ひよっこ魔法使いといぶし銀な冒険者の日常(Ⅵ)
ひよっこ魔法使いといぶし銀な冒険者の日常(Ⅲ)から改稿しております。
ご迷惑をお掛け致します。
『年頃の女の子は難しいですから、様子を見にギンジさんの家へときどきお邪魔しますね』
メイリーズ薬師院を出るとき銀次はそうスズから有無を言わさずに言われた。断ろうとするも笑顔が怖くて頷くしかなかった。それに彼女の言うことも間違いではない。年頃の女の子がどれだけ難しいかを銀次も思い出して懐かしくなった。
二人はメイリーズ薬師院を出た後は古道具屋や服屋、防具屋を回って生活の品を買った。歯磨き用の磨き粉や歯木と呼ばれる繊維が細くて固い歯ブラシ、下着各種、新しい布数枚などだ。メイリが使っているのは銀次が目をそらしたくなるほどボロボロで使い古された物ばかり。彼はお金がなくて渋るメイリを他所にギルドの経費でポンポンと買いあさった。
「先生ぃ~次何処でしょうか?」
大通りの商店街で町の人達に囲まれていた銀次にメイリが声をかける。その両手に買った商品が布にくるまれて饅頭のように膨れた荷物を抱えている。
「あ、そうだな。そろそろ開いている頃だ」
肉屋の主人と話し込んでいた銀次が振り返ってそう言った。
「お、行くのか、いぶし銀。ならこれを持っていきな」
そういって肉屋の主人は大きな草の包みを銀次に渡す。
「なんですか? これ」
「おぅ! こりゃモーグリスの肉だ!」
ニシシとイヤラシい笑みを浮かべて肉屋の主人は大声を上げた。
モーグリスとはリス型モンスターで非常に可愛らしい姿をしている。が、侮ってはならない。モーグリスのメスはとくに性欲が強く、何よりもその性欲がまるまるスキルに反映されている。スキル『幻惑麻痺』。上位モンスターの『誘惑』ほどではないにせよ、一時的に甘美な幻惑を見せつけられて体が麻痺する。その間にむさぼり食われる事例もあってブロンズクラスでも厄介なモンスターだった。
そして、その肉は女性を昂ぶらせると信じられる食材なのだ。
町の人達が一斉に笑い出して銀次の背中やメイリの肩を叩き出すも、メイリは全く理解しておらず首を傾げるばかりだった。
「いや…さっきからずっと違うっていってるじゃないですか…」
「何言ってんだ。早いとこ子供を見せてくれよ!」
ニカっとごつい手でサムズアップする肉屋の主人。
銀次は言っても無駄だと思い苦笑した。
銀次達が次に向かった先は、お祭りのような騒ぎで活気づいていた。
「おー。すごいですね。人がたくさん」
「新しい遺跡が見つかったからな」
そう簡単に説明しながら銀次は人混み、商人や日雇い労働者の間をすり抜けて目的地へと向かう。
「あ! ギンジさん!」
その姿に気がついたマリポーリはひょこりと露天店から顔を覗かせた。
「マリポーリ。順調か?」
「はい。順調ですよ。今日は遺跡からのモンスターが来るので楽しみです。もしかして…そちらの方がギンジさんの奥さんですか?」
マリポーリは銀次に耳打ちするように尋ねる。
何度も何度も同じ質問を繰り返されて既に銀次は辟易していた。
「いや、違う。今度俺が冒険者講習で面倒をみる魔法士だ。メイリ、低級ランクのモンスターを査定する商人マリポーリだ。おそらくお世話になるから挨拶を」
「はい! マリポーリさん、初めまして。メイリです!」
「どうも、初めましてマリポーリです。低ランクモンスターなら僕にお任せください」
童顔のマリポーリが微笑みながら頭を下げた。
マリポーリは自分の露天の椅子をすすめて、二人にお茶を出す。
本日何杯目になるかわからない量のお茶で、二人は少しうっと呻きそうになった。もう二人のお腹はお茶でたぷたぷだ。
「査定場初めて来ました。こんなに人が多いんですね」
手を付けないのは失礼だと思ったメイリは無理矢理お茶を飲みながらそう尋ねる。その目がときどきチラリと査定場へ向けられていた。
朗らかにマリポーリは笑う。歳はマリポーリの方が上だが、童顔な彼はメイリと同じ歳のように見える。
「いつもはもっと少ないんですけど、今日は新しい遺跡から討伐されたモンスターが大量搬入されるんですよ」
新しく見つかった地下迷宮は新種モンスターや新種の薬草などの宝庫だ。冒険者達は探索計画を練りに練って、一階層ずつモンスターを狩り尽くす。一層から順にモンスターのランクが上がっていく地下迷宮の初期探索は、低ランクモンスターの大量供給をもたらす。つまりマリポーリのかき入れ時だ。彼はさっそく日雇い労働者達を大勢雇い入れて、彼の査定場は少し柄の悪そうな人達のたまり場になっていた。
