食事
少年は声を上げる暇もなく異形の生物に食されるハズだった。
だが、そういう未来にさせなかった存在がいた。
バケモノは異形の生物に組み付きその頭を小さな両手でねじり切った。
倒れ伏す異形の生物のシタイの上に居座るバケモノは自分で手に入れた頭を僅かな間見つめ、口を開いて丸呑みした。
ゆっくりと嚥下すると、
『は、ハハhaHAはハハハハハ』
まるで餓えを満たしたような歓喜の声をバケモノは上げている。
少年は恐怖する、自分の命を奪いかけた異形の生物よりも小さなバケモノに。
バケモノが少年を見る、少年は恐怖に突き動かされ涙流しながら逃げ出した。
02.「食事」
この町に来たのは偶然で、仕事の途中の補給の為だ。
この付近に敵の幹部の一人の目撃情報が寄せられた為に俺が派遣された。
厄介な荷物と一緒にな!
「おい!勝手に出歩くな、お前になんかあったらこっちは減給されんだぞ!」
「それはヴァンの都合でしょう、私は中々外に出られる機会もないのですから少しは自由にさせてください」
「それこそお前の都合じゃねぇか!」
俺はいけ好かないガキのお守りをさせられているのだ。
「まったく、そんなに怒鳴ってばかりだから顔が怖いと言われているんですよ」
「顔は関係ねぇだろ!」
「ほら怖い顔です」
たく、相変わらずイラつくガキだ。
補給の為に寄っただけのこの町に数日間も居座っちまったのはこのガキが勝手に居なくなり、捜索していたせいなのだ。
だがこいつは反省の色がまったくない。
「そうでした、ヴァンの顔が怖いのは関係ありませんでした。ちょっと付いてきてください」
「おい!また勝手に」
「倒れている人を見つけたんです、町の外側で」
「…⁉︎」
また変な厄介事を見つけやがって!
たく、面倒な事になりそうだぜ。
ガキの案内で俺達が町の外側、結界壁の近くに着くと確かに人が一人倒れている。
黒衣服を着たガキと同じくらいの歳に見える少年だ。
銃を構え近付く部下に静止を掛け、その少年の事を俺はジックリと視る。
何のことはない、いたって普通の少年にしか見えない。
取り敢えずの懸念事項ではないようだが、面倒な手合いであることには変わりはなさそうだ。
「如何ですかヴァン?彼は人ですか?」
「いたって普通の坊主だ」
俺の発言に緊張を緩める部下とガキ。
「では早く助けましょう。何時までも結界の外側に居させるのは危険ですから」
ガキの指示に従って部下は少年を担ぎ上げこちらに歩いて来る。
「さて、この坊主はどうする?」
「気を失っているだけのようですからどこか横に出来る場所を探しましょう」
それで近くに宿屋を見つけ少年を横にし俺はキッチンで粥を作っている。
「うぅ、何故、何故焦げるのですか」
隣ではガキが作る産業廃棄物が量産されている。
「お前は坊主を見てろ、焦げ臭いんだよ」
「臭いは酷いです!デリカシーないですね!」
ああうっせーな、気を散らせるな、焦げるだろうが。
「聞こえますか〜?もしも〜し?聞こえませんか〜?」
煩いガキだっておい!
なに寝てる坊主を突いてる!
「駄目ですね聞こえませんしこのまま頰のプニプニを続けても「止めろバカガキが」はい、すいませんでした」
「お前やっぱりバカか」
「バカではないです、唯の興味心です」
「興味、本意、だバカガキ」
「顔の怖さに比例しない博識なヴァンですね」
「顔は関係ねぇ!…煩くしていると坊主が起きちまうだろうが」
さっきから身動きの一つもない少年は生きていることだけは分かるように息はしている。
「…とりあえず飯が出来るまで坊主のことを起こさないように離れとけ」
「分かりました、でも看病するのは私です」
このガキにそんな器用なこと出来るのか?
