追放された悪役令嬢は真実を暴いたあと、辺境で優雅に暮らすはずだった
「セシリア・ヴァレンシュタイン!」
王宮の大広間へ、鋭い声が響き渡った。
豪華なシャンデリア。
並ぶ貴族達。
そして、その中心。
◇
「お前との婚約を破棄する!!」
◇
第一王子レオルドが、高らかに宣言する。
その隣には、一人の少女。
淡い桃色の髪を揺らしながら、怯えたように王子へ寄り添っていた。
平民出身の聖女、エミリア。
◇
「……」
セシリア・ヴァレンシュタインは、静かに目を伏せた。
◇
分かっていた。
最近の王子は、ずっと彼女に夢中だったから。
◇
「セシリア!」
レオルド王子は、怒りを露わに叫ぶ。
◇
「お前はこれまで何度もエミリアを虐げてきた!」
「陰湿な嫌がらせ!」
「度重なる暴言!」
「さらには聖女の儀式妨害まで企てた!!」
◇
周囲の貴族達がざわめく。
だが。
誰もセシリアを庇わない。
◇
公爵令嬢セシリア。
美しく、優秀で、完璧。
だからこそ。
彼女は、ずっと“冷たい悪役令嬢”として恐れられていた。
◇
「……何か言い訳はあるか?」
レオルド王子が見下ろす。
◇
セシリアは、ゆっくり顔を上げた。
長い銀髪。
透き通るような蒼い瞳。
どこまでも美しい。
それなのに。
その表情は、どこか静かだった。
◇
「……ございません」
◇
空気が止まる。
◇
「なっ……?」
レオルド王子が目を見開く。
◇
「認めるのか!?」
◇
セシリアは、小さく微笑んだ。
◇
「王太子殿下がお決めになった事です」
「わたくしに異論などありません」
◇
その瞬間。
エミリアが、勝ち誇ったように笑った。
ほんの一瞬だけ。
誰にも見えない角度で。
◇
だが。
セシリアだけは、その笑みを見ていた。
◇
(……やはり)
◇
心の中で、小さく息を吐く。
◇
――間に合わなかった。
◇
レオルド王子は、もう完全にエミリアを信じ切っている。
今ここで何を言っても無駄だろう。
◇
だから。
セシリアは、何も言わなかった。
◇
「セシリア・ヴァレンシュタイン!」
王子が、最後通告のように叫ぶ。
◇
「お前を王都より追放する!!」
◇
静寂。
◇
セシリアは、ゆっくり頭を下げた。
◇
「……承知致しました」
◇
そのまま。
踵を返す。
◇
誰も引き止めない。
誰も声を掛けない。
◇
ただ一人。
レオルド王子だけが、ほんの少しだけ眉をひそめていた。
◇
「……待て」
◇
思わず漏れたような声。
◇
セシリアの足が止まる。
◇
だが。
振り返らない。
◇
「……なんでもない」
◇
その言葉を最後に。
セシリアは、静かに王宮を後にした。
◇
◇
◇
――その夜。
◇
王都外れ。
小さな宿屋。
◇
窓際へ座ったセシリアは、静かに紅茶を口へ運んでいた。
◇
カチャ。
◇
静かな音だけが響く。
◇
「……お嬢様」
◇
背後から、低い声。
◇
黒衣の男が、静かに跪いていた。
ヴァレンシュタイン公爵家直属の諜報員。
クロウ。
◇
「例の件、確証が取れました」
◇
セシリアは、ゆっくり目を閉じる。
◇
「……そう」
◇
やはり。
予想通りだった。
◇
「聖女エミリアは、他国と繋がっています」
「現在、王都内で複数の資金流出を確認」
「騎士団内部にも協力者が存在します」
◇
静かな報告。
◇
だが。
一つ一つが、この国を揺るがす内容だった。
◇
「……レオルド様は?」
◇
「完全に聖女側へ取り込まれています」
◇
セシリアは、静かに紅茶へ視線を落とした。
◇
「……そう」
◇
小さな声だった。
◇
クロウが、僅かに眉を寄せる。
◇
「お嬢様」
「まだ間に合います」
「今なら真実を公表し――」
◇
「駄目よ」
◇
セシリアは、静かに遮った。
◇
「証拠が足りないわ」
「今の状態で動けば、“悪役令嬢の最後の悪あがき”で終わるだけ」
◇
「ですが――」
◇
「……それに」
◇
セシリアは、窓の外を見つめた。
◇
遠く。
王城の灯りが見える。
◇
「レオルド様は……本当にお優しい方なの」
◇
クロウが、目を見開く。
◇
「お嬢様」
◇
「だからこそ、騙されてしまった」
◇
その声は。
どこまでも静かで。
どこまでも優しかった。
◇
「……わたくしは」
◇
セシリアが、小さく微笑む。
◇
「最後まで、あの方をお守りしたいの」
◇
セシリアが王都を追放されてから、一ヶ月後。
◇
王城は、静かに蝕まれていた。
◇
「また金が消えた……!?」
「西部騎士団の補給物資もだ!」
「誰が情報を漏らしている!?」
◇
会議室では、怒号が飛び交っていた。
◇
レオルド王子は、疲れ切った表情で頭を抱える。
以前のような余裕は、もう無かった。
◇
「エミリア……」
◇
唯一の救い。
そう信じて、彼は隣の聖女へ視線を向ける。
◇
エミリアは、優しく微笑んだ。
◇
「大丈夫です♡」
「きっと全部、セシリア様の嫌がらせですよぉ」
◇
「……セシリアが?」
◇
「だってあの人、昔からわたしを嫌ってましたし♡」
◇
レオルドは、静かに目を伏せた。
◇
最近。
ずっと胸の奥が、ざわついている。
◇
セシリアは、本当にあんな事をする人間だったのか。
◇
ふと。
思い出す。
◇
『レオルド様は……本当にお優しい方なの』
◇
幼い頃。
庭園で泣いていた自分へ、彼女はそう言って笑ってくれた。
◇
誰より厳しく。
誰より冷たく見えて。
◇
それでも。
セシリアはいつも、自分を支えてくれていた。
◇
「……っ」
◇
その時だった。
◇
バンッ!!
