キューリアム王国 国王 ダングラム8世
「それは、誠か?」
「わかりません、いまだ推測の域を出ませんが、もし真実ならそれこそ王国存続さえ危ぶまれる重大な危機と感じます」
対魔人戦略研究室長であるアルバートは王の前で力強く力説する。
報告を聞くのはキューリアム王国の王であるダングラム8世。ダングラム8世はいわば平時の王として知られている。
未だ50代であるにも係わらずその治世は40年近い。本人は有能で知られているわけでもないが、家臣の能力を見抜く才と、それを信じ全面的に任せるという行為によって、王国の治世を正しく安定させていた。
「しかし、こまったの」
アルバートの報告にダングラム8世は困惑の色を隠せない。
「はい、特に今回は恨みという、人の感情の中でも最も長く続き、同時に強い感情の可能性が実に高いと思われます。理性的な話し合いは実に困難かと」
「マズイのぉ 念の為、別の可能性はないのか 友好とか?」
「魔人が人間に対し友好の感情はありません。しかもわが国に確実に恨みを持つ奴隷が転生体となった可能性が濃厚です」
「ふむ、奴隷か・・・確かに。黒髪黒目。海の民か?」
「はい、10年以上前、わが国が侵略し、奴隷にしした民族です。今更『奴隷にして悪かった、これから仲良くしようと』いっても余計に憎悪を生むだけでしょう」
「うーむ」
魔人が積極的に国家という存在に対し牙を向く、それは今まで王国の歴史にとって余り無かった事だ。
無論、人間を元に転生した魔人は過去には数多く存在する。しかしその場合でも同種たる人間に対し比較的好意的であった場合が殆どだ。
無論、個人的な怨みや怨恨など皆無ではないが、それでも国家全体に対しての怨恨は過去に例が無い。
元々、異民族系の奴隷はキューリアム王国全体においても数は少ない。
理由としては3方向を魔人の勢力圏に囲まれている為、異民族と呼ばれるのは南方の小さな島々に済む少数民族だけだ。
キューリアム王国はここ数年、勢力圏を強固な海軍力を背景に南方の小島などを侵略、占領し、その住民を支配していた。
大人は殺害、若い女性は娼婦などに、子供はそのまま奴隷として王国内で使役していた。
そうなればその戦の生き証人であり、被害者である子供達にとってキューリアム王国は当然、嫌悪、報復の対象になりうるのである。
ただ、王国民全体でいえば奴隷は数は少なく、それも奴隷は最近になって南方の島々を侵略し獲得した者が殆どだ。その為、奴隷層からの魔人転生者というのは王国の過去に置いて例がなかった。
しかし、最悪なことに今回魔人の転生者はその奴隷である事が、かなり濃厚となった。
「王よ、迷ってる時間はありません、早急に決断すべきかと」
「なぜじゃ、このような重要な問題、各大臣を呼び徹底的に話し合うべきだと思うんじゃが」
「王よ、相手は魔人の指輪をわざわざこちらに提示しております。魔人は『既にお前らの街の中にきている。いつでもその内部から食い散らかす用意ができている』とわざわざ提示してきているのです。」
「いや、だが、しかし・・・それ以外の可能性もないのではないか?」
「わざわざ魔人が人間の街に来て、魔人の証明たる『魔人の指輪』をみせるける。そして、それは我が国に深い恨みを持つ海の民の奴隷・・・ほかにどんな可能性があるとお思いですか?」
「確かに・・・・他に思いつく理由は・・・ないな」
「つまり後は、『お前らが、この行為に対し、どう反応するか楽しみだ』といってきている可能性も否定できません。これはまだ今なら話し合いの手段が残されているという事でもあります」
「・・・うっ、しかし魔人といっても色々あるじゃろ、弱いのとか強いのか、それに、何とか我々でも、対抗できる魔人かもしれない」
「魔人に弱い、強いはございません。人間からすれば一様に確実に上位の存在です。さらに言えば、今回の魔人はその中でも特にタチが悪いのです」
王の言葉に対しアルバートは激しく反論する。
「どうしてじゃ?」
「この度、ポチと名乗る人物が何の魔人が徹底して調べました。魔人は一度滅ぶと、その滅んだ近隣の場所の近くで転生します。そして転生は死後30~80年程度で生まれ変わります。つまり、成人になる時間を含め、ここ40~100年間に魔人の抗争で滅び、そして魔力が全くないという魔人がいないか、調べました。すると1人だけ該当する魔人がいたのです!」
「ほうそれは、どのような魔人じゃ?」
「『未来の魔人』です」
「あまり聞かぬ魔人だな」
王は自らの記憶を探ってみるが、北方の極炎の魔人、東方の戦の魔人、又乱立する西でも花の魔人など有名どころの魔人は知っているが、未来の魔人となると記憶の中にはどうしても出てこない。
「そうですね、死んだのは王が生まれる前であらせられましたし、また、その魔人は滅多に外に出ることはない引きこもり体質の魔人でした」
「未来の魔人・・・その能力は?」
「未来予知です」
「未来予知? なんじゃそれは、そりゃ予知はかなり有効な能力だが、未来予知など我が魔術団にもかなり精度の高い予知の可能な占星術師はおるぞ」
「いえ、王よ『未来の魔人』はその全能力を予知に特化させて居るため、その能力は想像を絶するものです。その予知は『未来に起こることを知る』のではなく、『未来に起こることを決める』能力なのです」
「は?」
王は一瞬アルバートの言った言葉が理解できなかった?未来を決める?
