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それではさらばだ!

作者: くもり

「あたし、癌なんだって」


あっけらかんとした顔で俺にそう告げる真由を前に、

俺は言葉を失ってしまった。

その台詞の内容よりも、

むしろ真由の明るさに。


「・・・な・・・癌って・・・」

「うん。もう治んないみたいだ」

真由はいたっていつもの調子だ。

目を白黒させる俺の顔をみて、

ケラケラと笑っている。


「なんだよ優。そんなに目、回しちゃってさ」

俺の顔を指差して、真由は腹をおさえて笑い続ける。

腕にささった点滴が痛々しかった。


「・・・っお前・・・・それが治らない病気にかかった奴の言うことか?」

「治らないからこそ、かな」

「は?」

「癌になったのも、治らなくなったのも、あたしの問題でしょ?」

あたしの問題でしょ。なんて言われても

彼氏である俺にとってはそういう問題ではない気がするのだが。


「だからさ、嫌にしょんぼりしてちゃ周りに迷惑振りまくだけで終わっちゃうじゃない。どうせ治らないなら笑って、笑わせて過ごしたいからさぁ」

さっくりと返すその言葉は

なんだか真由が病気だという真実味を緩和していくようで

やけに納得してしまった。


「だから優も辛気臭い顔ばっかしてるなよっ」

「いてっ」

真由はにまっと笑って、

ベッドの手すりにかけていた俺の手を軽くはたいた。

俺も負けじと真由のほっぺたを思い切り抓ってやった。

痛い痛いと手をばたつかせて抵抗する真由をみて

俺は笑った。

真由もそれにつられて笑った。


あんまり笑い声が大きかったから看護婦さんがきて、

俺たちは一緒に叱られた。

それからまた笑って、

さよなら代わりにあかんべぇをして俺は部屋を出た。


抓った真由のほっぺたは柔らかくて

ものすごく温かかった。







それから何ヶ月か過ぎて

俺はほとんど毎日真由のところへ通っていた。

真由は病室に、友達がきても、

両親がきても、先生がきても、医者が回りに来たときでさえ

終始笑顔だった。







「時は残酷に流れていく」だなんてよく言ったものだ。

笑顔を絶やさずに、

周りに幸せや勇気を振りまいてた真由は

時が移るにつれて次第に細く細く痩せていった。

顔が以前よりこけているのが分った。

すぐに疲れを感じるようになったし、

起き上がる回数も減った。

それでも誰かが来れば笑顔で冗談を言ったりしていた。



ある日、真由から電話が来て、俺は病院にむかった。

真由は久しぶりに起き上がっていて、

俺を確認すると、こけた顔でにまっと笑った。


「なんだよ、寂しくなっちゃったのか?」

茶化して俺がそう言うと、

真由は「ばーか」と返して、珍しく俯いた。


「あのさ、あたしそろそろなんだってさ」

「え」

「そろそろやばいって言われちゃったよ」

苦笑いされた。

目尻が赤くなっている。

俺が来る前に泣いていたみたいだ。



「だから、優には言っとこうと思ってさ」

もう一度悲しげな笑顔を見せる。


真由、

お前今まで、

皆がいないところで泣いていたんじゃないのか。

ずっと我慢してたんじゃないのか。

周りを悲しませちゃいけないと思って

必死で笑顔を振りまいてたんじゃないのか。

もう、そんなこといいのに。

こんな風になってもまだ笑い続けるのか。


「真由。泣いていいんだぜ」

真由の笑顔が強張る。

俺は黙って、真由の返事を待った。


真由の顔から笑顔がすっと消える。

それからまた俯いて、

顔をあげるころには真由はまた笑っていた。

どこまでも

勝気な笑顔だ。


「泣かないよ。優だけは悲しくさせないって決めてるんだ」

その意地っ張りが、俺にとっては悲しいんだけどな。

「さいごくらい人生で一番明るく別れようよ!」

「・・・?」

真由は俺に背中を向けさせ、

力強く俺の背中を押した。

病室はさほど広くない。

俺はドアに衝突する。


「おいおい、何すんだよ」

俺が笑って振り向くと、

あほかってくらいすがすがしい顔をした真由が笑っていた。


「だからさ、もう来ないでよ」

「え・・・?」


「優のことほんっとに大好きだよ。すごくすごくものすごーく愛してる!だからこれでお別れ!!笑ってお別れだよ!」

滅多に「好きだ」なんて言わなかった真由が「愛してる」まで言っている。

耳まで真っ赤にしながら。


「ばっか、お前、俺はずっと一緒だ」

「駄目!これでおしまいだよ!」

真由が渾身の声を振り絞って叫んだ。

その気迫におもわず俺は黙る。

「これから先、あたし、もう笑えなくなっちゃうから」

真由の声はわずかに震えていた。


俺が何かを言う前に真由はいつものように

もういちどにまっと笑って、


「それではさらばだ!」


そう言って敬礼をした。



俺は少し考えて

それから笑顔で敬礼して、

黙って部屋から出た。


閉められた扉はやけに明るく感じられた。










また時が過ぎていく。

俺はあれから真由に会っていない。

会わないまま日常をすごしていると

今度は真由の両親から電話がかかってきた。




両親に言われて病院にかけつけると、

真由はもうこの世にはいなかった。


落ち着いた顔で静かに横たわっている真由。

悲しいのに不思議と涙は出なかった。

どうしてだか、俺にもわからない。


ふと、

少し前を思い出して顔が緩む。

そっと近づいて、

真由のほっぺたをかるく抓った。


そのほっぺたは冷たくて、以前のような弾力を失っていた。

もう痛いと手足をばたつかせることもない。

互いに笑いあうこともない。

だけど、その思い出だけは確かだと

確認した。



手を離して、俺は部屋を後にする。



ドアの前でもう一度真由を振り返って、


「それではさらばだ」


笑って敬礼して、真由の両親の待つ廊下に消える。






敬礼した時、

真由が笑っていたような気がした。



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― 新着の感想 ―
[一言] 「それではさらばだ!」が、悲しかったです。
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