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対魔人戦略研究室にて

「ふむ」

 上げられた分厚い報告書の束を前にして、指で白髪の交じった前髪をくるくると回す。多少行儀が悪い行為だが、この場ではこの男に注意でききるほどの立場の物は居なかった。

 これがこの男の癖であり、同時にこのような癖が出るときは、得てして深刻な自体が発生した時だ。その為、周囲の者もこの事態がいかに重要なものか、それを改めて感じさせられる。

 ましてやこの異常事態、国の危機を回避するため、己に与えられて責務を果たすため必死になって自己の仕事に邁進していた中、この男の行動は十分に理解できる物だった。



 ここはキューリアム王国 王都にある王専属研究機関である『対魔人戦略研究室』。そしてくるくると前髪を回していた人物は室長であるアルバート・グラム。

 希代の魔法使いであると同時に、王に仕える参謀府所属の参謀であり、『対国家戦略研究室』と並ぶこの王国の重要な対外政策を決める部署である。


「で、次の報告は?」

「はい、こちらになります」

 そうアルバートが言うと、1人の男が手にした報告書を差し出してきた。

その報告書にじっくりと目を通すと、アルバートは口を開く。

「これは、実に由々しき自体になりそうです」



 この部署に最初の報告が上がってきたのは2週間ほど前。

 事件としてはグランゼルという街で起きたある酒場での喧嘩だ。無論、街中で起きた喧嘩など、普通は対魔人戦略研究室であるこの部署に報告は上がることは無い。


 問題はこの事件を起こした人物が魔族である疑いが濃いからであった。

 その男は目に見えないほどの蹴りを放ち1人を天井にぶち込み、2人は壁まで蹴り飛ばし大穴を開ける。しかもそれを行ったのは貴族風の普通の優男だったと言うではないか!

 これで逆に疑わない方がおかしい。

 結果として対魔人戦略研究室は詳細な調査を開始した。結果、次々と驚くべき事柄が上げられた。

 今では、これを起こした貴族らしき男とその奴隷、研究室に所属する隠密行動に優れた魔法部隊24名を24時間交代で常時監視させているに至っている。



 人間という種において魔人、そして魔人を要する魔族という存在は実に重い。

魔族は人間という種を遙かに超える存在であり、その上位の魔人に至っては不老不死、いくら人間側が損害を出した為てもまた蘇ってくる存在。

 これでは対抗などしようがない。


 しかし、人間と魔族は基本争う事はしない。人間は魔族を恐れ対抗しようとは思わないし、魔族側でも人間を不浄の存在として近寄ろうとともしない。

 又、人間は農耕や酪農を平野中心に行うが、魔族は平坦な平地を嫌い山岳地帯や湿地など過酷な環境下を好む。なので人間という種はその生存を魔族に許されてきたとも言える。


 キューリアム王国に関しては広大な肥沃な平地が広がる場所だが、西北の2方向は険しい山地、東には高地の高台の台地がある。

 南以外はそれぞれ魔人が住み着いているので、その方向からは他国からの侵略はない。

 残る南は広大な海が広がり、広大な肥沃の大地から得られる恵みと海を利用した運輸により この大陸でも有数の経済力を有している。

 また他国からの陸上からの侵略を考慮しなくてもいいという点において軍事力はかなり抑制され、それも国家経済の向上に役立っている。

 逆に海は商業網の確保が必要であり、同時に唯一外的の侵入を可能とする場所の為、海軍には豊富な軍資金を与えて、完全に軍事力は海上防衛に特化していた。

 だからこそ同時に壁である存在と同時に、潜在的な脅威である魔人に対し常に警戒し情報収集を行っていた。


 尚、北方には『極炎の魔人』と呼ばれる存在がおり、15名ほどの魔人を従え『極炎の魔王』とも呼ばれている一大組織がある。

 西には10名ほどの独立した小規模集団魔人が存在し、花の魔人、無の魔人、黄金の魔人など比較的個性豊かな魔人たちが存在する。

 逆に東には1人しか魔人はいない、それは『戦の魔人』と言われ、珍しく配下に亜人達や、魔物達を従え戦争ごっこを楽しんでいた。


 それでもこのキューリアム王国に戦争を仕掛けてこないのは、人間という種を汚らわしいとする魔人の性格に起因しているのだろう。

 このようにキューリアム王国の平和は一見安定しているが同時に砂上の楼閣であることを決して忘れてはいけないのだ。



 そんな時起きた単なる酒場の乱闘事件でも、魔族の可能性を疑われるのなら詳細な調査を怠るわけにはいかない。しかし、調べれば調べるほど不可解な点が浮かび上がる。

 その後の調査でその2人組、ポチとクロという名前が判明した。この明らかに馬鹿にしたような名前、確実に偽名に違いないだろうと、当所は考えていた。


 ただクロと呼ばれる人物は、おそらく魔族に違いないのだが、逆にポチという人物が分からない。

 一見、クロが貴族で、ポチが奴隷という役割をしてるが、2人は誰の目の届かない場所では主従が逆転するという話だ。

 酒場での行為を見る限り、クロは中位以上の魔族だと断定してかまわないが、そうなるとポチは上位魔族以上の存在となる。

 だが、ポチという人物は遠隔で魔力探査をしても全くと言っていいほど魔力が無かった。

 人間にしても平均的に見れば、もう少しあってもよさそうなくらいの魔力量だ。

 