「つまり、その『未来の魔人』がキューリアム王国の人間は全て死に絶えると未来を決定すれば、その未来は決定し、決して覆される事はありません」
「な、なんじゃそりゃあ、そんな出鱈目な能力があるのか?」
あまりの魔人の途方もない能力にダングラム8世は思わず声を荒げる。
「あるのです、だからこそ未来の魔人には魔力など皆無ですし、この能力も滅多に行使できません」
「いや、そんな滅多に使えぬ能力なら、人間ごときに使うはずがない!」
「お忘れですか王! 相手は怨みで動いている可能性が高いのです、その怨みで行う行為は理屈ではないのです。しかも一度未来を決定すれば取り消しはできません。相手がこの未来予知を行えば、その時点でこの国家は終わりです」
「う・・・・」
確かにその予知をその魔人が行えばこの国に未来はない『未来の魔人』とは実によくいったものだと王は思う。
「ともかく最大限 できる事をしないと、国が消えてからでは遅いのです」
そのアルバートの説明にようやく王は理解し、近年にはない王国の危機だと悟る。
「なるほど、まずはどうしたらよい? まずは使者を送るべきか?」
「いえ、今回は時間がない可能性があります。ここは王自ら赴き謝罪すべきかと・・」
「謝罪とな、相手は奴隷じゃぞ、そんな真似ができる物か!」
「王よ、相手は奴隷でも中身は魔人です。人間が魔人に頭を下げるのはなんらおかしい所はございません。ともかく相手はこちらの出方を待っているのです」
「う、うむ、確かにその通り。と、なると同時に何か持参せねばならぬな」
「ですな、さすがに手ぶらでは国の威信に関わりますし、何より、相手に誠意を見せるという事を考えてもそれはマズイでしょう」
「となると、宝物、爵位、領土、金銭、女性・・なにがいいか?」
「少なくとも爵位と領土はマズイです。爵位となると魔人を人間の王より下位として位置づけてしまいますから、逆に怒らせてしまいます。土地も同様です」
「となると宝物、金銭、女性か」
「はい、ただ相手は魔人、魔具の類でないと相手は満足しませんし、そもそも人間の作った魔道具などレベルが低すぎて満足していただけるか、金銭も同様に人間だけで通じる物です。あまり魔人にとっいて価値があるとは思えません」
「となると残るは女しかないな」
「はい、本来は魔族や魔人にとって人間の女性など価値はありません。しかし今回は若い人間の青年が転生体です。無論人間の女性に対する興味は残っていると考えます」
「そうか、それしかないか」
「はい、では当方で早速貴族の中でも美姫を選抜・・」
「あ、それはよい。相手は黒髪黒目の奴隷階級の出身と聞く、ならはそれにいい相手があるじゃろ」
「王よ、それはいったいどうゆ?」
「いや、ちょうどいい相手に心あたりがあるのじゃ、それに関してはわしに任せるがよい」
「・・・はい、分かりました。では早速、グランゼルに向かう準備を進めたいと思います」
「うむ、今回の危機に関しては了解した。そちに準備の方は全て任せる」
「了解しました、急ぎ準備を進めたいと思います」