 もともとは、モンスターに与える火傷を広範囲にするためのもだ。火傷はその熱傷面積でダメージが異なる。球体の【火炎球(ファイアーボール)】を喰らって動けても、【花炎球(ファイアーフラワー)】で広範囲に火傷が出来た場合はモンスターを倒せる可能性が上がる。

 問題は…。

「ちょっと川に向かって撃ってみろ」

「はい。咲け!」

 メイリが叫び、紡錘形の【花炎球(ファイアーフラワー)】が川に着弾する。

 じゅっう、という水が蒸発する音共にモウモウと水蒸気が舞い上がった。

 メイリはどうでしょうか、と首を傾けて銀次に振り返った。

「………全然咲いてねぇ。形状操作の魔法陣の記述が甘い、というか【属性変換】の記述が他の魔法陣を圧迫してるぞ」

 彼が指摘したようにメイリの作り出した【花炎球(ファイアーフラワー)】はほんの気持ち程度しか拡散していない。

「え? 先生、魔法陣読めるんですか?」

「多少な。経験ある冒険者は、魔法士でなくとも魔法陣の記述が感覚でわかるんだよ。それよりも体内魔力の消費で【属性変換】は必要じゃないぞ。それがあるだけで【形状操作】の記述が容量不足だ」

「そ、それって感覚どころか、完全に魔法空間が見えてると思うんですが…」

 メイリは驚いていた。

 一般人が魔法空間を認識できないと聞いていたからだ。

 魔法空間。それはこの現実世界と二重重ねに存在する【想念世界】【魔法の根源】などと言われている世界だ。大雑把に言うと魔法の発動は、魔法空間内に魔法陣を想起し、そこに体内あるいは体外からの魔力を流し込み、呪文の詠唱あるいは魔法陣の現出を鍵として、現実空間の事象改変をおこし、魔法を顕現する。

 魔法の威力と精度、発動速度を決める上で必要なのは、【魔法陣】【魔力量】【発動鍵】。

 魔法士はその三つの才能を有する者しかなれない。

 ここで銀次が【属性変換】というのは、魔力を魔法士が想起した魔法陣に適合した属性へ変換するための魔法陣に組み込まれた記述陣だ。魔法陣は適した魔力でなければ、事象改変することはできない。例を挙げるとするなら、火炎魔法士(パイロマンサー)流水魔法士(ヒュドロマンサー)の水魔法を使う際に【属性変換】の記述陣が必要になるが、火炎魔法士(パイロマンサー)が火魔法を使う場合にはその記述陣は不要となる。

 いま、メイリの【花炎球(ファイアーフラワー)】の問題は、その不必要な【属性変換】が他の魔法陣を圧迫して、【花炎球(ファイアーフラワー)】の【形状操作】の魔法陣の記述が少なすぎるのだ。【花炎球(ファイアーフラワー)】の魔法陣に書き込める記述陣の数と分量には限界があった。

「あはは…直したいのは山々なんですが…知っている魔法陣がこれだけでして…」

「そうだな。魔法陣に関しては、俺の教えることじゃない。それなら、わざわざ無理して【花炎球(ファイアーフラワー)】じゃなくていいぞ。形状操作の記述陣がないだけ【火炎球(ファイアーボール)】の方が精度はいいだろうしな。…ところで【火炎矢(ファイアーアロー)】はやはりまだ無理なのか?

「すみません…」

「そうか。森の中で火炎魔法を使われると火事が怖い。こういった森のような密集地帯では【火炎矢(ファイアーアロー)】のほうが安全だ」

 程度の問題だが、【火炎球(ファイアーボール)】は燃焼範囲が広く、燃焼時間が長い。敵を炎で燃やすという言葉が相応しい。が、【火炎矢(ファイアーアロー)】は燃焼面積が矢じりと同じで狭く、飛翔速度も速いので燃焼時間は敵を貫通するまでのごく僅かな時間だ。敵を焼き貫くといった感じである。一流の使い手だと、初級魔法の【火炎矢(ファイアーアロー)】でさえ、貫いた相手の体内で爆発させたり、火力を上げて内側から炭化させるという凶悪な使い方が出来る。その使い手の魔法陣は芸術的な書き込みで一切の無駄がない。無駄だらけのメイリとは正反対だった。

