町に行きたい。
「町に・・・ですか?」
自分の言葉に対し、目の前のアベルトは不思議そうな顔をする。
「そうだ、私は暫くこの場所を離れ人間の、人間の町で暮らしたいのだよ」
その言葉にアベルトは不満そうな顔を返す。
「理由をお聞きしてよいでしょうか?」
「何故かな、アベルトとあろう者が説明しないと分からないのかね」
「・・・」
その言葉にアベルトは沈黙をもって返事を返す。どうやら、この回答では不満の様子だ。まぁ多分そんな風にアベルトは思うだろうとは予測していた。
しかし、これも予定のうち。
だが、何度も予行練習したとはいえ、自分より遙かに強者のアベルトに対しこの態度を取ることは実は内心ビビリまくりの演技だ。
この際、胃が痛いのは我慢だ。
この瞬間、自分の心臓が激しく鼓動を打ちたいと願っていた。しかしここでこの態度が演技とアベルトに悟られるわけにはいかない。
自分は心の中と顔の表情を完全に分けられるという特技を持っている。
感情を理性で制御できないと・・あの理不尽なカタリナお嬢様に長年仕える事は不可能だ。そして今も(心の中の感情を抑え)迫真の演技を行う。
魔法も武力も何もない自分にとって 相手の顔色を伺い、それに合わせて演技をすること、これが今の自分に残されたたった一つの武器に他ならない。
とにかく、この武器が今となってはたった一つ残された武器であり希望だ。
これに全身全霊をかけて挑み、この魔族達を騙しきるほかない!
さぁ一世一代の演技を続けよう。
「なるほど、アベルト、君は人間という存在をどのような目でみているのかね?」
「はい、正直に申しまして、、人間は我々魔族に遙かに劣る、蟲のような存在、そして汚れた存在。なので、そんな中に魔人たる主がお出かけになるのはいかがな者かと愚行する次第です」
「なるほど、アベルトはそう考えるか?」
「はい」
その言葉に対しアベルトは深く頷く。
「しかし、それでも私は行かねばならないと感じているのだ」
同時に、机をドンと叩き力強く力説する。
「なぜでしょう? 私には理解できませんが」
「人間だからこそ得るものがあると私は感じているのだよ」
「確かに、人間の中に希に出現する勇者や冒険者などある程度 力を持つ存在はおります。また国家が有する軍など全てが我々魔族にとっても多少は脅威となる存在です。しかし、やはり人間など魔族に劣る存在、得るものがあるとはとても思えません。」
「そこなのだよ」
「はい?」
アベルトは首をひねる。まだ理解してない様子だ。しかし、これも予定通りの反応だ。だめ押しに、ここで態度を変え椅子から立ち上がりさも偉そうに力説を開始だ。
「確かに人間は脆弱だ、しかし後に得る経験や、努力や創意工夫により、本来の力を何倍にも増やすことができる。私はそれを見習いたいのだよ」
「しかし、我が主は魔人であり、至高ともいえる未来視の能力をもっておいでです。得るものは確かにあるかもしれませんが、それほどの物とは思いません」
「なら問おう、前回、なぜ私はそんな至高の力をもっていたにも係わらず、首を切られた?」
「・・・そ、それは同種たる魔人、しかも相手の能力を無効化するという無の魔人ならではの・・・」
「そう、そこだ!」
「はい?」
「もし、今度の転生後も再度『無の魔人』を相手にしたらどうすればいいのだと言うのだ? 再度能力を無効化され再度首を切られよと申すのか?」
「・・・そ、それは・・・」
その言葉にアベルトは言葉を無くす。それが自分の主人の死という現実問題であった以上返す言葉がない。
(よし、ここまでは筋書き通りだ! ナイス自分!)
「そうだ、同じ失敗は二度としてはならない、それこそ進歩もせず、同じ相手に二度も負けたとあれば、アベルトの言う 脆弱で蟲のような存在たる人間にも笑われるでないか」
「・・・・・確かに、返す言葉もございません」
ようやく納得がいったのか。アベルトは深く頭を下げる。
「分かったようだなアベルト。私は、能力を無効化させたとしても、それに対抗する手段を捜さなければならないのだ、それが至高の存在である魔人たる自分に与えられた責務だと感じているのだ」
「・・・」
そう言われたアベルトはうつむいたままずっと沈黙を続けている。
あれ? ここで『分かりました、我が主よ』って言ってくれるかと思ったんだけど、あれ? 間違ったかな?
少し不安にはなったけど、アベルトは暫くの沈黙の後、アベルトはようやく口を開く。しかしその言葉は自分の予想とは少々違う物た。
「さすがです。我が主よ。このアベルトが浅はかにして愚かでありました。少しでも我が主人の行動を疑ったことをお許しください。いかような罰でも受ける所存です」
「は?」
なに? この反応、えっ?
