ひよっこ魔法使いといぶし銀な冒険者の日常(Ⅳ)
7/30 改稿しました。
「冒険者と言えども仕事。仕事をするには色々な人の助けがいる」
「ふんふん、なるほど」
銀次とロッドを持ったメイリは町の大通りを歩いていた。
大通りは冒険者の姿がなく何時もより活気はないが、ゆっくりとした落ち着いた雰囲気がある。商売人たちは何時も上げている大声を止めて朗らかに笑い、町の人達と話していた。
軒を連ねる様々な店、ガラガラと荷車を押して荷物を運ぶ男達、その中をメイリと共に銀次は歩きながら一件の店へと向かっていく。
「冒険者ギルドには行っているから…魔法士が一番お世話になる場所に挨拶に行こう。『ポムラ魔核店』は行ったことあるか?」
その店の名前を聞いてメイリは目をキラキラさせていた。
「ないです!」
その大声に驚いて銀次は気後れする。町の人達も何事かと振り向いていた。
「…そ、そうか。まぁならポムラさんと挨拶しておくのがいい。町一番の魔核店だ」
魔核店とは、魔核道具を扱い、魔法士のロッドの鑑定や整備、修復を行う職人のいる店だ。魔法士達の持つロッドは、戦闘における生命線。ロッドは魔力結晶や魔核結晶を装着した繊細な道具で衝撃や劣化で結晶が割れたりすると必ず修復が必要になる。冒険者ギルドでは、一ヶ月あるいは二ヶ月に一度ロッドを整備することを推奨していた。魔力が漏出していざ使えなくなるという事故を防ぐためだ。
「うわぁ~楽し…み……」
感嘆の声を出していたがメイリは言葉を萎ませて立ち止まった。
「どうした?」
それに振り向き銀次が尋ねる。
彼女はポケットからがま口の財布を取り出して怖々と中身を覗く。
銀次を見上げた時には泣きそうな顔になっていた。
「大銀貨五…枚…」
「………いや、まぁ…そのなんだ。今日は鑑定と挨拶だけだから…さ」
銀次は可哀想な子を励ますように言った。
『ポムラ魔核店』
おどろおどろしく書かれた看板が傾いている。どこか店全体も妖気を放っていそうなほど胡散臭い気配がしていた。
壁には魔法文字が描かれ、内容は「盗人に呪いあれ」。そして実際に悪意をもつ人間が近付くと警報がなる魔核が設置されていた。
銀次が平気な顔で入ると気後れしたメイリがちょこちょこと背中へ隠れるように店に入った。
中は魔核道具や魔法書が堆く積まれ埃が窓から差し込む太陽光で輝き、なんともいえない甘い芳香が漂っていた。
「こんにちは。銀次です」
「あんたかい。入ってきな。ケケケケケ」
薄気味悪い笑いが響く店内を銀次はモンスターの素材や魔核具の棚を縫うように進む。
腰の曲がった小さな老婆がカウンターの奥で椅子に座ってニヤッと笑う。古ぼけたローブに細い枯木のような腕。老婆というよりも童話に出てくる悪い魔女のような姿だ。鷲鼻の鼻と血のように濡れた真っ赤な唇。顔を皺でひび割れたように歪ませている。
「また変なもんでも作るのかい?」
鳥が鳴くような高い声で老婆は聞いた。
「いえ、今日は新人の顔見せです。魔法士なんですよ」
「へぇ…リトイドの坊や以来だねぇ。…そこに隠れている小娘かい? ぶるぶる震えて美味しそうじゃないか。ケケケケケ」
哄笑する老婆ポムラに恐怖していたメイリはぶるりと背筋を震えさせる。
それを見て銀次も苦笑した。
「ポムラさん。あまりからわかないでください。本気にしてますよ」
「ケケケケケ。いいじゃないかい。若い者をからかうのは老人の特権。さぁ~よ~く顔を見せておくれ」
爪の伸びた手をゆっくりと動かしてポムラは怪しく笑いながらメイリを誘う。
「ひ、ひぃ…」
恐怖に引きつるメイリ。
ケラケラと笑うポムラ。
困った銀次は、子を千尋に落とす気分でメイリに言う。
「メイリ。ポムラさんはこの町の魔核ギルド長も頭が上がらない魔核技師なんだ。もともとは宮廷魔核技師で、魔核杖の整備で町の魔法士はみんな彼女のお世話になっている。だから…そのなんだ。諦めてくれ」
銀次はぐいっとメイリの背中を押して、ポムラに生け贄を捧げた。
「えええええっ!?」
驚きと批難の顔で銀次を見ていたメイリに迫るポムラ。
「ぎゃああああああああ!!」
その爪が伸びた手でメイリの顔を鷲づかみにして、唇が触れそうなほど顔を近づけた
「ケーケッケケケケ!!」
メイリの叫び声に合わせてポムラは凄まじい声で哄笑した。
それは怪鳥に顔をむさぼり食われるメイリを見つつ銀次は心の中で、
(挨拶…なのかこれ?)
