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追放された悪役令嬢は真実を暴いたあと、辺境で優雅に暮らすはずだった

作者: たっくん
掲載日:2026/05/11

「セシリア・ヴァレンシュタイン!」


 王宮の大広間へ、鋭い声が響き渡った。


 豪華なシャンデリア。


 並ぶ貴族達。


 そして、その中心。



「お前との婚約を破棄する!!」



 第一王子レオルドが、高らかに宣言する。


 その隣には、一人の少女。


 淡い桃色の髪を揺らしながら、怯えたように王子へ寄り添っていた。


 平民出身の聖女、エミリア。



「……」


 セシリア・ヴァレンシュタインは、静かに目を伏せた。



 分かっていた。


 最近の王子は、ずっと彼女に夢中だったから。



「セシリア!」


 レオルド王子は、怒りを露わに叫ぶ。



「お前はこれまで何度もエミリアを虐げてきた!」


「陰湿な嫌がらせ!」


「度重なる暴言!」


「さらには聖女の儀式妨害まで企てた!!」



 周囲の貴族達がざわめく。


 だが。


 誰もセシリアを庇わない。



 公爵令嬢セシリア。


 美しく、優秀で、完璧。


 だからこそ。


 彼女は、ずっと“冷たい悪役令嬢”として恐れられていた。



「……何か言い訳はあるか?」


 レオルド王子が見下ろす。



 セシリアは、ゆっくり顔を上げた。


 長い銀髪。


 透き通るような蒼い瞳。


 どこまでも美しい。


 それなのに。


 その表情は、どこか静かだった。



「……ございません」



 空気が止まる。



「なっ……?」


 レオルド王子が目を見開く。



「認めるのか!?」



 セシリアは、小さく微笑んだ。



「王太子殿下がお決めになった事です」


「わたくしに異論などありません」



 その瞬間。


 エミリアが、勝ち誇ったように笑った。


 ほんの一瞬だけ。


 誰にも見えない角度で。



 だが。


 セシリアだけは、その笑みを見ていた。



(……やはり)



 心の中で、小さく息を吐く。



 ――間に合わなかった。



 レオルド王子は、もう完全にエミリアを信じ切っている。


 今ここで何を言っても無駄だろう。



 だから。


 セシリアは、何も言わなかった。



「セシリア・ヴァレンシュタイン!」


 王子が、最後通告のように叫ぶ。



「お前を王都より追放する!!」



 静寂。



 セシリアは、ゆっくり頭を下げた。



「……承知致しました」



 そのまま。


 踵を返す。



 誰も引き止めない。


 誰も声を掛けない。



 ただ一人。


 レオルド王子だけが、ほんの少しだけ眉をひそめていた。



「……待て」



 思わず漏れたような声。



 セシリアの足が止まる。



 だが。


 振り返らない。



「……なんでもない」



 その言葉を最後に。


 セシリアは、静かに王宮を後にした。





 ――その夜。



 王都外れ。


 小さな宿屋。



 窓際へ座ったセシリアは、静かに紅茶を口へ運んでいた。



 カチャ。



 静かな音だけが響く。



「……お嬢様」



 背後から、低い声。



 黒衣の男が、静かに跪いていた。


 ヴァレンシュタイン公爵家直属の諜報員。


 クロウ。



「例の件、確証が取れました」



 セシリアは、ゆっくり目を閉じる。



「……そう」



 やはり。


 予想通りだった。



「聖女エミリアは、他国と繋がっています」


「現在、王都内で複数の資金流出を確認」


「騎士団内部にも協力者が存在します」



 静かな報告。



 だが。


 一つ一つが、この国を揺るがす内容だった。



「……レオルド様は?」



「完全に聖女側へ取り込まれています」



 セシリアは、静かに紅茶へ視線を落とした。



「……そう」



 小さな声だった。



 クロウが、僅かに眉を寄せる。



「お嬢様」


「まだ間に合います」


「今なら真実を公表し――」



「駄目よ」



 セシリアは、静かに遮った。



「証拠が足りないわ」


「今の状態で動けば、“悪役令嬢の最後の悪あがき”で終わるだけ」



「ですが――」



「……それに」



 セシリアは、窓の外を見つめた。



 遠く。


 王城の灯りが見える。



「レオルド様は……本当にお優しい方なの」



 クロウが、目を見開く。



「お嬢様」



「だからこそ、騙されてしまった」



 その声は。


 どこまでも静かで。


 どこまでも優しかった。



「……わたくしは」



 セシリアが、小さく微笑む。



「最後まで、あの方をお守りしたいの」



 セシリアが王都を追放されてから、一ヶ月後。



 王城は、静かに蝕まれていた。



「また金が消えた……!?」


「西部騎士団の補給物資もだ!」


「誰が情報を漏らしている!?」



 会議室では、怒号が飛び交っていた。



 レオルド王子は、疲れ切った表情で頭を抱える。


 以前のような余裕は、もう無かった。



「エミリア……」



 唯一の救い。


 そう信じて、彼は隣の聖女へ視線を向ける。



 エミリアは、優しく微笑んだ。



「大丈夫です♡」


「きっと全部、セシリア様の嫌がらせですよぉ」



「……セシリアが?」



「だってあの人、昔からわたしを嫌ってましたし♡」



 レオルドは、静かに目を伏せた。



 最近。


 ずっと胸の奥が、ざわついている。



 セシリアは、本当にあんな事をする人間だったのか。



 ふと。


 思い出す。



『レオルド様は……本当にお優しい方なの』



 幼い頃。


 庭園で泣いていた自分へ、彼女はそう言って笑ってくれた。



 誰より厳しく。


 誰より冷たく見えて。



 それでも。


 セシリアはいつも、自分を支えてくれていた。



「……っ」



 その時だった。



 バンッ!!