「できないものを言ってもしょうがないな。昼飯にするか」

「はい!」

 お昼ご飯と聞いたメイリはロッドを持って大きく頷いた。

 が、直ぐさま訝しく眉間に皺を寄せる。

「先生、何処行くんですか?」

 スタスタと革鎧姿で川原に向かう銀次に彼女は声をかける。

「ん? 魚を取りに行くんだが」

「えっ…と、ご飯は鞄の中に入ってますよ?」

 川原のそばには冒険道具が一式が入ったバックパックタイプの革鞄が置いてある。数滴垂らされたモンスター除けで虫さえ寄ってこない。

「いや、保存食は保存食だからできる限り食材は現地調達だぞ」

「そんなことしてたらグレムリンの調査が…」

「勘違いしているようだが、グレムリンの調査はついでだ。基本的にメイリの講師として来ているだけであって、本格的な調査はしない。講習も終わっていないウッドを連れて、まともな調査が出来ると思ってないからな」

「あーまぁそうですけども…」

 メイリはどこか納得していない顔だった。彼女はこの遠出を自分の冒険ライフの第一歩という意気込みで来ていたのだ。

 そんなことは構いもせずに、メイリをポツンと残して銀次は川に近付く。

 スネの当てに仕込んでおいた暗器、手の平程度の長さのクナイを取り出し、すっと眼を細めてゆっくりと流れる川を見た。太陽の光りが川面に反射してギラギラと眩しい。しかし、彼が見ているのはそんな川の真ん中ではなく、川岸の石がゴロゴロと転がっている場所。

 石のそばで細長い魚影が透明な川の中に動いている。

 銀次の手がすっと走った。

 次の瞬間には、鋭い水しぶきが上がって、クナイに縫い止められた魚が暴れていた。

 銀次はザブザブと川に入り、その魚とクナイを回収し、魚のエラを断ち切ってポイと川岸の地面に魚を投げた。

 それからあれよあれよという間に五匹ほど魚を捕って内臓と血を抜くと川で洗う。

 洗ったあとは、簡単だ。川に来るまでに拾っておいた樹脂を多く含む木の枝でたき火をすると、岩塩を削ってまぶした魚を串に刺し焼く。ちょどよく焼けたら後は食べるだけだ。

「魚ってあんなに簡単に獲れるんですね」

 パクパクと美味しそうに魚を食べているメイリが聞く。

「冒険者だからな。遭難も一度や二度じゃない。自然と覚えたよ」

「私なんて一年も旅してましたけど、狩猟は全然で…」

「それでどうやって今まで生き延びたんだ?」

 不思議そうに尋ねる銀次へ、メイリは愛想笑いのように顔を少し強ばらせた。

「えっと…茸とか?」

「何故聞く? 茸や山菜といっても東高地とこの辺じゃ植生が全く違う。地元民でも下手すると毒でのたれ死ぬ。ちゃんと、食糧確保できるようになれ。地下迷宮や遺跡では、それが生命線だ。人間は飯を食わなきゃ死ぬからな」

 銀次が言うことはその通りだった。

 地下迷宮では、補給線もままならないこともある。そういったときは、いかに周囲のモンスターを食べるかに尽きる。森や草原といった地表のモンスターはまだ美味しいが、地下迷宮で出現するようなモンスター達はどれも不味い。唯一コンスタントに食べられるのは閃光蝙蝠(フラッシュ・バット)ぐらいだ。奴らは洞窟や地下迷宮にはどの階層にも存在して、捕獲して焼くと鶏肉に近い味がする。塩焼きにすると美味しい。

「は、はい」

 コクコクとメイリは頷いた。

 この世界に食事を取らずとも生き続ける生命体は存在する。古龍種や魔族、人ならば魔人といった上位魔法生物だ。存在自体が魔法空間、魔法の根源に近いため、体内外の魔力を肉体の維持エネルギーに変換できる。それらの種は、精神が摩耗しない限りは生き延びることができ、彼らの死とは精神の死に他ならない。そして、その死を回避するためにそれらの種は何かしらの快楽、生きる欲望を煮えたぎらせる傾向がある。

「とりあえず、飯を食ったら少し講義するか」

「わ! ようやく冒険者ぽくなってきました!」

「………いや、昨日からずっと俺は講義しているつもりだったんだが」

 銀次のやり方はあまり理解されていなかった。


 そんな銀次の講義だからこそ、メイリの想像を完全に裏切った。

 メイリは、モンスターを倒す方法を教えてもらえると思っていた。あるいは、パーティーの戦闘方法などだ。

 内容はこうである。

「まず、冒険者にとって重要なのは依頼内容を確認することだ」

「依頼によって準備する道具が変わってくる」

「依頼内容は大まかに四通り。三日程度の短期、三日から一週間までの中期、一週間から一ヶ月の長期と無期限。各分類の方法は、人の最も大事な水の携行性による。短期は、町周辺大体1トリル(18km)圏内で町から水の持ち運びも簡単だ。中期は、何とかその日数分程度であれば持ち運びが可能。長期以上になってくると、定期的な補給か拠点地に水源を確保しなければならない。無制限は、緊急性がない依頼でかつ長期的に討伐依頼がでている場合だな」

