三
恐怖は伝播する。佐伯が教室の扉をガラッと開いて一歩足を踏み入れた時、教室内は笑いの渦に包まれた。奴も俺と同じく着ぐるみを着ていたのだ。
「なんだよ、それ。お前もおかしくなっちまったの?笑いとるためにそこまですることないじゃん」なんてグループの一人が問いただした時だって巧妙に着ぐるみについての明言は避けていた。数日後、問いただしたそいつが血を流して倒れていた。そもそも着ぐるみの中身が佐伯であるだなんてどうしてわかったんだろう?佐伯の席に座ったからだろうか。全然別の奴であった可能性だって十分にあるのに。
それから感染病のように学校内で着ぐるみを着る奴らが出てくるようになった。まずは佐伯のグループのA,B,C。全員同一のキャラクターの色違いの着ぐるみを着ていた。赤、緑、黄色。五人揃ってゴレンジャー。それから、佐々木、鈴木。佐藤のグループ。約三日にして教室は夢の国になった。無論、担当教諭は注意した。しかし、犯人の特定できない気の狂ったような殺人が横行している今、誰もが強く口を出すことはできなかった。四日目には担当教諭の館山も着ぐるみを着ていた。
一週間にして街は着ぐるみだらけになった。神は一週間で世界を作ったなんていうけど連続殺人事件の犯人は一カ月で夢の世界をつくりあげてしまった。ローマは一日にしてならず。
人々は着ぐるみによって区別し、特定の印を持つことによって個人を特定するようになった。
「田辺さんでしょうか?」
「いいえ、それはトムです」
なんて言うやり取りも日常茶飯事だったし
「黄色、マジうざい」
「やっぱ時代は青だよねー」
なんてことにも。
人々は自分の繋がれている鎖を自慢しあっているのだ。
「すごくない?ブームになってんじゃん」
「そんなお前は何で着ないの?」
「無理、暑苦しい」
「そう言えばさ、中学ン時堕胎したってマジ?」
「中学?知らないけど?」
「んじゃああの噂ってなによ」
「噂って何?」
「お前が中学の時虐待されて堕胎して駆け落ちしたとか言うの」
「駆け落ち?あるわけないじゃん」
「じゃあ虐待と堕胎は本当なのかよ」
「それもない。あ、虐待はされてたか」
あーでも、と彼女は言う。
「妊娠して学校来なくなった娘はいたね。確か」
「じゃあそれかもな」
彼女の腹は順調に膨らんでいったし着ぐるみの数は順調に増えていった。
彼女と別れて帰路に就く。するとなにやら殺気みたいなものを感じる。あーこれはやばい。と、ダッシュしようとするもすぐに息が切れ切れになる。相手だって同じだろうと踏んでいたら、そうでもないらしい。殺気はすでに形を成していた。手にナイフだか包丁だかが握られていたってことだよ!
すると誰かが目の前に立ちふさがり、仁王立ちになって勢い身代りになってくれた。犯人は我に返ったのかそのままダッシュで逃げだす。速いなおい。
俺は助けてくれた人に駆け寄る。この人も着ぐるみを着ていた。繊維に血液が染み込んで生々しい。着ぐるみを身に付けたままこっちを向く。そのままGJのサインを手で示すとぐったりと意識を失った。俺はすぐさま119番する。何故この人が俺のことを助けてくれたのかわからない。助けてくれた人の顔だってわからない。意識を失っているのをいいことに頭部を剥いでこの人の顔を拝むのは失礼だろうか?それにしても拝むという表現はなんだか不謹慎だった。
助けてくれた――せめてキャラ名は挙げよう――グー○ィーの着ぐるみの人に付き添って病院に行った後、警察で取り調べを受けた。
「で、その帰りに襲われた、と」と強面警官
「そうなんです、それであの方が助けて下さったんです。何故かはわかりませんが」とせめて頭の部分だけはとって事情を説明する。あたりまえだけど。
「で、なんか犯人の特徴とかは?」
「そうですねーみっ○ぃーの着ぐるみ着てました。あとかなり殺気だってました」
「なんか最近恨まれるようなことでもした?」
「当てはまることが多すぎるので何とも」
「んじゃあ思い当たる節は?」
「ありません」
「どいつもこいつもこんなもん着やがって」
「みんな怖いんですよ」
「とっとと捕まえない警察が悪いってか。ケッ」
「そんなこと言ってませんよ。さっさと捕まえて欲しいのは確かですが。じゃないとあの人みたいに俺なんかの代わりに刺されなきゃならない人が出てくる。それに刺されるものが凶器だけとは限りませんよ」
「下ネタか。ケッ」
そんな調子で取り調べが終わり、自宅に帰される。両親が警察署まで迎えにきていた。そういえば高校生って設定だった。
「いつまでもそんなもの着てちゃだめだよ、最近臭うし」と母。
「知ってるでしょ、刺されてんだよ人が。怖いよママン」
「だったらせめて洗濯しろクソガキ」と父。
自宅に到着して着ぐるみを脱いで着ぐるみにファブリーズを振りかける。そしてそのままベッドにイン。流石に疲れた。今日は土曜日で明日も休みだから助かった。あの人は無事だろうか?俺なんかのために犠牲にしちゃいけない命だと思う。あの人にだって人生があって家族が居て幸福も不幸も日々感じてて……。
それとも、ヒロイズムに酔ってしまったんだろうか。今日まで幸福とは言えないような人生を送ってきて、都合良く誰かを助けたくてそんで都合悪く刺されてしまったんだろうか。
考えても仕方のないことだし、そのまま意識をフェードアウトした。
「みんながみんなやるべきことをすれば幸せになれる。わけないよね」
「でもやらなきゃならないことはあるし、それをやんないと当たり前の権利すら貰えないんだよ。そんなん嫌じゃん」
「それが個人の幸福まで面倒みてくれるとは限んないじゃん。なのに仕事ばっか押し付けてさ理不尽じゃん。納得いかない」
「所詮人間なんて平等じゃないってことだよね。社会の上では」
巨大なピラミッドが建設されてるような気がした。赤、青、黄色、黒、白。夢の国ではこれらの原色をカーストの格付けに用いているようであった。赤は天才。青は秀才。黄色は凡人。黒は劣等。白は変人。
では原色で無い色はどうするのか。それはそれぞれ目印になるものが原色であればいいようであった。そう思う人間がその色を身につければいいのである。基準なんてあってないようなものだった。ただ祭り上げられた人間もいれば、都合良く押し付けられた人間もいた。つまるところ代えがきけば誰でもいいのである。
連続殺人事件はまだまだ収まる気配を見せず、むしろ夢の国が建国されたことによって拡散されているように思えた。そしてカーストの誕生によって無用な殺戮が繰り返されているようだった。
「これはもう事件ではなく現象なんですよ」
「あいつは馬鹿だから」
「マジでウザいしキモイし、みんなもこいつ殺ってもいいと思うよね?」
いいともー