ひよっこ魔法使いといぶし銀な冒険者の日常(Ⅶ)
「冒険者は体が資本。美味い飯を食えば体も心も元気になる。美味い飯で明日も生きていける!」
饒舌に語りながらぐっと握り拳を握った銀次にメイリは戸惑った。
明らかに彼女の先生の目つきがキラキラと輝いている。
「は、はぁ…美味しいご飯は私も好きです…よ?」
僅かに圧倒されるメイリ。
今二人は藍色に染まった町中を歩いていた。魔核灯がポツリポツリと灯り始め、町は夜の顔になりつつある。昼間に営業してた店は扉を固く閉じ、逆に昼間締まっていた店からは明るい魔核洋燈の光が漏れて、ワイワイとしている。その多くが今日の収入を得た働き手達だ。僅かな給金を素寒貧になるまで飲み明かす。それが彼らの生き方だ。
そしてメイリに前にはそれと同じような生き方をする冒険者がいた。
「この町にある食堂、居酒屋、レストラン。その135軒全てを制覇し、その全てのメニューを食べて辿りついた最高の場所が…ここだ!」
そう興奮気味に銀次が手を指した場所は、小さな扉に小さなのぞき窓が開いているだけの質素な石作りの店だ。それが店であることを知らなければ誰もが通り過ぎるほどの変哲のなさだった。
「ここ…ですか? え? 店なんですか、ここ」
その店の前で目を白黒させるメイリ。
ふふ、と銀次は小さく笑う。
「そうだ店だ。それも飛びっ切りの一流店。ちなみに、店の名前もマスターの名前も俺は知らない」
「そ、そうなんですか」
様子の違う銀次に尻込みしながらメイリは相づちを打った。
「まぁ入ってくれ。入って料理を食べればわかる」
そう言いつつ銀次は大股で扉を開けて中へと入った。
メイリも生返事をしつつ銀次の後ろから中に入った途端に、
「うわぁすごい」
彼女が見たこともないような料理屋があった。
きちんと清掃され塵一つない綺麗な店内。さりげなく何処にでもあるような椅子だが木の香りが漂ってきそうなほどの高級家具。店内は緩やかなカーブを作られた石壁のブロックがひんやりと涼しげに並んでいた。
銀次が何時もの席、カウンターの隅っこに座り、メイリもそれに従って隣に座った。
「メイリはお酒は飲めるのか?」
「あ、いえ。お婆ちゃんからお酒は絶対に飲むなと言われて…」
メイリは初めて訪れた高級店に気後れしながらソワソワした様子で答える。
「よし。マスター、今日のオススメのコースと俺にはラガー、彼女には果実のジュースを」
「………」
マスターは無言で頷き、手際よくグラスに魔核製氷機の氷を入れると、ポンカと呼ばれるオレンジのような果実をぎゅっと絞り、果実ジュースを作った。銀次のラガーはとくとくと冷えた陶器に入れ、それを二人に出す。
乾杯をして二人がそれぞれの飲み物を飲むと、自然にため息が出た。
「はぁ…美味い」
「美味しい! やっぱり絞りたては違いますね、先生」
「そうだな。ポンカはレガリアでも連合側の沿岸部で採れる品種が最高なんだ。ここのポンカはわざわざそこから取り寄せている。それがまたオリーブオイル、塩漬けシワイと一緒にあえてサラダにすると夏にピッタリの一品になる」
語る銀次の話をふんふんと頷くメイリ。塩漬けシワイとは小さな魚を塩漬けしたもので、手軽な魚の保存食として樽詰めにされ、内陸のこの町に運び込まれたものが飲み助達の側に付き添っている。
その向こう側で料理をしていたマスターの手が一瞬止まる。
なぜなら、マスターはまさに今、そのサラダを作っていたからだ。マスターは何となく面白くなかったが作業を再開した。
「連合…。たまに聞きますけどどんな国なんですか?」
料理のことを聞くと危険かも知れない、とメイリは無意識のうちに気がつきそれとなく話題を変えていた。
銀次はラガーで喉を潤しながら、んー、と考えながら答える。
「連合は国ではないな。様々な国が合わさって出来た国家協力体制とでもいうのか? とりあえず七カ国が貿易などの経済協力してレガリアや魔法国家シベリウスと拮抗している」
「なるほど」
メイリは深く頷いたが、まったく理解はしていない。ぼんやりと偉い王様達が七人集まっているぐらいにしか想像してなかった。
