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いぶし銀な異世界冒険録  作者: 三叉霧流
一章 いぶし銀な家庭教師
14/20

ひよっこ魔法使いといぶし銀な冒険者の日常(Ⅴ)

7/30改稿しました。

 変質者が歩いている。

 メイリはロッドを自分のローブに隠して、猫背で数歩歩いたら辺りをキョロキョロするような挙動不審者になっていた。

「メイリ…。それは自分から高価な物を持ってますって歩き方だぞ?」

 田舎者とは言わないのが銀次の優しさだった。

 それにメイリは抵抗した。

「で、でも…よ、用心にこしたことはありませんよ」

「そんな調子で歩いていたら二つ名が『猫背の』メイリになるぞ」

「…それはいやですね…もっと可愛いのがいいです。ほら『火輪花の』とか」

 火輪花とは火炎魔法士(パイロマンサー)が使うマルチファイヤーボールの俗称だ。自分の周りにふわふわと炎の花を咲かせ、回しながら戦う。ファイヤーボールの輪舞。

 銀次はメイリが哄笑を上げて、ファイヤーボールを打ちまくっている姿を思い浮かべて口をへの字に曲げた。

 あれをされる身になると美しさよりも恐怖でしかない。中級の火炎魔法士(パイロマンサー)ぐらいになると力に酔ってパーティで暴れ回るのは銀次もよく見た光景だ。

「『火輪花』が可愛いのか…あれは怖いぞ…。メイリは『猫背』ぐらいでちょうどいいな」

「えー!? ちょっと待ってください! 決定ですか!?」

 ロッドをぶんぶんと振り回して必死に抗議するメイリ。

 銀次はいつの間にか猫背ではなくなった彼女を見ながら意地の悪い顔をする。

「ああ、『田舎者』か『猫背』でギルドに伝えておこう」

「先生、酷いです! 田舎者は否定できないですけど!」

 二人がそんな風に言い合っているといつの間にか次の目的地に着いていた。

「ついたぞ」

 店の前で立ち止まった銀次はそう言った。

「ここですか? 薬師院?」

「ああ、冒険者は体が資本。メイリーズはこの町で最高の薬師院だ。少しでも体調が悪いと思ったらすぐに診てもらえ」

『メイリーズ薬師院』

 先ほどのポムラ魔核店とは雰囲気ががらりと変わり、夏の太陽に輝くような白い石壁の立派な店構えだった。ピカピカに磨かれた窓ガラスのには中の薬草の鉢植えがよく見えていた。

 二人はカランカランとドアベルを鳴らして中に入ると、涼しい風が汗を吸った服に心地よかった。魔核製の空調がよくきいて、ハーブの清涼な香りが胸を涼しくする。

「ギンジさん…あら? そちらの方は?」

 ハーブのプランターに水やりをしていた清楚な女性が目を閉じたまま首を傾げた。白いローブのような上衣を着流し、レースの付いたシャツと青いスカート。手には水差しと杖を持っている。彼女が首を傾げると金色の長い髪がサラサラと豊かな胸元を滑ってゆく。

「スズ。こんにちは。この子は冒険者ギルドに入った新人魔法士メイリだ。挨拶に来たよ」

「初めまして! 火炎魔法士(パイロマンサー)のメイリです!」

 メイリは地面に付きそうなほど腰を折って挨拶をする。

 スズは水差しと杖を持ったまま微笑む。

「そうなのですか。私はスズ・メイリーズ。この薬師院の院長をしていおります。…………あら、メイリさんからギンジさんと同じ匂いがしますけど」

 目を閉じたまま微笑むスズの顔がぐっと迫力を増した。

「え? 先生と同じ匂い? そんな匂いしますか?」

 それに気がつかずクンクンと自分のローブの匂いを確認するメイリ。

 ヒクヒクと微笑みを引きつらせるスズ。

「ええ、リコッタ草、白露甘草、ライブリ草…ギンジさんがよく購入する薬草の匂いですね。ギンジさん、ちょっと三人でお茶にしませんか? 色々と聞きたいことがあります」

 目を閉じた彼女の瞳から鋭い眼光が飛び出ているような圧迫感を受けて銀次は少したじろぐ。

「いや、スズも忙しいだろ? 今日は挨拶だ―――」

「いえ、まっったく忙しくありません。是非、お話を聞かせてください」

 銀次の話を途中で遮ってスズは銀次に迫るように言った。

 そう言われては時間もたっぷりある銀次も断りずらい。メイリーズ薬師院から彼は上質な薬草を定期的に購入している。本来なら桁一つ違う値段の高級薬草を問屋価格でだ。それもあって銀次はスズの依頼を率先して受諾しているが、それでも彼女の好意に足りるようなものではなかった。

「あ、ああ…わかったよ。じゃあお言葉に甘えて…」

「うわぁ~こんな綺麗で立派な薬師院は初めてです~」

 普段とは違う雰囲気をまとうスズに悪い予感をしていた銀次の横で、メイリはのんきに店内の感想を漏らした。



「なるほど…それでメイリさんとは一緒に住む訳ですか」

「そうなんですよ~ギンジ先生にはお世話になってます」

 薬師院の別室の応接室で銀次達はソファに座ってお茶を飲みながら会話をしていた。

 純粋にお茶を楽しんでいるのはメイリだけだった。

「へ、へぇ~お世話ですか…。一つ屋根の下でお世話…うらや…いえ、それはよかったですね。メイリさん…」

「はい!」

「………」

 目を閉じた顔を引きつらせているスズと嬉しそうに頷くメイリを見て、銀次は何故か冷や汗をかきそうになっていた。メイリーズ薬師院は全部屋の温度を一定にする高級魔核が装着されているにもかかわらずに。

