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走らなくなったカサコソ  作者: 東永尋
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3

 好き。

 清久も浩平へ好意は持っていた。友人として。覆される関係に、頭が付いていかない。

「……どう、しよう」

 呟きに答えるかのように鳴り響く着信音。

 ディスプレイを確認して兄だと知らされる。何だろう。

「はい?」

『よう、調子はどうだ。メシしっかり喰ってるか?』

 家を離れて、たった数ヶ月なのにとても久しぶりに声を聞いた気がする。世間一般でいう所の母親の様だ。もっとも、実際の竹内家の母は放任主義であるが。年が離れているせいか、何かと心配性の兄に知らず顔を綻ばせた清久は、鍵を取り出し自室に戻る。

「元気だよ。兄貴は?」

『変わらないな。……あぁ、そういえば』

 言葉を切られ、訝しげに携帯に集中する。

『コーチをな、任された。まぁ、母校のOBとしてだけどな』

「っす、すごいじゃんっ!!」

 彼の通っていた学校は陸上でとても有名な所だ。歓声を上げた弟に、兄は静かに諭す。

『光栄なことだよ。……清久。兄ちゃんはもう、走れない』

 知ってる。

 あんなに速くて、あんなに嬉しそうに走る人間は見たことなかった。

 同時に浮かぶ、スパイクの袋を抱えてひとり涙する姿。扉の隙間から盗み見た、絶望に打たれた背を。

 自分に教えてくれた兄が無くした「走る」を、自分だけがいつまでも続けていい訳がない。そうして清久も誰にも言わず、そっとスパイクを押入れに仕舞った。

『──でも、な。走れなくても、好きなんだよ』

「……うん」

 それも、知ってる。

『本当に清久が嫌で止めたなら、何も言わない。ただ、俺に遠慮してるなら怒るぞ。俺は清久が走ってるのを見るのも好きなんだぞ』

「っう、ん……」

 視界が滲む。

『必要だったら、使えよ』

 引越し用品に入れた覚えのなかったクツを発見したのは、浩平が跳ぶのを見てから。グラウンドに面した窓から何気なく目をやって、ひと際洗練されたフォームに胸が高鳴った。

『我慢しなくていい』

「……っ」

 やさしく響く声に、何度も無言で頷く。

 見えるはずもないのに。


 ──いっしょに、走りたい。


 浩平と。

 さっきのように、手を引かれてではなく。

 兄とのように、後を付いてまわるのではなく。

「ありが、とう……」

 知らぬ内に心に巣くっていた澱みを一掃される。

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