秘密の稽古と舞台裏のキス
ルーヴル学園の講堂は、夜でも煌めいていた。
シャンデリアの灯が雪の結晶を反射し、
金糸で縁取られた赤いカーテンが、まるで劇場そのもののように揺れている。
──明日は、学園最大の行事「クリスマスパーティー」。
氷と炎の令嬢と王子が、共に進行を務める予定だった。
「……これが、明日の台本ですわね」
エミリア・セーブルクは一枚の紙を両手で持ち、落ち着かない様子でページをめくった。
白銀の髪が肩に流れ、青い宝石の瞳がちらりと隣を見る。
「ええ、でも少し改訂しました」
セイント・ルクス・トリスミスタンが、悪戯っぽく微笑む。
「最後の“愛の誓い”のくだり、少し演出を強めました」
「えっ……なにを、勝手に!」
「演出ですよ。王子が王妃の手を取って誓う場面を、少し現実味を出したくて」
「現実味って……!」
「僕たち、現実でも婚約者ですから。説得力は抜群でしょう?」
「~~っ! だからそういうことを……!」
エミリアの頬が見る見るうちに赤くなる。
その色が夜の魔法灯に照らされて、まるで淡い冬の灯のようだった。
彼女が台本を抱えたまま立ち上がる。
「……とにかく、形式的に確認するだけですわ。感情は抜きで」
「了解しました。では、“形式的に”いきましょうか」
セイントが一歩近づく。
エミリアが反射的に後ずさる。
距離を詰めるたび、足元の大理石が薄く凍っていく。
「……あの、殿下。少し、距離が近いです」
「これは演出です」
「その言葉、便利すぎますわ!」
「便利ではなく、真実です。僕が貴女を想うのは演技ではないので」
「……もう、知りませんっ!」
そう言いながらも、彼女の声はかすかに震えていた。
指先が触れる距離。台本が小さく落ちる。
セイントの瞳が静かに細まった。
「“王は、氷の姫君に永遠の忠誠を誓った”」
彼が低く台詞を呟く。
その声が、心臓の鼓動に直接響くようだった。
「……続き、ですわね」
「“王妃は答えた――その想い、受け止めます”」
「……っ」
彼女が唇を開いた瞬間――
廊下からバタバタと駆け寄る足音が聞こえた。
「会長、殿下! 会場の飾り付けが──ひゃっ!?」
扉が開き、ガレスが凍りついた。
二人の距離は、あと数センチ。
「……ガレス」
「……ガレスくん」
「すっ、すみませんでしたあああああ!」
彼が全速力で去っていったあと、講堂には静寂が戻った。
凍った空気の中、セイントがゆっくりと笑う。
「……本当に、いいタイミングで現れますね」
「ええ。毎回、奇跡的に」
「続きは、また後でしましょうか。今度は“観客”がいない場所で」
「っ……な、何を言ってるんですの!?」
「リハーサルの話ですよ、会長」
「……ほんとうに、あなたという方は……」
エミリアは視線を逸らしながら、小さくため息をついた。
でもその横顔は、ほんの少しだけ柔らかい。
「明日、頑張りましょう。婚約者として、恥をかかないように」
「ええ。貴女の隣でなら、どんな舞台でも誇りに思えます」
その言葉に、彼女はわずかに笑った。
外の窓には雪が舞い、講堂の灯りが反射して揺れていた。
──ルーヴル学園の夜。
誰にも知られぬ舞台裏で、氷と炎の恋が静かに幕を開けていた。




