闇の誘惑
およ?ライカです。
あれ?おかしいな?前回、特大狂獣喰べてライカとこいつらのグルメ探求ツアーが終わってライカさんの帰省編に入る予定でしたのに真っ暗ですね周り。
まるでエサ云々、狂獣の腹の中にいるようだふははそのような事があろうはずが…まぁ、逆に喰われましたね。
どうしましょ?いつものようにここで過ごそうかなと思ったけどこの特大狂獣確か動いてなさそうなくらいでかかったから移動しなさそうだ。
しょうがない、出させてもらいますかそれ!スカリ攻撃が外れた!ついでに腕も外れた!
うにゃ?あらら、なんか身体溶けてきてるわ。
消化されとるん?
え、地味にやばい。
魚ー誰かヘルプみー。
ドクンッ。
胸の音がやけに五月蝿い。
今、私は暖かな暗闇の中にいる。
ここにいると全てがどうなってもいいと思える。
兄の仇を討つと家を飛び出し、ナナシと出会い力を手に入れて思えば遠くまで来た気がする。
やっと兄の仇を見つけたのに不様に敗れたのは当然かもしれない。
愛する人を亡くして泣き崩れていた義姉さんを置いて来たのだ。
兄様は怒っているだろうな、仇討ちなんて望むことはなく、『義姉さんを支えてやってくれ』とか言うに決まってる。
兄様は優しいから。
『詩歌、こんな話を聞いたことあるか?』
『なーににぃさま?』
ああ、懐かしい、子供の頃の自分と兄様じゃないか。
『俺たちの祖先には鬼がいたらしい』
『オニ?オニってなーに?』
『鬼っていうのはな?角とか頭に生えて、牙がギザギザとしてるやつ』
『オニこわい〜』
『その怖いのがいたらしいんだ』
『え〜なんかやだ〜』
『そーか?俺は嬉しいな』
『なんで〜?』
『だってさ、そんな怖いやつの血が流れているっていうことはそいつが人と結ばれたってことなんだ』
『姿形じゃない、個と個で思いを添い遂げられるって素敵なことじゃないか』
『にぃさまよくわかんないです』
『はは、まだ詩歌には早いかな』
昔の兄様の笑顔が遠くに消えていく。
暗闇の中に消えていく。
『詩歌、紹介したい人がいるんだ』
『奏多です、よろしくね詩歌ちゃん』
初めて会ったその人は私を優しく抱きしめてくれた。
姉がいたらこんな感じなのかと思うほど心が落ち着いた。
慌てる私と笑顔の二人、消えていく。
今までの俺が現れては消えていく。
ああ、これは走馬灯というものか。
私、死ぬんだ。
暖かい暗闇の世界が少しずつ冷えていく。
もうすぐ終わりのようだ。
最後の思い出が流れてきた。
それは仇、コツの狂笑だった。
ドクンッ。
胸の音が聞こえる。
何も考えられなくなっていた頭に不意に怒りの感情が湧く。
ユルスナ
怨敵ヲユルスナ
キサマガチヲツグモノナラユルスナ
その感情は私を動かした。
「ユルスナ」
『詩歌!死ぬな!』
我は必死に詩歌に声をかけ続けている。
もし、我に誰かを支えることができる身体があれば詩歌を抱き起こしていただろう。
だが、そのような身体はない。
だから我は声をかけ続けるしかない。
「五月蝿え」
『ガぐっ⁉︎』
コツが馬の蹄でナナシを踏みつけた。
「五月蝿えぞ出来損ない」
コツは少しずつ力入れていき、ナナシの面を少しずつ軋ませる。
『ぐぅあ⁉︎』
「本物の使徒様ならよぅメチャクチャ強ーんだろうなぁ、なのになんだよ、使徒の面だけとはよ、ふざけんな!」
面の軋む音が僅かに変化を始めた。