予定と少々違うアベルトの反応に、一瞬演技を忘れ素の自分に戻ってしまう。
いや、罰って、なに? そこまでの事なの?
「以前、お仕えした、我が主、先代の未来の魔人たる主人は未来視の能力を絶対とし、毎日怠惰な生活を送っておいででした。無論それが悪だとは思いませんが・・」
「はぁ」
こう聞くとつくづくカタリナお嬢様が本来の『未来の魔人』の転生だと確信しちゃうなぁ。本当にそっくりだ。間違っても自分が転生体じゃないと感じる。
「しかし、このアベルトが間違っておりました、新たなる主人であるポチ様は本当に素晴らしい英知にあふれたお方、そしてこの向上心、このアベルト深く感服しました」
「あ、いや、それほどでも、いや・・はい・・・」
「いや、このアベルトの考えが、短慮で浅はかな物であると思い知りました」
顔を上げるアベルトを見ると目から涙が出ている。あれ?
自分そんな偉そうな事いったっけ?
「この未来に進む姿はまさしく未来の王、魔人いや、こうなると魔王すら夢ではありません。このアベルト、ささいな我が命を我が主人に改めて捧げたいと思います」
「・・・そ、そうか、まぁ何より分かってもらえて幸いだ」
なんとか紆余曲折あったけど、ようやく納得してもらえたようで何より。
「では早速人間の町に攻撃を」
「いやいや、待て!」
なぜ、そのような思考になるんだ! 一瞬何言ったのか分からなかったぞ。
「はっ? 何故でございましょう」
「いや、それでは計画が!」
本当魔族ってのは何を考えて居るか分からない。それでは折角考えた計画が台無しになるんじゃないか!
「計画?」
その言葉にアベルトが不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
あ、いかんいかん。
「あ、ゴホン、いちいち攻撃しては、その・・人間の神髄たる成長の英知を十分に得ることは難しいと思う」
「なるほど」
よし、上手くごまかせたようだ。
アベルトが深く頷いている。
「で、そこで人間の中に紛れて、生活しようと思うのだが」
「・・・た、確かに理屈は分かりますが、魔人たる御身が、人間の町で暮らすなど」
「アベルト、忘れたか? 私は人間として転生し、人間として生きてきたのだ、それこそ苦痛でもなんでもない。それに外見からいって人間と何も変わる事はないしな」
「・・たしかに、そうかも知れませんが。護衛もなしでは危険すぎて、このアベルトそれには承服しかねます」
「まぁ そう言うだろうとは思った。そこで配下として『クロ』1人だけの動向を許す」
「クロ・・・ですか?」
『クロ』それはミケ、タマと並ぶ護衛組の1人、見た目は自分が嫉妬するほどの金髪の美男子で外観は人間と変わらない。
唯一、違うのは は腰から生えた『猫のような黒い尻尾』だけ。つまり、人間の町に紛れ込むとしては実に都合のいい存在。
しかし、自分がクロを選んだ最大の理由として、クロはおつむの出来が大変よろしくない。実に残念な美男子といえるだろう。
だが、それがいい!
つまり、自分が町で生活する上、実に誤魔化しやすい魔族。
この点を自分は実に評価している。それに戦闘特化タイプ魔族なので護衛としての言い訳もしやすいしな。
「そうだ。クロは外見は人間そのものだろ、違いは尻尾があるだけだし、尻尾を隠せば何も問題ない、それに・・・」
「それに?」
「あぁ、ほら自分、黒髪黒目の異民族ってこの国では奴隷じゃん、なので1人飼い主的立場の人がいないとまずいんだよね」
「なるほど、しかし、主を奴隷など・・・いや、それは確かに・・・」
「そうだろ、そうだろ」
「分かりました。その件に関しては了承しました。又クロも少々おつむが足りないとはいえ、ミケ、タマと並ぶ比類無き武人、立派に護衛の役を果たしてくてるこそでしょう」
「そうか、よかった」
「しかし、我が主様」
「ん・・・なんだ」
「口調が元に戻っておいでですよ」
「あ、あぁ、すまぬ。ついつい昔の癖で」
いかん、威厳を保つような口調であるように心がげたつもりだが、ついつい忘れてしまった。反省せねば。
「私の前ではその口調でかまいませんが、今では魔人であり多くの配下を抱える身、口調もそれなりの物でなくては威厳が保てませぬ」
「うむ、今度から常に留意しておくとしよう」
「わかりました、さっそく町に行く、用意をするといたしましょう」
そう言うとアベルトはにこやかな笑みを自分に向けた。