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不似合いなカーニバル 1

<主な登場人物>


ランベルト:十六歳 アカデミアの二年生。成績は下から数えた方が早い。運動能力には長けている。

ロッカ:十三歳 アカデミアの一年生。飛び級で入学した秀才。

ヴィンチェンツォ:十七歳 アカデミアの四年生。ランベルトとロッカの兄貴分。

エドアルド:十八才 プレイサ・レンギアの王太子。病弱な父の補佐をしつつアカデミアに通う。

フィオナ:十七歳 エドアルドの寵姫。幼馴染でもある。

ロメオ:十八才 アカデミアの四年生。風紀委員長。

クライシュ・エクシオール:二十二歳 アカデミアの歴史講師。子ども達の指導教官でもある。


バスカーレ・ブルーノ:二十八歳 城下の警備隊長。

ミケーレ・バーリ:二十二歳 バスカーレの部下。ヴィンチェンツォの義兄。 

フェルディナンド・サンティ 三十歳 ランベルトの一番上の兄。王宮騎士団長。


***


「毎月毎月、嫌がらせとしか思えん。処理する俺達の身にもなってみろ。何が楽しくてこのようなことを」

 数人の男達の中でも際立って背の高い一人の男が、煌々と照らす月明りの下で地面に横たわる黒い子犬を見下ろし、苦々しく呟いた。

 熊を連想させる逞しい体を心細げに丸めているその男は、城下の警備隊長を務めるバスカーレ・ブルーノであった。

「これで三件目、いや四件目ですかね」

 いやはや、と弱ったように首を振りながら、部下らしき若い男が他に何か不審な点はないかと犬の死体を検分している。

 彼の名は、ミケーレ・バーリという。


 いつの頃からか、ほぼひと月ごとに、犬の死体が投げ捨てられている。

 犬の死体など珍しくもないが、他の犬と異なるのは、明らかに人の手によって殺められていることである。

 犬は毎回、その流れた血で円を描くように囲まれ、四方に何かの文字が刻まれていた。

「何かの黒魔術でしょうかね」

「だとしても、俺は魔術と呼ばれるものが有効であった事例など、一度も見たことがない。俺の妻は機嫌が悪いと、面と向かって『死ねばいいのに』と呪いをかけてくるが」

 バスカーレは、不愉快な数日前の妻とのやりとりを思い出し、一層苦みばしった表情を浮かべるのであった。

 新婚間もないミケーレではあったが、自分も気の強い新妻の顔を思い浮かべ、「お察しします」と同情を込めた返答をした。


「とにかく、撤去しましょう。かわいそうに、まだ生まれて間もない、可愛い盛りなのに」

 目を見開いたままの子犬の顔を見ないようにして、ミケーレはため息をつく。

 麻布を広げ、そこに小さな犬を寝かせると、すっぽり包み込むようにして抱き上げた。

 布越しに、犬のぬくもりが感じられた。

「死後それほど経っていないようです。まだ、暖かい」

 ミケーレは温厚さが滲み出る顔を悲しみで歪め、ほんの少し涙ぐんでいるようであった。


 犬を更に麻袋に詰め込み、縄をかけるその若い男は、子犬の口から小さな銀色の塊がぽろりとこぼれ落ちたことに気付かなかった。

 遠ざかっていく男達から運よく逃れたその不吉な銀の指輪は、月の光を受けてかすかではあったものの、禍々しい輝きを時折放っていた。


 そして朝日がすっかり昇りきった頃、数時間前に発見された犬の遺棄現場の横を、騒がしい一行が通り過ぎようとしていた。

 王都プレイシアの城下にある、アカデミアの学生達であった。


 最も背の高い黒髪の少年と、蜂蜜色の髪をした一際声の大きい少年が歩いている。

 黒髪の少年は、むしろ青年と呼ぶに相応しい精悍な顔つきをしている。

 そして二人の間に挟まれた一番小さい少年は、薄い煉瓦色の髪の色をしていた。


「ここで犬の死体が見つかったんだって。生贄だってさ!」

 蜂蜜色の髪の少年はあまり体は大きくなかったが、快活な声に似合わず、不快なことを口にする。