 メイリは喜びの顔からじっとスズの顔を見て、おずおずと尋ねた。

「あのぅ…ちょっと気になったんですけど…」

「…はい? なんでしょうか、メイリさん」

 メイリはチラリとスズの横でソファに立て掛けられている杖を見た。

「スズさんはもしかして目が…」

「はい。目が見えないですね。でも私は他の感覚、特に嗅覚と触覚が優れていますので診察や調合は問題ありませんよ」

 涼しげに言うスズにメイリは申し訳なさそうな様子だった。

「ごめんなさい。つい気になったんです」

「大丈夫です…よ。そうだ、メイリさん。ちょっと診察しましょうか」

 何かを思いついたスズはニコリと笑う。笑っているがその顔からは何故か気迫のようなものが漂っていた。

 診察と聞いてメイリは驚いた顔で首を傾げた。

「え? 診察ですか?」

「はい。もちろんお金は頂きません。ええ、メイリーズ薬師院の名をかけて全身隈無く調べましょう」

「く、隈無くですか? ここで?」

「もちろん別室ですよ。全裸になってもらいますから」

 銀次は凄まじい場違い感を味わった。早く帰りたい。この二人を残して早く家に帰りたいと後悔した。

「ええええ!? ぜ、全裸ですか…えっと…先生、どうしましょうか…?」

 メイリは困った顔で銀次を見て聞く。

 何故俺に聞くんだと銀次は頭を抱えそうになる。

「何故…ギンジさんに聞くんですか? 何か…不味いものでも…もしかしてキ、キスマーク!?」

 驚愕の顔でスズが衝撃を受けていた。

「いやいや、スズ。何故そうなる。メイリ、診てもらえ。頼むから診てもらって俺の身の潔白を証明してくれ」

「は、はぁ…。ところで先生、キスマークってなんですか? 病気?」

「診察結果で陽性が出たときに教えてもらってくれ」

「んーよくわかりませんけど。先生が言うなら―――」

 その言葉を待たずにスズが杖を持って立ち上がる。

「では、すぐに、すぐにしましょう。全身隈無く、顔の形からスリーサイズまで当院の威信をかけて調べさせてもらいますね」

 ニコリと闘志を漲らせたスズがメイリにそう言った。


 優に1時間経っている。

 一人応接室にぽつんと残された銀次は、応接室にあった資料本を読みつつ待った。

 応接室は、観葉植物ぽい薬草や取引の時に使う薬草の図鑑などが置いてある。そのどれも銀次はすでに持っていた。スズが取引先からもらう資料兼贈答品を銀次にプレゼントしていたためだ。

 がちゃりとドアが開き、憑きものが落ちたようなサッパリとした顔のスズと疲れ切ったメイリが戻ってきた。

「ギンジさん、お待たせしました。メイリさんの体は問題ありません(・・・・・・・)

「笑い、つ、疲れました…」

 銀次は二人の様子を見ながら診察室で何が起こったかに予想がついた。

 スズの診察は触診だ。ひんやりとする彼女の綺麗な手で体を触られると妙にくすぐったい。それに何故か銀次の触診は念入りにして、胸の辺りなどを触られるとドキリとする。『ああ、素晴らしい大胸筋ですね…細くて締まってて…無駄がない…』と妖艶な色気で見上げられると銀次でさえもクラッときてしまう。触診の時の彼女は、非常に熱っぽい吐息を吐くのだ。

 銀次は知らないが、スズは今年で21歳になる。優秀な人材は若いうちから婚約が決まるこの世界で、彼女の歳は結構な行き遅れだった。周りからは毎日のように結婚の話をされ、彼女も切羽詰まっていた。それに薬師はスズの好みのタイプが全くいない。彼女のタイプとは理知的で逞しい第一線級の冒険者だ。銀次は、第一線級の冒険者ではないが、彼女は第一線級の冒険者とはかならず帰ってくる冒険者のことだと思っている。つまり、全てが彼女の好みに合致している。それに、薬草の知識も並の薬師以上にもっているため、彼女は彼が薬師になれば夫婦でメイリーズ薬師院を繁盛させられると踏んでいた。

 そこに現れた自分よりも若い女メイリ。彼女が彼と一つ屋根の下で暮らすとなれば焦るのも仕方のない話だった。

「ギンジさんもしますか? 診察」

 微笑みながら僅かにうっとりとしたスズは銀次に尋ねた。

「いや大丈夫。今のところ体に不調はないよ」

「そうですか。ギンジさんがそう言うならそうなのでしょう」

 スズは少し残念そうな顔で相づちを打つ。

 銀次は自らの体調をベストの状態を維持する。診察があるときでさえ、彼は自分の体に何処が不調があるかを正確に伝え、スズも舌を巻くほどの知識で薬の調合を指示する。

「はぁ…先生、なんだか疲れました。スズさん、私の顔と胸やお尻ばっかり触るんですよ?」

「そんな話を俺にするな」

 唸るようにそう言った銀次を無視して彼女は話し続ける。

「私の顔って変ですか? 胸は確かに他の子たちよりも…」

「いや、だからそんな話を俺にするなよ…」

「大丈夫ですよ、メイリさん。メイリさんはまだ(・・)女の子。(…恋愛感情もわからない小娘ですし、体つきだって私の方が……)」

 最後のセリフはブツブツと独り言のように言うスズ。

 変かなと自分の胸を触るメイリ。

 目の前の女性達がどんどん暗くなっていくのにため息を吐く銀次。

「スズ、お茶ご馳走様。そろそろ俺達はお暇するよ」

 そう言って彼はこの場を出ることにした。

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