氷嵐の裏で甘い罠を
冬の訪れとともに、ルーヴル学園では一年で最も華やかな行事が近づいていた。
──クリスマスパーティー。
貴族の子女たちが社交の礼儀と魔法の技巧を披露する、由緒正しい学園の一大イベントだ。
「今年のテーマは“氷と炎の祝宴”ですわ」
生徒会長エミリア・セーブルクが、会議用の書類を広げながら凛とした声を響かせた。
「会場装飾、演目、献立──すべて生徒会の監督下に置きます。手抜きは許しません」
「さすが会長、気合い入ってますね!」
雷属性のジーナ・ヴォルトンが元気に腕をまくる。
「装飾担当は任せて! 天井に光の雪を降らせてみせる!」
「筋肉はいりません。冷静さを保ってください」
水属性のルナ・アクアベルが淡々とツッコミを入れ、ペンを動かす。
「副会長、殿下。メインイベントの進行役はどうなさいます?」
「もちろん、会長と僕で務めますよ」
セイント・ルクス・トリスミスタン第二王子が、柔らかな笑みを浮かべた。
金糸の髪に雪の光が反射して、紅玉の瞳が淡く輝く。
「わ、わたくしが進行を? 殿下と一緒に……?」
「ええ。婚約者として当然でしょう?」
「っ……そ、それは……!」
「公の場で並ぶのが恥ずかしいのですか?」
「恥ずかしいなどとは申しませんけれど……!」
氷の結晶がぱらりと散り、机の上の花瓶がうっすらと凍る。
ガレスが顔を引きつらせた。
「で、でた……ツンデレ寒波!」
セイントは軽く笑い、紅茶を口にした。
「僕は、むしろ誇らしいですよ。あんなにも可愛い婚約者を隣に立たせられるなんて」
「~~っ! そういうことを公の場で言わないでくださいませ!」
ルナがさらさらとノートに書き込む。
「記録:会長、照れ怒り。副会長、溺愛中。温度低下3度。」
そんなやりとりの最中、扉がノックされた。
現れたのは、下級生の男子。両手に大きな箱を抱えている。
「し、失礼します、生徒会長。会場の氷彫刻の配置について、ご確認を……!」
「はい、図面を見せてください」
エミリアが立ち上がり、箱を受け取ろうとしたその瞬間――
セイントの手が、ふっと伸びて彼女の前に出た。
「会長に重い物を持たせてはいけません」
柔らかな笑みのまま、だがその声は王族特有の威厳を帯びていた。
「彼女は私の婚約者ですから」
「ひっ!? も、申し訳ありません殿下!」
下級生は真っ青になり、箱を置くと逃げるように去っていった。
扉が閉まると、室内に静けさが戻る。
「……殿下。少し、過保護が過ぎませんこと?」
「婚約者に触れようとしたら、それくらい当然でしょう」
「彼は氷彫刻係ですわ。氷に触れようとしただけです」
「氷も貴女も、僕の許可なく触らせません」
「……殿下、理屈が通っていませんわ」
「理屈より感情の方が、ずっと正直です」
「~~っ!」
エミリアの頬が一瞬で赤く染まり、周囲の温度が数度下がる。
ルナが冷静に書き留めた。
「記録:感情暴走予兆。会長、氷嵐発生率40%。」
「やばいって! また床が凍り始めてる!」
ジーナが慌てて魔力障壁を張る。
部屋の空気が白く揺れ、ほんの小さな雪片が舞った。
セイントはため息をつき、エミリアの手をそっと取る。
掌に小さな炎の光が宿り、彼女の冷気を包み込んでいく。
「……大丈夫。こうすれば、落ち着くでしょう?」
「な、なぜ……いつもそうやって……」
「だって、こうしていると貴女が安心してくれるから」
「……安心なんて、していません」
「じゃあ、今手を離してもいいですか?」
「っ……離さなくても、いいですわ」
かすかな声が零れた瞬間、炎と氷が混ざり合って、
ふたりの手の中で淡い光が弾けた。
冬の空気が優しく温まり、紅茶の香りが静かに満ちる。
「……毎回これ、天候警報出していいですかね」
ルナがノートを閉じてため息をつく。
「結果:氷嵐鎮圧。原因:嫉妬。副作用:幸福度上昇。」
「殿下……もう少し抑えてくださいませ」
「抑えるのは、魔力ですか? それとも貴女への想いですか?」
「っ……! どちらでも構いませんっ!」
凍った花瓶の氷がぱきんと割れ、光の粒となって散った。
まるで二人の恋が、冬の夜空に舞い上がっていくかのように。
──こうして、ルーヴル学園の冬はますます賑やかになる。
氷と炎の婚約者たちが、クリスマスパーティーの準備を進めるその裏で、
またひとつ、甘い騒動の予感が漂っていた。




