7-5 元恋人の探し物
「さっき鍛冶屋で探してたのは、銀の短剣? 呪い移しには必要になるもんね」
「……ほら見い。やっぱりこいつ、偶然で近づいてきたわけやないやん」
うんざりとしたようにダガンが呟く。そんなダガンに視線を向けて、サレは飄々と言い返した。
「誤解しないで。アステラを見つけたのは、本当に偶然なんだ。話しかけるタイミングを窺ってたら、たまたま鍛冶屋に行くところを見ちゃったってだけ。懸賞金が欲しければとっくに通報してるし、仮にも一度付き合った相手を売るような真似、いくらなんでもするわけないでしょう」
思いもしなかった言葉が出てくるものだから、きょとんとアステラはサレを見返した。くすりと苦笑して、サレは繊細な美貌には似つかわしくないおどけた動作で肩を竦める。
「相変わらず人が良いんだね、アステラ。君たちの懸賞金、結構な額だよ? 知り合いに通報させて、後で山分けすることだってやろうと思えばできなくはない。僕が言えたことじゃないけど、一度裏切った相手のこと、そんなに簡単に信じちゃダメだよ」
さっと距離を詰めたサレは、ダガンが止めるよりも早く、荒っぽい動作でアステラの右袖に手を掛けた。肌を覆う呪いの印を見るなり、サレは表情を険しくする。
「……やっぱり。悪魔の呪いだね。それもかなりたちが悪い。急がないと全身に回る類の呪いだ」
ぱっとアステラの腕を放したサレは、張り付けたような笑みを浮かべてアステラとダガンを交互に見た。
「たまたま会えたし、聞きたいことだけ聞けたらいいと思っていたけど、君たちに負い目があるって言われたらその通りだ。だから、こういうのはどうだろう。半年前の償いになるかどうかは分からないけど……銀の短剣の代わりには心当たりがあるし、数日で良ければ、君たちのこと、匿ってあげる」
その言葉に、救いの手を差し伸べられた気分でアステラは目を輝かせる。一方で、疑い深くサレを睨んだダガンは、探るように口を開いた。
「銀の短剣の『代わり』ってどういうことや。伯爵家から借りてくるんとちゃうんか?」
「言葉のままだよ。短剣そのものではないけど、似たようなものはある。わざわざ伯爵家から借りてくる必要もない。――だって、ここにあるんだから」
そう言うとサレは、紺色のローブのポケットから、神樹を模った飾りを取り出した。オクタヴィアが首から下げていた飾りと同じ大樹の形をしているが、彼女の持っていたものよりかなり大ぶりで、手のひらほどの大きさがある。
銀で作られた神樹の飾りをつまみ上げたサレは、手の上で一度確かめるようにそれを回すと、おもむろに幹の部分を掴んで引っ張った。幹の下から、小指ほどの長さの細い小刀が、鈍い光沢を纏って顔を覗かせる。
目を見開くアステラとダガンに、サレはいたずらっぽくウインクをした。
「一般の神父たちはともかく、予言を受けた神職者なら、ひとつは銀製の武器を持ってるものだよ。僕らも血を使って神樹の力を借りるときがあるからね。小さいけど、指先を切るには十分でしょ?」
刃を鞘に納めたサレは、アステラのポケットへと滑り込ませるように神樹の飾りを入れてくる。慌てて唇を開閉させるアステラに、「僕にはもう必要なくなるものだから」と呟いて、サレはねだるような目を向けてきた。
「代わりと言ったらなんだけど、アステラに聞きたいことがあるんだ」
「『償い』言うたくせして取引やないか」
皮肉るようにダガンが口を挟む。穏やかな笑顔を保ったまま、有無を言わせぬ口調でサレは言い返した。
「純銀の道具に、人目につかない寝床。呪い移しの儀式が必要なら、それも手伝える。僕にできることはそれで全部だ。久しぶりに会った昔の恋人と世間話をすることくらい許してほしいな、足の生えた人魚さん。それとも君は、アステラにそれを許さないって言えるような関係なの?」
「それは……、そういうんとちゃうけど……」
ぐっと歯噛みするダガンを、「じゃあいいよね」とサレは短く一言で切って捨てた。穏やかな笑顔のはずなのに、言いえぬ迫力を醸し出しているサレの姿に、かつて見ていた守ってあげたくなるような儚さはかけらもない。
聞きたいこととは何なのかと尋ねようとしたが、声は出なかった。どうしたものかと視線を彷徨わせていると、ダガンは面白くなさそうに「何が聞きたいんやって言うてるで」と伝えてくれる。
わずかに頬を引きつらせたサレは、ちらりとダガンを見た後で、アステラに向かって問いかける。
「……彼が話すの?」
「こいつはもう声が出ぇへんねからしゃあないやろ。耳打ちするにも支えてやらな立てへんし。自分には荷が重いやろ」
なぜか勝ち誇ったようにダガンが言う。別に立つだけならひとりでできるけれど、と思いつつも、ダガンの態度を謝るようにアステラは軽く頭を下げておく。
ため息をつきつつも、サレは声をひそめて問いかけてきた。
「前にさ、アステラは色んな話をしてくれたよね。『恋の香り』の作り方、教えてくれないかな」
聞いた瞬間、思わずアステラはむせそうになった。
頬を上気させ、清楚な神職者のローブに身を包むサレが口にした『恋の香り』は、いわゆる媚薬の一種である。といっても、いかがわしい麻薬や香ではなく、倦怠期の恋人たちが夜を楽しむためだけに使う、弱い酒のようなものだ。
当然のごとくそれを知っているらしいダガンも、呆れきった顔でサレを見る。
「『恋の香り』て……、自分、神職者やろ。純潔保たなあかん仕事とちゃうんか。そんなもん使ってどないする気や」
「決まってるでしょう。純潔を失くしたいんだよ。僕は死にたくないんだ」
一度は恋人であった相手の純潔云々の話も聞きたくはなかったが、死にたくないとはまた物騒な単語が出てきたものだ。
こほんと咳払いしたサレは、ゆっくりと事情を語り出す。
「神樹に仕える神職者の中には、生まれつき強い悪魔祓いの加護を得る代わりに、予言を受ける者がいる。悪魔討伐の使命だったり、住む場所の指定だったり、人によって予言の内容は違うけど……僕の場合は寿命だった。このままだと、僕は二十五までしか生きられない」
どこかで聞いたような話になってきた。余命を宣告した存在が悪魔ではなく神だというだけで、サレはまさしくアステラと同じような状況にあるらしい。