ピシリッ、罅割れが面にできる。
『ぐぁぁぁぁぁ‼︎』
ナナシは身を砕かれる痛みに悲鳴を上げた。
「死ねや紛いもんが!」
コツが力を込めて踏み抜けばナナシの面は砕け、この世からいなくなっていただろう。
『し、か…』
ナナシも痛みの中朦朧と自身のパートナーのことを最後に気にかかった。
だが、コツがナナシを砕く未来は訪れない。
「ガァァァァ!」
倒れ、血の海に伏していた詩歌が砲声を轟かせた。
バチャバチャと自身の血の海を掻き乱し、荒々しく起き上がり、弾丸の如くのように跳ね飛びコツを殴り飛ばしたのだ。
殴り飛ばされたコツが壁に衝突して壁は波のように揺れるが罅割れ一つとしておきず、コツは転がり落ちた。
『詩歌、無事だったのか!』
ナナシは浮き上がり、自身を助けた詩歌を見る。
『詩歌?』
詩歌は詩歌のような何かであった。
頭に赤い角が三生えて、長く鋭い牙が生えて顎が外れている。
長い黒髪は血の赤色に染まっている。
鬼。三角、赤鬼。
記憶のないナナシはそれが何かわからない。
だが今の詩歌がそれであるとナナシの知らないナナシが告げている。
「フゥゥゥゥ」
「んだよ、いきなりだなこのメス」
起き上がったコツは生身の頭から血を流し牛角は片方が抉れていた。
「痛ぇじゃねぇか糞メスが!」
コツは先程と同じく床を爆ぜさせて突撃する。
詩歌は動かない。
『詩歌!』
ナナシの叫びにも詩歌は反応しない。
「オラァ!」
コツの突撃が詩歌に直撃するが今度は詩歌が吹き飛ばされることはなかった。
詩歌は左手でコツの残った牛角を鷲掴み、コツの突撃を止めたのだ。
そして、コツの残っていた牛角が詩歌によって握り潰された。
「んだと⁉︎」
コツは両腕の虎腕を振り上げ詩歌を切り裂こうとするも顔面を強打され意識が途切れかける。
ふらふらとしたところでコツの馬脚を折り砕く詩歌。
「ぐっ⁉︎」
倒れたコツに乗り丹念に両腕の虎腕を潰す。
後には何がおきているかわからないといった顔をしたコツが首を掴まれ引き上げられる。
「ぐぅ…はひゅ」
呼吸を潰されコツは身を震わせる。彼にはもう足掻く手足はない。
「ユルスナ」
詩歌はただ、感情に従いコツを見ていた。
『詩歌、もういい!もうそいつは終わってる!それ以上はそいつが死ぬぞ!』
ナナシの声は感情に塗り潰されて詩歌には届かない。
詩歌から焔が立ち上がり、それは詩歌がもつコツにも燃え移る。
「あ…あ…ま…おう…さ…」
コツの声さえ燃やし黒炭へと変わっていく。詩歌は黒炭へと変わりかけているコツを結界で護られた壁にぶつける。
焔の前には結界すら意味さえなく、壁を溶かす。
壁の先へ、人型の黒炭を投げ込む。
黒炭は床に叩きつけられると形を崩した。
「ほぉ、コツがやられるとはな。只の操り人形と侮っていたな三島詩歌よ」
暗闇の奥、紅い両眼が仄暗く光る。
「コツを殺してもらい感謝しよう。これで回収の手間が省けた」
コツだった形の崩れた黒炭を踏み潰して黒い灰が舞う。
灰は紅い両眼の人物に飲み込まれ後には何も残りはしない。
「さて、魔神へと至った我と闘え、貴様が最後だ」
部屋の中がおぼろげに映り始めた。
倒れ伏す人が四人、ヴァン、クレスト、コン、キュウ。
魔王と呼ばれた黒竜はいない。
城に進入したさい詩歌が首を飛ばしても逃げた雑魚狂獣、ライカだけが立っていた。