補足しておくと、連合とはナレポシア連合の事で、大小七カ国が併合して一つの国家として統治されている。レガリア王国から南に隣接した国々であり、熱い太陽と内海の気候もあってオレンジのようなポンカやワインの葡萄品種、オリーブオイルといったものが特産だ。商業大国であり、造船技術に優れ、各国と貿易を交わしていた。ただ、連合は好景気が各国々を強く結んでいる状態だが、今だ確固たる上位政府が存在しないため現状では分裂の危険性も孕んでいる。いわゆる、深く観察すると情勢が不安定な国々である。外交面では笑顔で手を取り合っているが、反対側の手にいつ刃物が握られてもおかしくなかった。
そんな危なっかしい国がすぐ側にあるのにメイリは呑気にポンカジュースをちびちびと飲んでいた。銀次も特段そう言った政治論を話す訳でもなくラガーを口にしている。
「………」
その二人のカウンターの上にことり、とガラス皿に盛り付けられたポンカのサラダが置かれた。ついでに冷えた小皿が置かれる。
「あれ? 先生、これって…」
「ああ、さっき俺が言ったサラダだな」
二人は見つめ合って、噴き出した。
「アハハハ、先生が言ったとおりの料理が出てますよ」
「だな、マスターの粋な計らいだな」
そう言って二人はフォークを使い、料理を取り分けてオリーブオイルと塩漬けシワイがかかったポンカを頬張る。
「……っっ!」
「酸味がいい感じだ。このハーブも美味いな」
二人はそれぞれ舌鼓を打つ。
塩気のあるシワイがポンカのジューシーな果肉を引き立て、爽やかなハーブ香りが鼻に抜ける。汗をかいた体は塩気と爽やかなポンカで潤されるようだった。
「んー、白ワインが飲みたくなる。マスター、白ワインを」
「………」
空になった陶器のグラスをマスターに渡して、代わりに白ワインが入った冷えた陶器を銀次は受け取った。キリリとした冷えた白のワインとスッキリした後味がポンカのサラダによく合う。メイリと銀次は酸味の利いたサラダで食欲が沸き立ち、ドンドン食べていった。
二人のペースが速く次の皿までに間に合わないと思ったマスターが、お通しを出して時間を調整していく。お通しも旬の野菜を小さく角切りにして、ニンニクの香りが染みこんだオリーブオイルで炒めて、刻んだトマトと白ワインビネガー、ハーブを加えて煮詰めたものだ。食べ頃は一日おいて野菜に味が十分染みこむのを待つ。冷やされた通しをぺろりと食べ終わる頃には本日のメイン料理が二皿、ことりと置かれる。
「うわぁ…美味しそう…」
「カツレツか」
二人の目の前に鎮座していたのは、揚げたてのカツレツだった。それも仔牛の骨付きリブロース。細かく砕いたチーズとパン粉の衣は、絶妙な揚げ加減で黄金に輝いていた。それがサラダとレモンを添えられている。
二人は無言でナイフとフォークを使い、一口サイズに切ると頬張った。
カリッとチーズ風味の衣の先には、噛んだことを忘れそうなほど柔らかくしっとりとした肉がそこにあった。そして汁がじゅわっと口に広がる。極限まで柔らかさと衣の感触を楽しむためにリブロースは薄く引き延ばされていた。その厚みでさえも舌を蕩けさせるよう計算されているみたいだ。
二人はその至福の時を噛みしめている。
銀次はレモンをかけてさっぱりしたまた別の楽しみを味わい、メイリは一心不乱に食べている。300gはあろうかというカツレツは綺麗に、衣ひとつ落とさずに、二人の胃袋に入った。
カツレツを食べ終わったメイリがしょんぼりとその皿を見つめている。
「な、なくなっちゃいました…こんな美味しい料理初めてです…」
その言葉を聞いて銀次は満足そうに頷く。
「だろ? また食べたくなったら頑張って仕事をして稼ぐ。稼いで生きていたらまた食える。それが冒険者の生き方だ。いや人間のかな? えっと…そう俺は思うぞ?」
少し気恥ずかしくなった銀次は言いながら照れていた。
「はい…こんな料理を食べたら何が何でも死にたくありませんね。明日も頑張ろうって気になります」
そんな二人の話をマスター満足そうに聞くと、何時もの奴を作り始めていく。
マスターが次に出した料理はもちろんカルボナーラ。
再びメイリはその美味さに衝撃を受けて、一心不乱に、お腹一杯まで食事を楽しんだ。
ただ一つ、彼女にとって最も衝撃だったことは会計の時になる。