俺の心配したことが起きた。
坊主が目を覚まし、容態を確認しようとしたが、坊主は喋ることができないようだ。
ガキが看病すると言い張るので任せたのだが。
「え、あの?しっかり食べて下さい!食事中に眠るのはマナーが唸ってますよ!」
「悪い、だバカガキが」
このガキ、坊主が飲み込む前に次々と口の中に詰めた為、坊主が失神した。
「お前、助けようとした坊主を自分で殺す気か?」
俺がそう言うとガキは項垂れた。
このまま小一時間叱りつければガキも聞き分けが良くなると思いはした。
ゴソゴソと衣擦れの音が聞こえ、振り向くと少年が上半身を起こして伸びをしている。
「坊主、大丈夫か?」
俺は少年に声をかけてから、先ほど正座させたガキに指示する。
「おい、坊主起きたぞ、サッサと謝れ」
「ごめんなさい〜。いい加減な看病してごめんなさい〜」
小一時間の叱りが効いたようでガキは泣きながら謝るが少年は不思議そうな表情を見せてからやがて何があったかを思い出し、苦笑を浮かべて、「 」と口は動いていたが声が出ていなかった。
少年は自分の喉を摩り難しい表情をする。
少年は思案するように手で口元を抑え目を閉じる。
やはり理由は分からないが少年は話すことが出来ないようだ。
少年は顔を上げて首を横に振る。
「許さないですよね」
それを否定の意思とガキは捉えたようだが、少年は先ほどよりも強く慌てて首を横に振る。
俺は少年の口の動きでなにを伝えたかったのかを理解していた為に口を開く。
「気にすんな、てか坊主?」
そう言うと少年は花が開いたような笑顔を見せて何度も頷く。
ガキが町外れで少年が倒れていたところを見つけて此処に運んだことを伝える。
「私が助けようと頑張ったのですが逆転して迷惑をかけてしまいすいませんでした」
「転はいらんぞバカガキ」
「俺達はこの志元町にはある仕事の途中で来ていてな、すまないが何故町の外で倒れていたのか聞きたいのだが」
そう聞くと少年は頭を掻いて恥ずかしそうに顔を赤らめて立ち上がる。
「立てるのか?」
少年は肯定してこちらに相対するとお腹を摩り目を回して倒れこんだ。
「おい!」
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
俺とガキが慌てて駆け寄ると少年は体を起こして無事を示す。
理解に少し時間を要したが少年は身振りで自分が空腹で倒れた事を伝えようとしたことが分かった。
「良かった、狂獣に襲われた訳ではなくて」
ガキはある意味見当違いな意味で安心しているが今のご時世に少年の一人歩きで無事でいられる可能性は皆無だ。
この少年はやはりただの一般人ではないようだが、少年よ、何故そのような?といったような表情をしている。
「不思議そうな顔をされてもな、坊主もまさか狂獣を知らないとはないだろう」
俺の問いに少年は首を縦に振り肯定する。
「だよな」
今のご時世では聞かない日はない位に報道されている。
「俺たちはその狂獣を…」
俺は少年に説明しようとしていた、自分の仕事を。
だが、変化は突然だ。
急に少年を纏う空気が変わり、肌が泡立つような不快な気配を放ち、
「ヴァン、彼の目が⁉︎」
「坊主、そいつは」
少年の黒色の瞳が血の色に変色し、俺には視えた。
少年がいきなり、彼奴らと同じ存在になったと。
そのことを頭で理解した時、腕は自然と足に括られた銃に手をかけた。
引き抜くよりも早く、大音量のサイレンが聞こえて、思わず手は滑り銃を引き抜くことができなかった。
突然町に鳴り響く災厄を告げるサイレン、それは狂獣の襲来を意味している。
「んな時に!」
俺はもう一度銃に手を伸ばし、今度こそ引き抜き少年に狙いを定めるが、しかし、そこは誰もいない。
二人がサイレンに気を取られた僅かな間に少年は駆け出したのだ。
風のように、二人の間を駆け抜け後には疾風。
強い風が身体を押すが俺はそれに耐えて振り向くと少年がドアを蹴破…ろうと頑張っていた。
「…!…!」
ガンガンとドアを蹴っているが全くドアは開かない。
肩で息をする位に頑張っていたが諦めて普通にドアを開けて出て行った。
あまりに締まらない少年の行動に呆気に囚われていたが。
「ヴァン!何をボサボサしているのですか!早く彼を追いますよ!」
「お、おう」
不覚にもガキに覚醒を促された。
慌てて走り出す俺達だが、少年はとても早く、早々に見失ってしまった。
「町の外周区に狂獣が大群で襲来!増援に向かいましょう」
部下の報告と先ほどのサイレンのことから少年の捜索は後回しだ。
「貴方、先ほどこちらに少年が来ませんでしたか?」
ガキが部下に尋ねる。
「少年かどうかは分かりませんが何が外周区の方に駆けていくのは確認しております」
少年が狂獣の大群の下へ、か。
いよいよきな臭いな。
向かうとしよう。