メイリはその人達からの無遠慮な視線に少し緊張していた。
「メイリさんは、東高地の火炎魔法士なんですよね?」
「あ、はい。宜しくお願いします」
「情報が早いな、マリポーリ」
「もう町中で噂になってますよ、ギンジさん」
クスクスと笑うマリポーリに銀次は嫌そうな顔を向ける。
「そこまで噂がでてるなら、なぜあんな間違った噂が広まってるんだ?」
「だってギンジさんが女性と一緒にいるんですよ? みんな期待しちゃいますよ。それだけ人気があると喜んで諦めてください。で、メイリさんはギンジさんのことどう思います?」
マリポーリはあどけない感じを出しつつも小悪魔的に微笑んで、聞いた。商人らしい婉曲的かつズバリとした聞き方だった。この世界では庶民の間で自由恋愛があっても、恋愛について男性が女性に直接聞くようなことはあまりしない。どこか牧歌的な気恥ずかしさをこの世界の男達は持っていた。
「えっ? 先生ですか? んーすごい人だなって思いますけど…そういうのはよくわかりませんね」
腕を組んで唸りながらメイリは真剣に答える。
銀次は無言でお茶を啜る。もうこの話題には一切答えないという顔だ。
マリポーリはあははと笑って、銀次に小憎ったらしい顔で言う。
「だそうですよ、ギンジさん。まぁそれを聞いてミシェラさんも安心ですね」
「何故ここでミシェラさんが出てくる…」
お茶を噴き出しそうになった銀次は思わずそう言った。
「いや、随分と悩んでましたよ。この依頼はギンジさんにしか無理だけど、本当は依頼したくないとか思ってたんじゃないでしょうか。まぁ僕的にはギンジさんがこの町の人と結婚してくれるなら誰でもいいですけどね」
しらっとした顔でマリポーリが肩をすくめる。
マリポーリ。本名はマリポーリ・ガリバー。実は王都でも有数のモンスター取引商社ガリバーの十男だ。本来なら一族の商社を手伝うのが彼の役目だが、当主である父と仲が悪く、家出じみたノリで独立をしていた。小さな頃より英才教育で読み書きや計算もでき、なおかつ商才がある。その商才の一部は、女性方面にも発揮され、小悪魔マリポーリと女性達の間で人気があったりするのだ。童顔で一部の女性達から溺愛され、女冒険者からは特に可愛がられている。歳は意外にも18歳。見た目は15歳ぐらいに見える。
「いや俺はまだ…」
普段は憧れの目で銀次を見ているマリポーリも銀次がこういう方面が苦手なことを親しみやすく感じていた。そして、彼の過去に何かあると気がついている。
マリポーリはおちゃらけていた自分を少し反省して、気遣うようにそういった。
「ギンジさん見ていたらわかりますよ。興味ないというか…まぁ色々ですよね」
「………。話を変えるが、最近のブロンズランクのモンスターの目撃情報は?」
「あ、はい。ええっと、最近は西街道の奥でグレムリンが頻繁に目撃されているって聞いてますね。まだ依頼は出てなかったはずですけど、目撃情報があるってことはグレムリンの繁殖がけっこう起こってるんじゃないかと思います」
雰囲気が少し沈んだ銀次が話を変えて、ひと安心しつつマリポーリが答えた。
「グレムリンか…。まぁそうだな奴らは一旦目撃されると集落を作っている可能性が高い」
そうかと頷きながら銀次は腕を組んだ。
グレムリン。モンスターの中でも小人型で、非常に警戒心が高い。人里近くで目撃されると言うことは、彼らが繁殖して攻撃力の高いグレムリン兵が出始めたと言うことだ。グレムリンは火属性のスキルを有しているが、それは生活で火を起こすからで、その攻撃力もマッチ程度の火力しかない。しかし、繁殖規模が大きくなるとグレムリン兵が出現し初め、木の蔦で作った弓兵や石器の斧を振り回す戦士になる。数千規模になるとグレムリン王が現れて集団的な軍事行動を起こす。その群れはシルバーランクの討伐対象となり、放置すると厄介な脅威になる。
目撃情報が報告され始めると、真っ先に討伐される対象だった。
しかし、今は冒険者達が出払っている状況。
すぐに脅威となるほどでもないが銀次は頭の中でグレムリンの情報に赤いしるしを入れた。
「マリポーリ、詳細な位置を教えてくれ」
「あ、行くんですね。よかった。ちょうど火付け魔核の在庫が少ないらしくて価格が上昇してるんですよ。遺跡特需ですね」
そういってマリポーリは商売気の顔で嬉しそうに言った。
グレムリンのスキル『熾し火』は火付け魔核の中でも特別優秀だ。火力は火付けをする火にちょうどよく、魔核を発動させる魔力も少ない。遺跡調査で冒険者達の懐に『熾し火』魔核が大量に入っているため、町から在庫が切れていた。基本的に、低ランクモンスターの魔核は劣化しやすく無整備で連続使用してると壊れる。使用可能回数は三百回以上あっても日常的な消費もあり、遺跡特需の間は価格が上昇する魔核上位にあたる。