 へえ、と年かさの青年が興味なさそうに呟いた。

「黒魔術だって。兄上が言ってた。最近城下でよく見かけるらしいよ」


 少年の兄は王宮騎士団の団長であり、夜勤から戻ってきた兄が難しい顔で教えてくれたことをそのまま朝の話題として提供した。

 もっとも兄は、「気分のいい話ではない。不必要に人に話すんじゃないぞ」と弟に言ったはずだったが、当人はすっかりそのことは忘れている。


「黒魔術が流行ってるって、本当だったんだ」

 年の頃は十三か十四の、あどけない顔をした赤毛の少年が真剣な口調で言い、幾度かつぶらな瞳をしばたたかせていた。

「毎月毎月繰り返してるってことは、そいつの願いが成就していないってことだ。馬鹿だな、いい加減諦めればいいのに」

 その中でも一番年長の黒髪の青年が、吐き捨てるように言う。


「犬がかわいそう。そこまでして、何が望みなんだろう」

 赤い髪の少年が年齢に似つかわしくない、思慮深げな表情を浮かべていた。

 だがすぐさまあどけない顔つきに戻り、年上二人の顔を交互に見比べる。

「さあな」

 少年達はまだ黒くこびりついた血の跡が残る土を眺めていた。

 その不快な地を洗うように、初夏の清々しい風が三人の頬を撫でていった。


「行こう。どうでもいいが、不愉快極まりない」

 黒髪の青年が二人をうながし、再び歩き始めた。

「やだなあ、ここを毎日通らなきゃいけないんだぜ」

 軽く身震いをすると、蜂蜜色の少年は胸に抱いた教科書を抱えなおした。

「雨でも降れば、少しは綺麗になると思うけど」

 赤毛の少年が澄み渡った空を悲しそうに見上げ、小走りで青年に駆け寄る。


 その時草むらで一瞬、きらりと光る何かに気付き、蜂蜜色の髪の少年が立ち止まる。

 そして光が放たれた方向を不思議そうに見つめていた。

 吸い寄せられるように友人達とは違う方向へ足を進めた少年は、自分の足元に転がる銀の指輪を拾い上げていた。


「ランベルト?」

「あ、うん、今行く」

 ランベルトと呼ばれた少年は、慌ててその指輪を制服のポケットにしまい込み、友人達の後を追った。

 いつもと同じようでほんの少し違う、ヴィンチェンツォ・バーリとロッカ・アクイラ、そしてランベルト・サンティの登校風景であった。



***



 その夜、ランベルトは今朝がた拾った銀色の指輪を手に取ると、ひっくり返したりろうそくの火に透かしてみたり、興味津々で眺め続けていた。

 何の変哲もない平打ちされた銀の指輪であり、はめ込まれた石はおろか、彫りも透かしも一切なかった。

 けれども極細の女性的な造りが、ランベルトの無骨な指でさえ美しく見せてくれるような気がした。 


「ちょっと地味だけど、格好いいな」

 右手の薬指が、丁度よく収まるようであった。

 はめられた指輪を眺め、ランベルトは満足そうに寝台に仰向けに寝転がる。

 そして自分の手のひらを空にかざし、にやりと笑っていた。

 机に広げられた宿題には、一向に手をつけようとしない。


 校内ではお年頃の学生達が、腕輪や指輪などの装身具を競うように身につけている。

 自分はあまり興味ない、とランベルトはそのような学生達を馬鹿にしていたつもりだったが、いざはめてみると、不思議と大人になった気にさえなる。

 大きなあくびをすると、ランベルトは少しだけ寝ることにした。

 少しだけのつもりは、いつもどおり朝までとなった。


「なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!遅刻しちゃうだろ!」

「何度も起こしたよ、だけどランベルトが全然起きないのが悪いんじゃないか」

 はあはあと息を切らせながら、二人はアカデミアを目指して走り続けた。


 赤毛の少年ことロッカ・アクイラはいつものようにランベルトの寝室で何度も何度も友人を揺り起こしていたが、起こし方が優しすぎるのか、ランベルトはなかなか起き出そうとしてくれなかった。