 会議室の扉が、勢いよく開かれる。



「殿下!!」


 騎士団長が飛び込んできた。



「大変です!!」


「南部要塞の機密情報が、帝国側へ流出しています!!」



「なっ……!?」



「さらに王城地下より、大量の横流し資金も発見されました!」



 空気が凍る。



 その瞬間。


 エミリアの表情が、一瞬だけ固まった。



 レオルドは、それを見逃さなかった。



「……エミリア?」



「えっ?」


 聖女は、すぐに笑顔を作る。



「き、きっとセシリア様ですぅ!」



「……そうか」



 だが。


 レオルドの中で。


 初めて、“疑念”が生まれた。





 同時刻。



 王都外れの古い屋敷。



「……ここまで来たか」



 セシリアは、静かに書類へ目を落としていた。


 机の上には、大量の証拠。



 裏帳簿。


 密輸記録。


 帝国との通信文。



 そして。



「聖女エミリア……」



 彼女自身の署名。



 クロウが低い声で告げる。



「全て揃いました」


「王家内部の裏切り者も、既に拘束済みです」



 セシリアは、小さく目を閉じた。



「……そう」



 長かった。


 本当に。



 だが。


 これで終わる。



「お嬢様」


 クロウが静かに尋ねる。



「……本当に、姿を隠したまま真実を公表するのですか?」



「今なら全て取り戻せます」


「名誉も、地位も――」



「必要ないわ」



 セシリアは、静かに微笑んだ。



「わたくしが欲しかったものは、最初から一つだけだったもの」



 クロウは、何も言えなかった。



 セシリアは、窓の外を見る。



 遠く。


 王城の灯り。



「……どうか」



 小さな声。



「レオルド様が、無事でありますように」



 その夜。



 王城中へ、無数の書類が届けられた。



 差出人不明。



 だが。


 そこに記されていたのは――



 聖女エミリアによる国家反逆の証拠。


 王国資金横領。


 帝国との内通。


 騎士団情報流出。



 そして。



 最後の一枚。



『どうか、この国をお守りください』



 その文字を見た瞬間。



 レオルドの手が、震えた。



「……セシリア」



 彼は、ようやく理解する。



 自分が。


 何を失ったのかを。




聖女エミリアは拘束された。



 国家反逆罪。


 王国資金横領。


 帝国との内通。



 王都は、大混乱へ包まれていた。



「まさか聖女様が……」


「全部、悪役令嬢の仕業じゃなかったのか……?」


「セシリア様は、冤罪だった……?」



 人々の声が、少しずつ変わっていく。



 だが。


 セシリア・ヴァレンシュタインは、もう王都には居なかった。





 辺境。



 小さな屋敷。


 窓の外では、静かな風が花を揺らしている。



 セシリアは、一人。


 ゆっくり紅茶を口へ運んでいた。



 カチャ。



 静かな音だけが響く。



「……終わったのね」



 もう王都へ戻る事はない。


 悪役令嬢の汚名も、そのままでいい。



 それでも。


 レオルドが無事なら、それで良かった。



「……ふふ」



 小さく笑う。


 だが。


 その笑顔は、どこか寂しかった。



 ぽつり。



 紅茶へ、小さな雫が落ちる。



「……わたくしは、本当に」



 震える声。



「レオルド様のことが、好きだったのね……」



 その時だった。



 コンコン。



 静かなノック音。



 セシリアが、ゆっくり顔を上げる。



「……?」



 この屋敷を知る人間など、ほとんど居ない。



 クロウかしら。


 そう思いながら、扉へ近づく。



 そして。



 扉を開いた瞬間。



 セシリアの瞳が、大きく揺れた。



「……レオルド、様……?」



 そこに立っていたのは。


 居るはずのない人だった。



 以前より少し痩せた顔。


 疲れた瞳。


 それでも。


 彼は真っ直ぐセシリアを見ていた。



「……どうして」



 震える声。



 レオルドは、静かに笑った。


 どこか、泣きそうな笑顔だった。



「全部捨ててきた……君のために」



 セシリアの息が止まる。



「……え」



「王族も」


「地位も」


「王太子の座も」



 レオルドは、ゆっくり言葉を続けた。



「全部、捨てた」



「今更だって分かってる」


「許されない事をしたとも思ってる」



 彼の声は、少し震えていた。



「……それでも」



 一歩。


 彼が近づく。



「君の居ない人生だけは、嫌だった」



 その瞬間。



 セシリアの手から、カップが滑り落ちた。



 カシャン。



 綺麗な音が響く。



 言葉が出ない。



 ただ。


止まりかけていた時間が、そして足が、静かに、ゆっくり動き始めた。

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