「じゃあ、地図を書きますからちょっと待ってください」
そう言ってマリポーリはメモ帳を取り出して地図を書き始めた。
「どけどけー! 鳥車が通るぞ!」
けたたましい叫び声が査定場の入り口から聞こえ、ガラガラと猛スピードで入ってくる四羽の巨大な鳥とそれに引かれた大きな幌の荷台。幌の屋根には藁の日差しよけがかけられていた。その鳥車が数台、車輪を唸らせている。
「あ、来たいみたいですね」
話し込んでいた三人は一斉にそちらをみて、マリポーリが呟く。
査定場は一瞬で騒然となり、人々が自分の持ち場へ戻っていった。
「じゃあ俺達は帰るよ」
「はい、すみません。なんか途中で」
「いやいや、かき入れ時前に邪魔したな」
「僕も退屈していたので嬉しかったですよ」
マリポーリは柔らかく微笑んだ。
「マリポーリさん、お茶ご馳走様でした!」
「メイリさんも頑張ってください」
「はい!」
三人は別れの挨拶をして銀次とメイリは査定場の出入り口に向かっていく。
査定場の出入り口は一つしかない。混雑になることを考慮しても、防犯上の理由からそうせざるおえなかった。査定場には大量の金貨や銀貨が飛び交い、高級なモンスター部位が取引される。日雇い労働者や素行の良くない冒険者の流入出があるため、警護の兵を置く場所を一箇所にした方が安全なのだ。
荒い息を吐きながら飛べない鳥型モンスター、ドロードがキュィキュィと鳴いていた。ドロードは地球でいえばダチョウと似ているがそれよりも巨大である。それにモンスターだけあってスキルを持ち、攻撃的な蹴りを食らえば馬でも内臓を突き破られてしまう。ドロードは森林種と平地種の二種類に大きく分けられ、査定場に入って来たドロードは、草原種だ。なので体毛は迷彩服のように焦げ茶色と明るい茶色のまだら模様になっていた。 まだ興奮の冷めやらぬドロード達は、モンスター使いと呼ばれる職人達の手で撫でられ、ブルブルと体を震わせていた。
「うわー。あの鳥車の荷台は全部、『状態保存』の魔核がありますね。すごい」
メイリはその鳥車の側で荷台を見ながら感心していた。
「けっこうスキルの魔法陣を読めるんだな。ああ、あれには大型の『状態保存』魔核が埋め込まれている。夏場でモンスターの遺体が腐らないようにしているんだ」
逆に銀次は、直ぐさま魔核のスキルを見抜いたメイリに感心していた。魔核は現実空間に魔法陣を長時間展開するといっても荷台の下にあって、外観を見ただけでは判別がつかない。見ただけでは判断つかないということは、彼女が見ているのは想念空間に存在している魔法陣を読んだということになる。それもモンスターそれぞれの個体で異なる言語で書かれた魔法陣をだ。何体も同じモンスターを狩っていれば自然にその魔法陣を判別できるが、よほどの才能かよっぽどの努力がないとできなことだった。
メイリは自分が褒められた事にも気がつかずに魔核の装着された荷車を物珍しそうに見ていた。
「なるほど…町には魔核がたくさんありますね。あんなに大きな『状態保存』の魔核だと、一体どれぐらい盗賊蟲が必要なんですかね?」
「…あー、約一万匹だな」
「一万匹…恐ろしい量ですね。ちょっと想像したくないです…」
寒気を感じたようにメイリは体を震わせた。
銀次も最近見た光景を思い出してゾッとした。
「あれは悪夢だ。まあいい、とりあえず家に帰って荷物を置いたら次の場所だ」
銀次は気を取り直すようにメイリに指示を出す。
「えーっと。まだ行くんですか?」
メイリはちょっと疲れた顔で銀次を見ていた。もう早く休みたいという顔だ。
彼女は歩き回ることに疲れたのではなく、人混みに疲れていた。彼女の里や旅路では人と会うことも少ない。一日に何人もの人と挨拶するのには慣れていなかった。
そのメイリの顔を見ながら銀次は顔を崩す。
「メイリ、冒険者にとってこれは必要なことだ」
そう言われるとメイリも姿勢を正して、真面目な顔で聞く。
「はい。なんでしょうか先生?」
聞かれた銀次は、微笑んだ。
「冒険者にとって必要なこと…それは…」
「それは?」
ぐっと銀次に近付いて聞くメイリ。
生徒がちゃんと聞く様子を嬉しそうに見る先生のように銀次は笑った。
「それは美味い飯を食うことだ」
銀次はラガーの味を思い出して思わずゴクリと喉を鳴らしていた。
のんびりしすぎているでしょうか…?
クエストは後一話投稿したら始まる予定です(予定は未定)