◇
会議室の扉が、勢いよく開かれる。
◇
「殿下!!」
騎士団長が飛び込んできた。
◇
「大変です!!」
「南部要塞の機密情報が、帝国側へ流出しています!!」
◇
「なっ……!?」
◇
「さらに王城地下より、大量の横流し資金も発見されました!」
◇
空気が凍る。
◇
その瞬間。
エミリアの表情が、一瞬だけ固まった。
◇
レオルドは、それを見逃さなかった。
◇
「……エミリア?」
◇
「えっ?」
聖女は、すぐに笑顔を作る。
◇
「き、きっとセシリア様ですぅ!」
◇
「……そうか」
◇
だが。
レオルドの中で。
初めて、“疑念”が生まれた。
◇
◇
◇
同時刻。
◇
王都外れの古い屋敷。
◇
「……ここまで来たか」
◇
セシリアは、静かに書類へ目を落としていた。
机の上には、大量の証拠。
◇
裏帳簿。
密輸記録。
帝国との通信文。
◇
そして。
◇
「聖女エミリア……」
◇
彼女自身の署名。
◇
クロウが低い声で告げる。
◇
「全て揃いました」
「王家内部の裏切り者も、既に拘束済みです」
◇
セシリアは、小さく目を閉じた。
◇
「……そう」
◇
長かった。
本当に。
◇
だが。
これで終わる。
◇
「お嬢様」
クロウが静かに尋ねる。
◇
「……本当に、姿を隠したまま真実を公表するのですか?」
◇
「今なら全て取り戻せます」
「名誉も、地位も――」
◇
「必要ないわ」
◇
セシリアは、静かに微笑んだ。
◇
「わたくしが欲しかったものは、最初から一つだけだったもの」
◇
クロウは、何も言えなかった。
◇
セシリアは、窓の外を見る。
◇
遠く。
王城の灯り。
◇
「……どうか」
◇
小さな声。
◇
「レオルド様が、無事でありますように」
◇
その夜。
◇
王城中へ、無数の書類が届けられた。
◇
差出人不明。
◇
だが。
そこに記されていたのは――
◇
聖女エミリアによる国家反逆の証拠。
王国資金横領。
帝国との内通。
騎士団情報流出。
◇
そして。
◇
最後の一枚。
◇
『どうか、この国をお守りください』
◇
その文字を見た瞬間。
◇
レオルドの手が、震えた。
◇
「……セシリア」
◇
彼は、ようやく理解する。
◇
自分が。
何を失ったのかを。
聖女エミリアは拘束された。
◇
国家反逆罪。
王国資金横領。
帝国との内通。
◇
王都は、大混乱へ包まれていた。
◇
「まさか聖女様が……」
「全部、悪役令嬢の仕業じゃなかったのか……?」
「セシリア様は、冤罪だった……?」
◇
人々の声が、少しずつ変わっていく。
◇
だが。
セシリア・ヴァレンシュタインは、もう王都には居なかった。
◇
◇
◇
辺境。
◇
小さな屋敷。
窓の外では、静かな風が花を揺らしている。
◇
セシリアは、一人。
ゆっくり紅茶を口へ運んでいた。
◇
カチャ。
◇
静かな音だけが響く。
◇
「……終わったのね」
◇
もう王都へ戻る事はない。
悪役令嬢の汚名も、そのままでいい。
◇
それでも。
レオルドが無事なら、それで良かった。
◇
「……ふふ」
◇
小さく笑う。
だが。
その笑顔は、どこか寂しかった。
◇
ぽつり。
◇
紅茶へ、小さな雫が落ちる。
◇
「……わたくしは、本当に」
◇
震える声。
◇
「レオルド様のことが、好きだったのね……」
◇
その時だった。
◇
コンコン。
◇
静かなノック音。
◇
セシリアが、ゆっくり顔を上げる。
◇
「……?」
◇
この屋敷を知る人間など、ほとんど居ない。
◇
クロウかしら。
そう思いながら、扉へ近づく。
◇
そして。
◇
扉を開いた瞬間。
◇
セシリアの瞳が、大きく揺れた。
◇
「……レオルド、様……?」
◇
そこに立っていたのは。
居るはずのない人だった。
◇
以前より少し痩せた顔。
疲れた瞳。
それでも。
彼は真っ直ぐセシリアを見ていた。
◇
「……どうして」
◇
震える声。
◇
レオルドは、静かに笑った。
どこか、泣きそうな笑顔だった。
◇
「全部捨ててきた……君のために」
◇
セシリアの息が止まる。
◇
「……え」
◇
「王族も」
「地位も」
「王太子の座も」
◇
レオルドは、ゆっくり言葉を続けた。
◇
「全部、捨てた」
◇
「今更だって分かってる」
「許されない事をしたとも思ってる」
◇
彼の声は、少し震えていた。
◇
「……それでも」
◇
一歩。
彼が近づく。
◇
「君の居ない人生だけは、嫌だった」
◇
その瞬間。
◇
セシリアの手から、カップが滑り落ちた。
◇
カシャン。
◇
綺麗な音が響く。
◇
言葉が出ない。
◇
ただ。
止まりかけていた時間が、そして足が、静かに、ゆっくり動き始めた。