自分が思っていた挨拶とは違うのではないかと疑問に思った。
「ギ、ギンジ先生…ポムラさんの目が悪いんだったら早く言ってください…」
叫び疲れたメイリはぐったりとカウンターにへばっていた。
「すまん。忘れていた」
「ど、どれだけ私が怖かったか…ちびりそうでしたよ…」
「………」
銀次は少しメイリから距離を取った。
「も、漏らしてません! も、漏らしてませんから!」
「………」
「ちびらないだけマシさ。ダイダムの坊やは盛大に漏らしてたからね。ケケケケ」
「魔核ギルド長のですか?」
銀次は驚いて尋ねた。
ダイダムとはこの町の魔核ギルド長。壮年の魔法技師でもあり職人気質の頑固者で通っている。髭を蓄えて魔核技師なのに冒険者並の筋肉を付けた大男が漏らしていたとは銀次も想像していなかった。
魔核ギルド。
魔法士が世話になるギルドは全部で三つ。魔法士ギルドと魔核ギルド、それに冒険者ギルドだ。それぞれのギルドには特色があり、魔法士ギルドは魔法の研究専門、魔核ギルドは生活魔核具や戦闘魔核具といった様々な魔核で魔核道具を作る技術専門、冒険者ギルド内には魔法士ギルドと提携している部門があり、魔法士による開拓や調査といった実戦専門になっている。各ギルドは互いに連携をしているが、魔法士の取り合いで縄張り意識が強い。メイリも一度冒険者ギルドの魔法士に登録してしまっているため、魔法士ギルドへの登録が不可能になっている。彼女が冒険に出ていない魔法士から教えを請えない理由はそこにあった。
「ああ、そうさ。ダイダムの坊やもこんな小さな時だからね」
そう言ってポムラは自分の背の半分の位置を手で指す。ダイダムは40才になろうかという年齢。銀次は、一体何時からポムラはこの店をしているのか気になったが、先に用件を済ませることにする。
「ポムラさん。メイリのロッドを鑑定してもらえませんか? どうやら彼女の祖母から譲り受けたらしんです」
うんうんと銀次の言葉に頷いてメイリもポムラを見ている。
「鑑定料を…まぁいぶし銀の頼みだ。今回はタダにしてあげるさ。ケケケケ」
ポムラはメイリの杖を取った瞬間に顔つきが変わった。
「神樹セスフィール…」
その呟きに銀次も顔が固まる。
「神樹…そんな馬鹿な」
「いや、間違いないさね。これは神樹セスフィールの枝でできておる」
「神樹は神国アスガルドの…八年前の魔族の襲撃で滅んでいるはずです。そのときに神樹は…」
「ああ、切り倒され『呪』魔法で消滅しておる。だからこれは300年前の剪定の時に出たものに違いない。あたしは大賢者達の杖を見てきたが…メイリ。あんたの婆さんの名は?」
銀次とポムラの会話をキョトンと聞いていたメイリは、急に尋ねられて少し慌てていた。
「あ、はい。私のお婆ちゃんはシースフィール・ノースエルです」
ポムラは怪訝な顔をする。
「シースフィール? 聞いたことのない魔法士だね。でもこれを持っているってことは、一流の…それも宮廷魔法士長クラスの大賢者だよ」
「はぁ…でもお婆ちゃんはすごい魔法士じゃなかったですよ? むしろ魔法を使わないことで有名でしたし…」
「そうかい…。ふむ、まぁあまり深入りして妙なことに巻き込まれるのは御免さね。聞かないでおくよ。どれ…魔力結晶を…」
そう言ってポムラが魔力を込めると杖の先に付いた親指ほどの水晶が光り輝く。
「そうかい。この魔力結晶も高密度だね。信じられない加工がされているときた。その辺で売っている魔力結晶だと…大岩と同じぐらいの魔力蓄積量だね」
「すごいんですか? お婆ちゃんのロッド」
メイリはまだ信じられないような顔で聞く。
「ウチの店で売りに出すとしたら金貨2000枚はするさね」
「ええええええ!?」
飛び上がらんばかりにメイリは驚いた。
「このロッドのすごさを分かる奴はそうそういない。見た目はただの安いロッドと変わらないさね。大事にするんだね。さぁいい物を見せてもらった。問題もないしロッドを返すよ」
「あ、ありがとうございます…」
金額を聞いてメイリは自分のロッドを壊れ物を扱うかのようにビクビクと受け取る。
そして考え事をしていた銀次を見た。
「先生…私、怖くて外歩けません」
「ならここに住むか?」
メイリはケケケケと楽しそうに舌を出して笑う老婆を見て、泣きそうな顔で銀次に振り向いた。
「お、置いてかないで…」
「なら、次の場所だ」
銀次はスパルタだった。