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8-9 逃げるのはやめた

「尻尾ぉ?」


 ダガンが発した言葉を聞いて、アステラは目を丸くする。

 イリヤの体に翼こそあれ、尻尾が生えていた覚えはない。首を傾げるアステラと、話についていけないとばかりに口を閉ざすサレを横目に、ダガンは自慢げにぺらぺらと語り始めた。

 

「俺かて昨日、無駄に斬られたわけやないぞ! あいつ多分、蛇が本性なんやろ。キレかけて蛇目になっとったし、俺の血ぃ被った瞬間、足から繋がっとる長い尻尾が一瞬見えた」


 荒事なんて得意でもないくせに、なぜ無駄にイリヤを挑発するのかと思っていたけれど、ダガンにはダガンなりの狙いがあったらしい。

 イリヤがアステラを拘束するのに使っていたのは使い魔だろうが、自分を戒めていたものはイリヤ自身の尾のはずだとダガンは声高に主張した。


「多分、尻尾の先っちょが針か刃物みたいになっとるんちゃうかな。知らんけど。わざとらしく指鳴らしたり手ぇ振ったりして意識逸らすの、手品の定番やん?」

 

 イリヤの攻撃が得体の知れない遠隔攻撃ではなく、ダガンの言う通りに実体を使った攻撃なのだとしたら、やり方次第で対処できる。

 でも、とアステラは顔を顰めた。


「イリヤが退いてくれたからいいけど、殺されてたらどうするつもりだったんだよ」

「殺したくても殺されへんて。言うたやろ? あの性悪は、俺を追っかけとるお前に惚れとるんやから」


 思いもかけない言葉に面食らう。そんなアステラの顔を見て、皮肉るようにダガンは口角を上げた。


「……可哀想、可哀想ってあの性悪悪魔は言うとったけど、本当に可哀想なんはどっちやねんって話やな。あいつからしたら俺なんざ目障りでしゃあないやろうに、俺を殺せば、あいつが欲しいお前は壊れる。今のアステラをそのまま手に入れようと思ったら、お前の心折って自分から来させるか、俺に成り代わるしか方法があれへん」


 そして後者は、プライドの高い悪魔には取れない方法だろう。

 ダガンはそう言ったけれど、アステラはそれが間違いだということを身をもって知っていた。

 今なら分かる。アステラがイリヤに記憶を弄られていたとき、イリヤはきっとダガンに成り代わろうとしていた。自分がアステラの命を助けた恩人なのだと思い込ませようとしていたはずだ。

 あまりに二者が違いすぎるものだから気付けたけれど、もしもあのまま正気に戻れず灯台で暮らし続けていたらと思うと、薄ら寒い気持ちになった。


(別に、助けてくれたからダガンが特別になったわけじゃないのに)

 

 もちろんそれだって理由のひとつではあるけれど、どんな形でもいいからダガンと縁を繋ぎたいと思うようになったのは、それだけが理由ではない。

 ダガンはアステラに歌をくれた。頭を撫でてくれた。いつだって話を聞いてくれて、頼っては頼られることが当たり前になるくらい、ダガンはアステラに『何か』を与えてくれた。

 イリヤの『好き』は、当て馬にしかなれなかったアステラの『好き』とよく似ている。好きになった相手の一面だけを見て、欲しがるばかりの独りよがりな愛。押し付けて求めるだけの、欲と紙一重の愛だ。

 今まで散々恋に破れてきた身としては、なりふり構わぬほどに好いてくれた相手に応えられないことを心苦しく思わないでもないが、刃を向けられたなら刃で応えるのが、剣士の端くれとしてのアステラに見せられる、せめてもの誠意だ。

 寝台に立てかけておいた剣を腰に佩き、アステラは力強く頷いた。

 

「見えないだけで実体があるなら、俺がなんとかする。逃げるのはやめだ」

「せやな。ちまちま材料集めるよりもずっとええ。手っ取り早く呪いの元を絶つとしよか」


 不敵に笑って、ダガンはくるりとサレに体を向けた。

 

「――そういうわけで専門家さん! どないして悪魔を追い込むのか教えてや。悪魔祓いは神職者の仕事やって言うくらいやし、何か方法あるんやろ?」

「……僕は反対だって言ってるのに。どうなっても知らないからね」


 無謀な方法をアステラたちが真剣に検討していることがよほど嫌なのか、サレは眉間に皺を寄せつつも、渋々といった様子で教えてくれた。


「基本的には狩りと同じだよ。誘き出して結界の網に閉じ込めたら、複数人で器を傷つけて弱らせる。仕上げに悪魔憑きの人に悪魔の声が届かないよう処置を施したら、『悪魔祓い』の成立だ」

