コンタクト
リーはすかさず、自分が座っていた方向に手を広げた。
「老師、みなさんもお茶いかがですか?」
ロウエン老師は静かに頷き、サラ達もいただきますと軽く会釈をして、テーブルについた。リーを目の前にしたサラは、少し躊躇したが、断れるのを覚悟で格闘技界への誘いをした。
リーの闘いを間近で観たくてしかたなくなっていた。
「ロウエン老師から、今まで色々お話は伺いましたが…あなたをこうして実際に間近で見たら…やはり、ぜひ格闘技界に参戦して頂きたいです!あなたは大柄な身体ではないのに、私はヘビー級の選手とも引けを取らないように感じました!私は、格闘技界のスーパースターと呼ばれる人達に会ってきましたが、あなたのように物凄いエネルギーを感じた人はいません!あなたがどの様な闘いをするのか、想像するだけで凄く興奮を覚えます!一度だけでも構いません!出場してみませんか?!」
熱くなっていた。
いつもクールなサラが、こんなにも熱弁をふるっている姿を見るのは、取材クルー達も初めて見たらしい。全員ポカーンとしている。
リーは穏やかな笑顔で、丁寧に断った。
「初めてお目にかかったのに、そこまで熱心にお誘いして頂いてありがとうございます。ですが…やはり興味ありませんので…申し訳ありません。」
負けじと食い下がるサラ。
「あなたは少林寺から外の世界には出ていない…世界にはあなたの知らない世界が沢山あるはずです、それを知ればあなたは更なる成長を得られるはずです!お返事は急ぎません…考えるだけでも…考えてみてはいただけませんか?!」
リーは苦笑するしかなかった。もう彼女には何を言っても仕方ないのがわかっていた。
「あなたは私を買いかぶり過ぎています。私は最終試練をパスしましたが、形式的な事を終えただけで…まだ何も成していないのです。あなたの熱意は伝わりました、いずれ時が来た時には改めて考えさせていただきます。では、そろそろ…私はこの辺で失礼します。」
リーは静かに席を立ち、ゆっくりと去って行くのをサラはリーの姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。
少林寺に着いてから何時間経っただろうか…日が暮れる前に下山しなければならないのをサラとクルー達は思い出し、
ロウエン老師に数日の取材の約束を取り付け、下山して街に戻った。
ホテルに戻ったサラ達は、食事をしながら今後の打ち合わせをしている。
「なぁ…サラ、こんな事は本当は言いたくないんだが…」
クルーの一人が口を開いた。
「俺達はもう何年も一緒に仕事してるし、それなりに人を見る目だってある。サラとずっとやってきたよな?」
「ええ、そうね…何?どうしたの?」
「さっきのリーの事なんだが…お前があんなに説得するのがわからないんだ…つまり、俺達が探してるファイターではないと思うんだが…どうみても彼はライト級クラスの身体だし…今度の俺達の企画の異種格闘技トーナメントは無差別だから、関係ないかも知れないが…いい闘いになるとは思えないんだ。」
「彼を見て…何も感じなかったの?」
「それなりのものは感じたさ…だが、別に特別なものは感じなかった。結果は見えてる。俺達はまだ他の選手の取材もあるんだ…断られたんだし、もう用はないだろ?数日の取材交渉してたが、無意味な取材に経費は割けないよ…帰ろう。」
「結果なんて誰にもわからないわ!…あなたは何も感じなかったかも知れないけど、あたしは確かに感じた!彼の計り知れないパワーを!」
「落ち着け、それはわかったけど…断られたんだぞ?これ以上ここにいて何がしたいんだ?」
「彼を取材したい…何かはわからないけど、彼には何かあるわ…不思議な感じ…うまく言えないけど。」
「それは君の個人的な意見だ。世界にはまだまだ知らない事はたくさんあるし、そんなめずらしい事でもないだろ…出場を断られた以上、もうここにいる理由はない。他にもやる事沢山残ってるだろう…。」
少しの沈黙の後、覚悟を決めた顔でサラが口を開いた。
「わかったわ…あなた達は戻って仕事して。あたし一人でやる…迷惑はかけないわ。」
「やっぱりな…お前がそうやって勝手な事言うだけで、こっちにはもう迷惑かかってんのをいい加減わかってくれ!とばっちりはごめんだから、上にはありのまま報告させて貰うからな!」
そう言い放って、クルー達は出て行った。
サラは気になった事はとことん調べないと気が済まない。
その為に今まで同じようにしてきたが、後悔した事はなかった。
仕事で言えば失敗でしかない事も多々あった。
今回もそうかも知れないが、なんの迷いもなく単独取材の準備を進めた。