 さらにその後の調査で、ポチという人物は街でも有名な魔術品を作る店である指輪の複製を依頼してきた。

 これが一番の問題だ。その指輪とは本人が魔人である証明となる伝説の魔具『魔人の指輪』だったのだ。

 無論、そんな伝説級の魔具の複製なんて人間には不可能だ。なのでその店では外見だけはそっくりの偽、似たような魔力でぱっと見ならごまかせる品を作ったそうだ。

 その後は、ずっと魔術学院の図書館で調べ物をしているらしい。



「さて、皆もこの報告書を読んだことだろうが、どう思う? 忌憚ない意見を言ってくれ」

「状況から推察するに、そのポチという人物は魔人として判断しても問題ないかと思います」

「うむ」

「確かに魔力こそ皆無ですが、だからこそ魔人と判断するに問題ないかと思うのです。魔人は元々魔力係数は高くなく、中には皆無という魔人もおります。魔人を魔人たらしめるには、その魔人特有の固有能力です。だからこそ魔人だと判断すべきだと思います」

「うむ、わしもそう思う。そしてこれは別働隊の調査で判明した事なのだが、グランゼル郊外の森の中に20名ほどの魔族が駐屯している事がわかった」


「えっ?」

 その事実に一同は驚きの声を隠せない。魔族という種は人間を汚物のように感じているため、それほどの数が人間の街の近くに駐屯するとは考えられない。

 しかも20名という集団である以上、それらの集団を指揮する指揮系統が間違いなく存在する事を示唆していた。


「一応、できるだけ調査をしたいのだが、その中には上位魔族も確認され、うかつに近寄る事さえ困難だそうじゃ」

「上位魔族が・・・なら余計に、そのポチなる御仁の護衛、魔人となる根拠を裏付けるものではありませんか?」

「そうなのじゃ、ここまではそうなのじゃ。だが問題は・・」

「指輪・・そして何故人間の街にという事ですね」

「うむ、魔族は人間を汚物のように感じているという、ならばなぜ魔人が好んで人間の街に来た。しかも何故指輪の複製依頼した?」

「そ、それは・・・」

「実は、これに対し不確かだが、仮説を立ててみた」

「ほう、是非お聞かせ頂けませんか?」

 一同は対魔人戦略研究室室長であるアルバート・グラムの言葉に集中する。


「うむ、問題はその魔人とするポチとする人物が成人前のまだ年若い、若者であるという事、そして黒目黒髪の奴隷だという事じゃ」

「年若い・・・あっ となると転生直後!」

「そう、魔人は転生先を選べない、無論同じ魔族に転生する事もあるが、人間や、亜人間、さらに魔物に転生する事だってある。なのでその物は人間として転生し、まだ人間という種にそれほど嫌悪感はないのでないか?」

「なるほど、確かにそう考えるのが自然です」

「だが、同時に非常にマズイ事でもある」


「なぜでしょう? 同じ人間ならまだ友好が計れるのでは」

「酒場でクロと名乗る魔族が起こした争乱の原因、それは主人であるポチに対し酒場の者が奴隷であることを注意した途端だそうじゃ」

「確かに、そのポチと名乗る人物は見た目は奴隷でしたね」

「そう、それに、奴らが名乗ったエルラドという性、ある村の名前と同時に村長の性でもある。そしてその前は少し前に巨人族をはじめとした亜人の群れに全滅させらている。しかも襲っておいて、略奪もなく、単に虐殺しただけじゃそうじゃ」

「巨人族? そんなのが?」

 突然の事実に皆驚きの声を上げる。


「しかも、奴隷名簿を調べてみると、その村長の家にはポチという年若い奴隷が飼われておいたという」

「そのポチと名乗る青年は?」

「死体も見つからず、行方不明だそうじゃ」


「・・・・」

「こうしてみると、1つ1つの点が完全に線としてつながる、ポチという人間は奴隷あり、同時に魔人の転生体。そして村を襲い、この街に来たのも全部 奴隷として味わった日々の復讐の為!」

「な、ならば指輪の件は!」

「恐らく公然と指輪を見せた事により、自分がここに居るぞという警告のつもりじゃろうで『お前ら王国民から奴隷である自分が受けた恨みは忘れない。俺は魔人となって復讐するぞ!』・・・と」

 その言葉にここにいた全員が青ざめていく。

 やれやれ、完全に国家の一大事だ、これは王に急ぎ報告せねば!

  そう思うと対魔人戦略研究室長であるアルバート・グラムは深いため息をついた。

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