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いぶし銀な異世界冒険録  作者: 三叉霧流
一章 いぶし銀な家庭教師
17/20

ギンジ&メイリの初めての冒険「グレムリン集落調査」Ⅰ

 土煙をモウモウと立たせた車輪。

 石畳みを転がるその車輪の音が、照りつける太陽の下で響き渡っていた。

 右側は鬱蒼とした森、左側は広い草原。のどかな空には鳥のモンスターが軽やかな鳴き声を上げてドロードの鳥車の集団を追いかけている。

 ガラガラと音を立てる車輪がときどき街道の小石や凹みでがたりと飛び上がり、鳥車の振動は激しい。鳥車の荷台はまるで重量のない紙のようにガタンガタンと揺れている。たまにそこから悲鳴が上がるが、誰も気にしない。

「リキャルドさん、あそこらへんの街道で降ろしてください」

 鳥車の御者台に乗っていた銀次は地図を片手にそう街道の先を指さした。

「了解。しっかし、こんな時にグレムリンの調査だなんていぶし銀らしいなぁ」

 リキャルドと呼ばれた日に焼けた男がニカリと笑って手綱を持っている。

 リキャルドはモンスター使いであり、彼の興した商会は運送業を営む。冒険者の補給物資や討伐したモンスター素材を郵送したり、急ぎの商品を速達で運ぶ高額料金の輸送屋。彼自身も昔は、冒険者もしていたことがあって冒険者ギルドにも顔が広かった。

 モンスター使いは、魔法士と同じぐらいの稀少な才能である。

 現在の学匠達は、モンスター使いの秘密に声や音が重要であると考えていた。モンスター使い達の独特な艶のある声にモンスターを手なずける音が含まれており、彼らは口笛や声を使ってモンスターを暗示にかけて従わせていると考えている。鳥、狼、獅子、蛇、象など様々なモンスターを使役するが彼らのほとんどは一種類のみのモンスターに限られる。リキャルドは中でもドロード使いとして有名で、冒険者時代の二つ名は『ドロード騎士』。騎乗の騎士さながらドロードを乗りこなして、戦場を駆け抜けていた猛者だ。それがリタイヤした後は、町で運送業を営み、孫達に囲まれて幸せに過ごしている。冒険者としての典型的な成功者だろう。

 銀次はそんなだみ声なのに落ち着く声色を聞きながら苦笑した。

「まぁ、呼び出されなかったので必要じゃなかったんでしょう」

「ハハハハ。町役場で何が起きてたか知らねぇみたいだな」

「はぁ…何かあったんですか?」

「おうよ。お前さんを連れて行くなと抗議があったらしいぜ」

 銀次は驚いて目を瞬かせた。

「何故ですか?」

「何故ってそりゃ、お前さんがいないと町が困るからだろ」

 わからないのか、とでも言うようにリキャルドは肩をすくめる。

 それに、はぁと生返事を銀次は返した。

(俺はただソロで最も生存率が高い依頼を受けているだけなんだが)

 銀次はそんなことを思っていた。

 身を寄せる冒険者ギルドの頼みを聞けば様々な特典が付いてくる。生活の支援や身元保証人の代理など。それ故に彼は、ギルドの痒いところに手が届くような仕事を率先してしてきた。それは町に対する愛情と言うよりも処世術に近い。

 彼にとってはそれが処世術であろうとも、町の人達はそれを感謝している、その辺の溝が僅かに彼の中で罪悪感の棘になって引っかかった。

(俺も随分と町に馴染んだな。ずっと根無し草だったが、少しは約束を守れているだろうか?)

 銀次は遠い目で森を見た。

 そんな銀次をリキャルドも黙ったまま鳥車を走らせる。

 旅の冒険者とはそう言うものだ。不遇な自分の立場から夢を追いかけて旅立つ者、社会には馴染めずにずっとフィールドで依頼をこなしてお金と消耗品だけを取りに町に寄る者、ただ外の世界を知りたくて飛び出す者。

 定住する冒険者は、冒険者の中でも地に足をつけた者達だろう。

 その町で誰かと恋に落ち、子をなして、生活するというのは人として実に堅実である。その生活をするお金を得るために冒険者となる者は死を恐れる。恐れても生活するために自分の命を差しだして、家族のために戦うのだ。

(コイツは、えらく危なっかしい目をしてやがる)

 リキャルドは隣の銀次を横目で見ながら思った。

 彼も様々な冒険者を見てきて、戦争では徴用されたこともある。ドロード使いという才能は、戦場で使い捨てにするよりも後衛の輜重兵として使われていた。彼が食糧を運んだ先の傷兵達の眼。あれを思い出していた。

 体の一部を失った深い絶望や誰かを失った悲しみ。そんな感情を秘めた黒い瞳がリキャルドの心を抉るようだった。

(早くコイツに誰か―――)

「ぜ、ぜんぜい…うっぷ…」

 リキャルドが顔を曇らせていると御者台の後方から嘔吐くような声が聞こえた。

 リキャルドと銀次が振り向くと、鳥車の幌がかかった荷台から生首が飛び出ていた。

 手で必死に抑えているが、頬を膨らませて今にも吐きそうな顔で青ざめている。

「メイリ…まさか」

 清潔好きな銀次は血相を変えている。

「ぜんぜい…ど、うっぷ…どめてくだざい…吐ぐ…うっぷ」

「待て! ここで吐くな。もうちょっと我慢しろ。リキャルドさん、すみません。ここでいいので降ろしてください」

「お、おぅ」

 リキャルドが慌てて口笛を吹くと、鳥車の集団は街道の途中で止まった。

 メイリが走っていた森の奥から嗚咽とバシャバシャと水の音がして、リキャルドは大爆笑した。



「お嬢ちゃん、いぶし銀は任せたぜ! 三日に迎えに来る。それまで気をつけてな!」

 リキャルドが御者台からそう言って手を振ると、鳥車の集団はまた土煙を巻ながら走って行く。

 その言葉にメイリは首を傾げる。

「なぜ私が先生を任せられたのでしょうか?」

「さぁ? 俺にもわからん。まぁいい、行くぞ。早く荷物を背負えゲロ魔法士」

 既に荷物を背負って、銀次は地図を持ちながら森の獣道へと入っていった。

「え!? ゲロ魔法士って私の事ですか!?」

「他に誰がいる」

「わー、ちょっと! しょうがないじゃないですかぁ~。鳥車なんて初めて乗ったんだし、すごく揺れるし!」

「わかったわかった。だが、たぶん今日か明日には冒険者中の笑いものだけどな」

「そんなぁ…私のイメージが…」

「猫背、田舎者、ゲロ。随分と可愛らしいイメージだと思うが?」

「先生意地悪ですよ!」

 大きな荷物を重そうに抱えたメイリが頬を膨らませて銀次の背中を追う。

 二人は獣道の奥へと進んでいき、誰もいない森の入り口は、風に揺られてカサカサと鳴っていた。

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