「で、メイリのようなウッドや俺のブロンズがソロで依頼を受諾できるのは短期。中期以上をこなそうとすれば最低四人でパーティを組まなければならない。今回もギルドの依頼ではなく個人的な行動なので、ギルドの救助などはあまり当てに出来ない。ギルドは、依頼を受諾した冒険者達を管理しているので、時間経過で捜索班が編制される。だいたい、受託した依頼期間を五日超過すると、数組のパーティが捜索に出してもらえるが、捜索実日数は約一日。それまでにこちらが見つけてもらうように、支給された救援冒険者セットで存在を知らせる」

 そう言って銀次が鞄から出した薄い木箱には二個の魔核結晶。のろしを上げる『煙幕魔核』と周囲に音を鳴らす『警報魔核』だった。他にもセットの中には、包帯や薬草とった応急処置の道具が入っている。中でも厳重に封をされた真鍮の小瓶には、安楽死用の毒薬。

「まあ、道具に関しては来る前にある程度伝えたからいいな。メイリは何でもかんでも持ってこようとするが、基本的には生活に必要な三日分のものでいい。服は下着と雨具ぐらいだ。それで依頼の話の続きだが、依頼には日数だけではなく、調査、採取、護衛、討伐、捕獲の五種類。順に難易度があがる。最も簡単だが奥が深いのは調査で、最も危険なのは捕獲だ。調査は多岐に渡り、地形調査、モンスターの生態調査、遺跡の探索などなどだ。他にも村の畑を荒らすモンスターの調査まである。成果は報告書か口頭説明となり、実戦を想定していないので料金も安い。が、かなりの知識がいる。遺跡の探索なんぞほとんど研究者と同じようなものだ。捕獲は、モンスターにもよるが基本的に観賞用や商売用で王都の貴族達やギルドが大金をだしてくれるので依頼料も高額。しかし、檻を運び、捕獲モンスターが死なないように護衛しつつ戻るので非常に危険だ。冒険者が生き残るには機動力が第一だからな。遅いとそれだけ襲われる」

「そして今回の調査についてだが、調査方針は水源を辿る、だ。なぜ水源を辿るかを説明すると、グレムリンの生態について詳しくないといけない。グレムリンは知っての通り小人型で、身体能力は強くても成人したばかりの人の子と同じだ。そしてグレムリンは集団行動をとる。集落を形成するんだ。それは原始的な人間の生活と変わりがなく、飲み水を求めて集落を作る。つまり、川や泉、といった水源の近くにいる可能性が高い。ただ、厄介なのは集落形成パターンにもその地域の個性が出て、食糧が豊富なところでは住居を作り定住するが、食糧が不足気味だと移動するんだ。今回、人里の街道に出てきたと言うことはグレムリンの個体数が増えすぎて食糧が不足している可能性がある。移動しているということだな。なので、方針としては水源の近くを調査して、形跡を探しながら個体数を把握するというのが基本だ。って、聞いてるか? メイリ」

「えっ!?」

 ロッドを支えにしてコクリコクリと船を漕いでいたメイリは飛び上がった。

「は、はい! あ、いえ…す、すみません…」

 メイリが慌てて身をすくめているのを銀次は苦笑する。

「まぁ、この地下水脈の地図とこの周囲の地図を見比べて森に入っていくと理解してくれたらそれでいい」

 銀次は2枚の地図をメイリに渡した。

「えっとぉ…すみません…地図苦手で…方向音痴ですから…」

「………地図の読み方は後で説明する。とりあえず、少しは消化できただろうし拠点を作りに行くか」

「調査に行かないんですか?」

「今日はな。もう少ししたら雨が降る。雨の中での調査は過酷だぞ?」

 メイリは空を見上げた。青い空には薄い雲しか見えない。

「雨ですか? 晴れてますけど」

「太陽に薄い傘がかかっているだろ? 空の上には湿気を含んだ雲がある。すぐにってわけじゃないが雨が降る可能性が高い。先に拠点を探そう」

「わかりました」

 そう言ってメイリと銀次達は川から高い場所へ拠点を探しに行った。

 遠くの方からゴロゴロと音がし始めるのはそれから少し経ってからのことだった。

ちょっと細かすぎる講義な気も…?

もっとも詳しい異世界冒険者ものを目指します。

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