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君に聞きたかったこと

作者: 実和

 翔馬が震える手で音楽室の扉を開ける。

途端に、今まで聴こえていた歌声が、ピタッとやんだ。

 「…翔馬…。」

 沙奈は、突然現れた目の前の人物に見入ってしまっていた。

 「久しぶり。」

 翔馬は、ぎこちなく笑いながら、後ろ手でドアを閉める。

 「こんなところに、どうしたの?」

 沙奈の声は、さっきののびやかな歌声とは違い、小さく掠れていた。

 「…いや、うん。」

 答えにならない返事をしながら、

翔馬は目を伏せ、まばたきを何度もする。

翔馬がいつもする仕草だ。

ほんの半年前まで、この仕草をよく見つけて、笑ってたっけ。

沙奈は懐かしい気持ちになった。


 「あと三十分ほどで、卒業ライブなの。」

 知ってる。だからここにいると思って来たんだ。

という言葉を翔馬は飲み込んだ。

 「食堂でやるんだ。」

 沙奈はそう言うと、沈黙をはぐらかすかのように

目の前のピアノの鍵盤を、人差し指で弾いた。

窓の外からの雨音と混じり、ポーンと澄んだ鍵盤の音が音楽室に響く。


 「あの、さ。」

 翔馬の言葉に沙奈が、大きな目を鍵盤から翔馬へ向ける。

熱のこもっていない、冷ややかな目だった。

翔馬はその視線に押され、しどろもどろに続けた。

 「夏以来、話してなかったじゃん。今日で卒業だし、

 なんか…最後に話そうかな、と思って。」

 ー本当は違う。本当は、沙奈に聞きたいことがあってここに来た。

 「ふーん…。」

 沙奈は、翔馬から目を反らさず、様子を見つめた。

 「本当に、それだけ?」

 沙奈の目は、何もかも見透かしていた。  

 ―あぁ、やっぱり、敵わないな。

 観念し、翔馬は本当のここに来た理由を話した。


 「俺と一緒にいて、楽しかったか?」

 予想外の問いかけに、一瞬目を見開き、

ふふふ、と沙奈は小さく笑った。

 「急に何よ。翔馬は楽しくなかったの?」

 「俺は、楽しかったよ、すっごく。」

 真っすぐに答えた翔馬に、今度は沙奈が目を伏せた。

 「私…も、楽しかったよ…本当に。高校生活で付き合った人は、翔馬だけだもん。」

 普段ほとんど表情を変えない沙奈が、

頬を赤くし、小さな声で話すのを見て、

翔馬は、もう十分だと思った。

 「俺も、沙奈だけだわ。」 

 「知ってる。」

 翔馬の言葉に、間髪入れず冷静に答えるところも、

一緒にいた頃と何も変わらない。

いつの間にか、二人の間には和やかな空気が流れていた。

 

 「俺さ、大学行くんだ。」

 「そうなの?」

 意外そうに沙奈が翔馬をみる。

 「そんなにいい大学じゃないけど、やりたいことがやれそうな学部見つけてさ。」

 「やりたいこと、か。」

 沙奈が噛みしめるように呟き、一瞬黙り込んだ。

 「私さ、早くから東京で歌手になりたいって言ってたじゃない?

 だから、ずっと翔馬が、夢もなく、進路も決めないのが心配だったの。」

 翔馬は、ただ頷くしかできなかった。

 「進路の話をしても、何とかなる、ばっかりで…

 私と一緒にいるから、何も考えられないのかな…

 って思って、それで…別れようって―。」

 半年前、突然別れを切り出した沙奈は、決して翔馬に理由を言おうとしなかった。

その理由が自分の不甲斐なさが原因だったと知り、翔馬はショックだった。


 「…ごめんな。」

 「でも、こうして、進路を決めて、合格までしたんだね。すごいね。」

 沙奈が微笑みながら翔馬を見上げる。

 「沙奈は?東京に行くのか?」

 沙奈は大きく頷いた。

 「絶対歌手になるから!」

 大きな目がキラッと輝いた。

 「そっか…頑張れよ。」

 見上げた時計は、ライブ開始十五分前を指していた。

 「じゃあ、そろそろ行くね。」

 「俺も一緒に出るよ。」

 翔馬が音楽室の扉を開け先に沙奈を通す。

 「今から打ち上げだから、ライブ聴けないけど…。」

 沙奈が笑って翔馬の背中を軽く叩く。

 「全然いいって。たぶん翔馬が来たら緊張するし。」

 沙奈と翔馬はお互い反対方向へ、歩き出した。二人の距離が一歩ずつ離れていく。

 「じゃあ、な。時間取らせてごめん。」

 「ううん、元気でね。」

 一瞬の間のあと、二人は背を向けて歩き出した。

高一の夏から高三の秋まで。二人で過ごした二年間を思い出しながら、

翔馬は廊下を歩いていく。


 「翔馬!」


 ふいに、沙奈の声が、響いた。

振り向くと、沙奈がこっちを向いていた。


 「翔馬と過ごした二年間、最高に幸せだった。

 私の高校生活は、翔馬なしじゃありえないよ!」


 沙奈の大きな目から、見る見る涙が溢れて頬を伝っていく。

そんな涙を気にすることなく、沙奈は最後に大きく息を吸った。

 

 「本当に、ありがとう!」

 

 それだけ言い残すと、沙奈は背を向けて走り始めた。

 


 「沙奈、俺こそありがとう!」

 

 突然の出来事にとっさに言葉が出てこず、

たった一言だけ、翔馬は大声で答えた。

 沙奈は翔馬の言葉に立ち止まらずに、

そのまま曲がり角を曲がり、見えなくなった。



 しばらく、沙奈が見えなくなった廊下を眺めた後、翔馬も、歩き始めた。

窓からは、うっすら晴れ間が見えていた。

拙作をお読みいただき誠にありがとうございます。

文章を分かりやすくまとめる力をつける

というのが現在の課題で、練習にショートストーリーを書いています。

もしよろしければ、ほかの作品も読んで頂けると

飛び上がって喜びます!!

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