 業を煮やしたヴィンチェンツォが、力任せに寝具を剥ぎ取ると床に投げ捨て、「俺は行く」と荒々しく立ち去った。


「ヴィンス様なんか、先に行っちゃうし。ひどいよ」

 腹減った、と呟きながらランベルトは必死で走り続けた。

「もう起こさないって言ってた」

 気の短いヴィンチェンツォに見捨てられたのは一度や二度ではないが、学習能力が不足しているのか、懲りずに同じことを何度も繰り返すランベルトである。


 門が閉まる間際の時間に、二人はアカデミアへ到着した。

 学生は直接馬で乗りつけることを禁じられていたので、ロッカ達は毎日徒歩で通学しなければならなかった。

 二人と同じように駆け込んでくる生徒達で、門の付近は騒がしかった。


「おはよう、ロッカ君」

 全体の一割ほどしか在籍していない女子生徒の一人が、追い越しざまにロッカの肩を叩く。

「おはようございます」

 とはにかみながら微笑むロッカを振り返り、女子生徒達がこそこそと笑い合いながら走り去っていった。


 ロッカは突然目の前の学生にぶつかり、手にしていた教科書を取り落としてしまった。

「すみません」

 おそるおそる見上げれば、同級生の男子生徒であった。

 しどろもどろに謝罪するロッカを見下ろし、男子生徒は不機嫌な顔を崩さなかった。


 彼は素行があまりよくないせいか、二度目の一年生であった。

 優等生のロッカが気に食わないとばかりに、何かと絡んでくる厄介な生徒である。

 単に「できる生徒」ならまだしも、飛び級で入学してきたロッカは異色の存在であり、誰もがこの幼さを残した赤毛の少年に対して一目も二目も置いていた。

 おまけに、アカデミアの学生である王太子エドアルドや、公爵家の子息であるヴィンチェンツォのお気に入りでもあり、当然先ほどのように、女子生徒達が何かと気にかける存在でもある。

