四
誰が誰を殺したか、なんていうのはもう公然の秘密だった。必要なものの取捨選択が行われ、それを誰も口には出さない。学校に通っていれば俺も殺されただろうが、その点では俺も賢い選択をしたと思う。不穏の臭いを嗅ぎ取ったとき、すでに学校には行かなくなっていたのだ。今学校はどうなっているのだろう?久方ぶりに行ってみてもいいかもしれない。でもやっぱ怖いなーどうしようかなー
結局行くことに決めた。変身するみたいに着ぐるみに着替えると、少々重い足取りで、玄関から外へ出た。
道行く人々はどこかギスギスしていた。殺気だっている。対面すれば互いに刺殺し合うようなくらいピンと空気が張り詰めていた。そしてライターかマッチで火を付ければ爆発してしまいそうなほどに火花が散っている。そんな気がした。
通いなれた通学路を通って、学校の前に辿りついた。授業中なのか異様に静かだった。昇降口から入り、下駄箱を経て教室へと向かう。授業中にしても静かすぎない?それぐらい廊下は静かで足音がよく響いた。
教室の扉に手をかけた時、尋常ならざる気配を感じた。あの時向けられた殺気と同種のものだった。扉の内側から着ぐるみが襲いかかってきた。飛び退く。手にはナイフ。そのまま脱兎のごとく逃げ出す。足がもつれて転びそうになったが、気合いで何とか体制を立て直して、出口まで一直線に走る。
すると、次々と教室のドアが開き、そこから2,3人ずつ俺をめがけて全力疾走してくる。何人かは殺し合いをはじめたようだ。それでも俺に向かってくる人数はほとんど減らない。
何とかして出口の昇降口に辿りついたが待ち伏せしていた何人かの着ぐるみに囲まれる。完全にピンチだった。だが着ぐるみたちは俺に向かってこようとはせず、フっと憑き物が落ちたかのようにその場に倒れていった。俺はその着ぐるみたちをヒョイと跨いでダッシュで逃げた。息切れはあまりしなくなっていた。低酸素運動の成果だろうか?
もう追手はないことを確認すると、公園のベンチに座り一息ついた。途中自販機で買ったコーラを飲む。自販機にはコーラが辛うじて一本売っていただけだったがそんなに売れ行きがいいのだろうか?みんな暑いから飲み物が欲しくなるのだろう。
そのままベンチに座ってボーっと日が暮れるまで過ごす。西日が照りつけて暑くなって汗をかく。このごろ代謝がいいようだった。
公園のトイレの前で複数人の男たちが諍いあっているのが見えた。
「お兄ちゃん、あんまウチのこと舐めっとたらあきまへんど」
男は何も言わない。
「せやからここ使うんやったら払うもん払ってもらわんとあかんのや」
893だろうか。その男たちも着ぐるみを着ていた。絡んでるほうはウサギ、絡まれてるほうはネコの着ぐるみを着ていた。
「ほな、頼みますわ」
と絡んでいるウサギが言うと、後ろに控えていた長身の黒ウサギが懐から拳銃をとりだし、そのまま猫の着ぐるみを撃った。銃声が響く。
猫の着ぐるみはその場に倒れ、動かなくなっていた。
「そっちの兄ちゃんもあんま悪いことしとったらあかんでぇ」
と言い残してそのまま立ち去った。
地面に倒れている死体を見遣る。血液が着ぐるみに放射状に広がり染みこんでいる。するとトイレの入り口からTシャツの男が事態をすべて察したかのように落ち着きはらって、死体の前に歩み出た。
「ようやく死んでくれたか」
口元に笑みを浮かべ、朴訥とした声で言った。
「こうでもしないとマジでやばかったよマジで」
日本語下手だな。
「あ、あんたこいつの死ぬまでの一部始終見てたみたいだけどどだった?やっぱ抵抗とかしたの?にしてもあいらも馬鹿だよなー。完全に俺だと思い込んでやんの。ぷぷぷ」
「お兄さんなに?この人にいろんなこと押し付けちゃったの?そりゃいかんでしょ」
「だってこんな奴死んだってかまわねーもん。カーストの最下位。みんな死んで欲しいって思ってたよ。だからせめていらねーもん全部持ってって貰ったって訳。どう?頭イイっしょ、俺」
んじゃねーと男は言うと倒れている着ぐるみの顔に一発蹴りを入れて口笛を吹きながらこの場を立ち去った。蹴られたことで着ぐるみの頭部が少しズレて隙間から少しだけ顔をのぞかせる。全容は見えなかったが、その顔に醜さは感じられなかった。
「お前さー誰かに何か責任被せようとか思ってない?例えば親父さんとか」
「は?何言ってんの?私は被害者だよ。そんな言い方ってなくない?」
「だよな。んな訳ないよな。ごめん許して」
「ちょっと私イラついてんだけど。生理来なくなったのにコレだよ。酷くない」
「それよりさーそれいつ生まれンの?来月?再来月?来年?」
「来年」
「マジで」
「嘘に決まってんじゃん」
「元気な男の子ですよ」
「まだわかんないよ」
「きっと男だよ。きっとたぶん絶対」
「どれだよ」
「絶対」