「ほな――」


 何かを言いかけたダガンを、「でも!」と語気荒くサレは牽制した。


「アステラは悪魔に憑かれてるわけじゃないんでしょう? 単純に呪いをどうにかしたいだけなら、もう呪い移しも終わったんだし大丈夫なんじゃないの? わざわざ危ないことしなくたって、しばらく別の場所に身を潜めていたらそれで済む話じゃないか」


 険しい顔で、サレはアステラをじっと見た。本気でアステラたちの身を案じてくれていることは分かったけれど、アステラにはサレの提案を飲めない理由がある。


「ダメなんだ。俺、イリヤの生け贄だから、逃げられない」

「えっ」


 ぽかんとサレが口を開く。

 追い討ちをかけるように、ダガンはアステラの肩に手を掛けて、軽い語調で言葉を足した。


「そっちはどうにかしてやれる目処が立っとるけど、問題は俺やわ。取っ捕まったら、死ぬよりえげつない目に遭わされる」

「「えっ」」


 目処が立っているという話に心当たりもなければ、ダガンの方が危ないという話も初耳だ。サレに倣うように口を開けたアステラは、慌てて「どういうことだよ」とダガンを問い詰める。

 肩を竦めたダガンは、なんてことないとばかりに軽く答えた。


「文言ひとつ変えれば契約は崩れるってそこの専門家先生が言うとったやん。ありがたい助言に従うだけや」


 何が何だか分からないが、こういうことはダガンに任せておけば問題ない。アステラが気にしているのは、ダガンの方が問題だという言葉の方だ。

 

「そっちはいいとして、死ぬより酷い目って? 俺の呪い、移した時にやっぱり体に残っちゃったとか?」


 おそるおそる問いかけると、「残るかい。目の前で景気よく弾けたやろ」とダガンはアステラの懸念を鼻で笑い飛ばした。

 

「もっと単純な話や。俺、あいつに喧嘩売った挙句にアステラの呪いまで解いたったやん? クソ雑魚って見下しとった相手に生け贄かっ攫われた挙句、裏技みたいなズルで呪い移されて、あのお高く止まっとる悪魔が許すと思うか?」


 思わない。イリヤの執念深さは嫌と言うほど身に染みている。地の果てまで追いかけまわされそうな予感しかしなかった。


「楽に死なせてもらえたら御の字やろな」


 完全に他人事のように呟いて、ダガンは緊張感なく頭の後ろで腕を組む。


「笑ってる場合かよ!」


 アステラはダガンの胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「俺のこと助けたせいで、ダガンまで命がけになるってことじゃんか……! なんでそんなにのん気なんだよ」

「のん気にしとらんかった今までがおかしかったんや。考えてみい。なんで陸に居るのに俺が体張ってお前助けなあかんねん。海ならともかく、そっちの方がおかしいやろ。陸はアステラの担当やん?」

「……担当?」


 きょとんとしつつ、おうむ返しに言葉を返すと、ダガンは肩をすくめて微笑んだ。

 

「何でも斬れるし、俺のこと、何からでも守ってくれるんやろ?」

「――っ!」

 

 それは、アステラがダガンを旅に誘ったとき、どうにかこうにかダガンに同行してもらうためにアステラが言った言葉だ。散々世話をかけるばかりで果たせなかった約束を、果たす機会をダガンはアステラにくれている。

 

「俺はアステラの呪いを解く手伝いをする。代わりにアステラは俺を守る。そういう取引やったやろ? 信じとるからな」

「……うん。うん! ちゃんと守るよ。今度こそ」

 

 何度も頷きながら、アステラは強く鞘を握りしめる。

 胸倉を解放されたダガンは、頬を引きつらせるサレに、「そういうわけやから」と再び水を向けた。


「自分、加護持ちやとか言うてたやん。その結界言うんは張れるんよな?」

「え? うん。まあ、そりゃ……」

「そかそか。ほな結界は任せるわ。悪魔を誘き出すんはこっちでやるから問題ない。アステラの血で呼べば一発やしな」

「……僕も巻き込む気?」


 サレが怯んだように一歩後ろへ下がる。

 にこりと胡散臭く笑ったダガンは、ぱんと手を叩いて言い放った。


「悪魔退治からの解呪といこか。ちゃっちゃと終わらせるで!」

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