無言で渡された金額をちらりと見てしまったメイリは、
(大銀貨よ、四枚…。二人で一回の食事に大銀貨四枚…ここに戻ってくるのは遠い道のりですね…)
その高級さに恐れおののいていた。
もちろん、銀次の奢りだった。
夜中、大満足の食事を終えた銀次達が家に戻り交代で風呂に入った後。
「あれ? 先生、まだ寝ないんですか?」
寝間着に着替えた湯上がりのメイリは、一階の作業机で本を読んでいる銀次を見て尋ねた。
銀次は魔核洋燈の明かりの下で分厚い本を広げている。それは冒険者ギルドの入門教科書だった。講義を受ける間に貸し与えられる本はボロボロで、手垢でページが黒ずんでいる。
「ああ、ちょっと読んでおこうかと思って」
「私も勉強した方が…いいですか?」
そう言いつつもメイリは少し眠そうな顔だった。
その顔を見て銀次は小さく微笑んで首を横に振った。
「大丈夫。それは明日にしよう」
「すみません、じゃあ私は先に休みますね。お休みなさい、先生」
「ああ、お休み」
ふわぁ、と欠伸をしたメイリは、頭を下げてからフラフラと階段の方へと向かっていた。銀次はそれに笑って、また入門書を読み始める。
読みながら銀次は、この入門書がどれだけ自分の考えと相反するのか痛感した。これが冒険者の基礎なら、死人が出ても不思議ではないな、とすら思っていた。
要約すると、入門書に書かれていることは、「根性」の一言だ。
『まず、冒険者に必要なことは、筋力、体力、経験、そして根性だ!』
そして著者の体験談がズラズラと書かれ、大体の流れは、仲間と依頼に出る、危機に遭遇する、訓練の結果を出す、それでも追い込まれる、気合いと根性で突破して逃げるあるいは倒す。もはや、成功を根性で掴み取れというよくある詐欺のような内容。
強力なスキルを使う高ランクモンスターとの戦闘では、『スキルの発動をサッと感覚で感じ、ひらりと身をひるがえす。そうすれば避けられる』などという何の意味もない方法が紹介されている始末だ。
唯一マシだったのは、冒険者を目指す魔法士の心得という章だった。
おそらく魔法士ギルドの人間がしっかりと書いてくれているのがうかがえた。
ただ、そこには魔法士は先頭に立たずひたすら後方から魔法を使え、と書いてある。魔法士は防御を他の冒険者に任せて、敵への攻撃を優先させなさい。つまり、魔法士が襲われた時の状況を考慮していなかった。それでは隊列が崩壊したときに魔法士は無力になる。モンスターとの戦闘で乱戦状態になることも考えて、優秀なパーティは魔法士も近接戦闘および近接魔法を習得している。銀次の知っていた優秀な魔法士は、状況に応じて戦士タイプの冒険者のように自ら果敢に飛び込み、モンスターをなぎ倒していく。後方のみからの攻撃に慣れていくと魔法陣に位置座標を代入する際、距離感がわからずに誤爆してしまう可能性だってある。遠距離、中距離、近距離の魔法を万遍なく習得し、その中で遠距離に特化するならわかるが、遠距離一択は危険だ。
魔法士ランクツリーでは、それを考慮して遠、中、近の魔法を習得させているはずだがと銀次は頭を捻る。
ただ彼も知らないことだが、冒険者を目指す多くの人達は、読み書きさえできない。例え読めたとしても銀次が想像していたような入門書では誰も読まないのだ。もっとも読まれる形として、冒険者の体験談を多く挟み込み、なんとか読んでもらうおうというギルドの苦心の末の結果だった。それに人気のある冒険者は成り上がりも多くそもそも文章を書いたこともない人間だ。必然的に内容は散々な物になってしまっていた。
銀次は目頭を軽く揉みながら、本を閉じた。
(本を読むだけじゃやっぱりわからんよな…一年間も旅をしていたんだったらある程度基礎はできているはず。ちょうどグレムリンの目撃情報があるし、調査がてら三日ほど遠出でもするか)
そう思うが吉、と彼はさっそく明日の準備をするために動き始めた。
夜は22時を過ぎていた。
こうしていぶし銀な冒険者銀次は、メイリと共に初めてのパーティを組んで冒険に出るのであった。
ようやく次回から冒険(?)に出ます!
サバイバルな感じで異世界アウトドアライフをお楽しみに! バトルもあるよ!