 ぱっとしない男子生徒にしてみれば、そこがますます気に入らなかった。


「お前か。まだいたのかよ。目障りだってこないだ言ったはずだよな」

 すみません、とまたもや謝る小さな少年を、男子生徒は容赦なく睨みつけていた。

「ガキのくせに色気づきやがって、生意気なんだよ」

 ロッカにしてみれば単なる言いがかりに他ならなかったが、「ごめんなさい、気をつけます」と素直に謝り続けるしかなかった。


 そして隣にいるはずのロッカがいない、と気付いたランベルトは時間を気にしながらも、友人の姿を探してきょろきょろと辺りを見回し、再び戻る。

 古代建築を模した、通り抜けの回廊の影に隠れるように佇んでいる一団の中にロッカの薄い赤髪を見つける。

 ランベルトは声をかけようとしたものの、その険悪な雰囲気に思わず足を止めた。


 また絡まれている。

 ロッカよりも明らかに体の大きい年上の同級生達が、ひときわ華奢なロッカを取り囲んでいた。

 どう見ても、友好的とはいえない状況にある。

 ロッカが入学して以来、このように大人気なく絡んでくる生徒達がいたものの、ランベルトがことごとく返り討ちにしては小さな友人を守っていた。

 そのつど、家に帰れば兄のフェルディナンドの拳と夕飯抜きの罰が待ち受けていた。

 夕飯抜きは辛いが、そのようなことを気にしていてはロッカを守れない、とランベルトはその場しのぎで「ごめんなさい、もうしません」と小言を受け流していた。


「お前らなんか、ロッカより頭も悪くて弱いくせに。そんなんだからいつまで経っても一年生なんだよ」

 ランベルトを振り返った男子生徒の口元が、怒りのあまり何度か痙攣しているように見えた。

「うるせえな。人のこと言えるか、お前も馬鹿のくせに」

 からくも進級できたランベルトに向かい、去年の同級生が毒づいた。

「人のこと気にしてる暇があったら、これ以上馬鹿にならないように勉強した方がいいんじゃないの」


「うるせえって言ってるだろ!」

 男子生徒に派手に突き飛ばされ、ランベルトはしりもちをつく。

 そこへ更に足蹴りが飛び、ランベルトはとっさに転がりながら身を避けた。

 その時何故自分がそのような行動に出たのか、ランベルトはわからずにいた。

 火花が飛び散るかのような衝撃が突然頭の中を駆け巡り、ランベルトは自分でも気付かぬうちに「殺す」と低い声で呟いていた。


 ランベルトは素早く立ち上がりざまに相手の懐に飛び込み、腹めがけて力いっぱい拳を叩き込んだ。

 くぐもった声を出す相手の顔面にすかさず拳を突き出し、脳震盪を起こしたのか男子生徒は仰向けにどうと倒れた。

 馬乗りになり、なおも拳をふるい続けるランベルトを、誰もが驚きのあまり声を失っていた。


 その様子を呆気に取られて見ていた取り巻きの生徒達が、乱暴にロッカを突き飛ばした。

 床に転がるロッカの襟元を掴み、無理矢理立ち上がらせようとする生徒達の背中めがけて、ランベルトがすかさず飛び蹴りをお見舞いする。

 ロッカはその衝撃で男子生徒と共に壁に叩きつけられ、再び床にへたり込む。

 ロッカは次第に息苦しくなる胸元を押さえ、暴れまわるランベルトを信じられない気持ちで見つめていた。

 笑顔を絶やさず、くだらない話をして場を和ませているいつものランベルトは、そこにはいなかった。


「お前ら、何やってる!」

 聞きなれた声の主を見つけ、ロッカは浅い呼吸を何度も繰り返しながら、震える足で立ち上がろうとしていた。

 床にのびたまま動かない生徒達をぐるりと見渡し、ヴィンチェンツォは戸惑いながらも殺気立った瞳を見開いているランベルトに近づいた。

「何があったか知らないが、やり過ぎだろう」

 ぐいとヴィンチェンツォに腕を掴まれ、ランベルトは先ほどと同じように、友人でさえも血走った目で睨み返す。


 そしてヴィンチェンツォから逃れるように、その腕にためらいもなくがぶりと噛み付いた。

 悲鳴をあげるヴィンチェンツォから素早く離れ、敵意を剥き出しにして荒い息をついているランベルトの顔が、今までに見たことがないほど憎悪で歪んでいる。

 ロッカは気が付けば、恐怖のあまり壁際に再び座り込んでいた。


「いい加減にしろ!」

 思わぬ攻撃で怒りに火がついたのか、ヴィンチェンツォの握り拳がランベルトの頭上に勢いよく振り下ろされていた。

「痛え!!何すんだよ!」

 両手で頭を押さえながら、ランベルトが大声をあげる。

「それはこっちの台詞だ!痛いだろうが!」

 ヴィンチェンツォに胸ぐらを掴まれ、ランベルトの困惑した顔は先ほどとは違い、いつもどおりのランベルトのものに戻っていた。 


「はいはいそこまでねー。風紀委員です、授業始まりますよー。公爵さんちの君も一緒になって、何やってるのかな」

 派手な金色の髪をした青年が首から下げた笛を吹きながら、優雅な足取りで近づいてくる。

 その美貌の青年、ロメオ・ミネルヴィーノを、まるで歩く胸像のようだと女子生徒は評していた。

 ヴィンチェンツォは舌打ちして、造りものの仮面を思わせる顔を睨み付けた。

 ランベルトはそこでようやく、はっとしたように辺りを見回し、「げえ」と一言呟いた。


「俺はこいつらを止めに入っただけで」

 眉間に皺を寄せて抗議の声をあげるヴィンチェンツォを制し、風紀委員のロメオは再び力強く笛を吹く。

「言い訳は後で聞くからね、みんな横一列に並んでくださーい」

 いつの間にか、大勢の野次馬達が集まっていた。

 しまった、と立ち尽くすランベルトの耳に、すかさずヴィンチェンツォの焦りを含んだ声が届く。

「ロッカが、まずい」

 壁にもたれかかり、過剰なまでに呼吸を繰り返しているロッカがいた。

 額に汗を浮かべてうずくまるロッカを抱え、ヴィンチェンツォは気遣わしげな声をかけていた。


 アカデミアに入学してからというもの、時折過呼吸の症状にみまわれるロッカを、ヴィンチェンツォは何かと気にかけていた。

「俺はこの子を医務室に連れて行くから、あとはよろしく」

 ヴィンチェンツォは自分のスカーフを外してロッカの口元に当てると、ゆっくりと少年を立たせてやる。


「お前、逃げるなよ!」

 再び、ロメオの笛が辺りを切り裂くような音を立てた。

 ランベルトは思わず耳を塞ぎ、「うるせえんだよ!ちゃらちゃらしてるくせにでかい面すんな!」と上級生に向かって暴言を吐く。

「俺は通りすがりの被害者だ。話はランベルトから聞いてくれ」

「ちょっと、俺だけ置いて行かないでよ!」

 ロメオやランベルトの罵声を浴びつつ、ヴィンチェンツォは軽々とロッカを背負い上げると、人混みに紛れて颯爽と姿を消した。

 銀色の髪をした少女が一人その群れから離れ、素敵、と呟く女子生徒達の横をすり抜けて教室へと戻っていった。






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