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当て馬男とひねくれ人魚の解呪RTA【全年齢版】  作者: あかいあとり
第六章 海魔の愛と海のヤドリギ
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6-11 作用と副作用

「――起こるかもって言うたら、どないする?」


 ダガンらしくもない平坦な声に、内心で首を傾げながら「別に何も」とアステラは答える。

 

「あれだけ便利なら何か副作用みたいなものがある方が自然だろ。食い物買うには金がいるし、強くなろうと思ったら時間がいる。何かを手に入れようと思ったら、対価が必要になるってことくらい、知ってるよ。奇跡は安くないって、ダガンだって言ってたじゃないか」

「……お前が作用やと思っとる方が副作用やけどな」

「え?」

 

 聞き取れなくて聞き返したが、ダガンは答えてはくれなかった。代わりに、感情の読めない声音でダガンは問いを重ねてくる。

 

「怒らんのか」

「何を?」

「そんなん聞いてへんって」

 

 聞いていないも何も、アステラがダガンの血を飲むのは、死の瀬戸際にいるときがほとんどだ。自分を助けるために身を削ってくれるダガンに感謝しこそすれ、詰る道理があるはずもない。それに――。

 にかりと笑って、アステラはダガンに視線を向けた。


「何が起きるか知らないけど、悪いことなら、ダガンが何とかしてくれるだろ? そうじゃないなら、何でもいいよ。ダガンが俺にしてくれたことで、嫌だったことなんて何もないし」

「……筋金入りのアホやな」 

 

 素っ気なく呟いて、ダガンは照れ隠しのように、たくし上げていたアステラの服を雑に元に戻した。

 そもそも何が起こるにせよ、全部飲めば、という前提ありきの話だ。

 涙も唾液も、精も血も――と海魔の里の門番は言っていた。

 涙は海に潜るときにもらったし、口移しで薬を飲ませてもらったことを含めていいなら、唾液ももらったことになるのかもしれない。血を与えられた回数などもはや数えきれないほどだし、あとアステラがダガンからもらっていないものといえば、それこそ精液くらいだ。

 そろりと顔を横向けて、アステラはダガンの足の間をじっと見つめた。

 人魚だったときは体の構造が分からなかったけれど、今は同じ人間だ。やろうと思えば、どうとでもできるのではなかろうか。


「……なあ、ダガン」

 

 唇をそっと湿らせ、ねだるように名を呼んだ瞬間、ダガンは飛びのくような勢いでアステラから身を離した。こちらの邪な考えを見抜いたかのように、ダガンはこれ見よがしに両腕で自分を抱きしめる。


「何もやらへんからな! いらんことに興味持ちなや、エロ男!」

「まだ何も言ってねえだろ」

「言われんでも分かる! やらしいねん、目付きが!」

「ちょーっと気になっただけじゃんか! 自分こそエロい手つきで触っといてなんだこの野郎!」


 がばりと身を起こして指を突きつけると、途端に狼狽えたようにダガンは目を泳がせた。

 

「エ、エロい手つきて……っ! 普通に呪い見とっただけやし!」


 わずかに頬を赤らめながら、ダガンが必死に弁明する。ダガンをおぼこいと称した門番の言葉を思い出し、アステラは心の中で盛大に同意した。初心(うぶ)な相手をいじめているかのような背徳感を覚えると同時に、なぜそこまで頑なに拒否するのかと喚きたくなってくる。

 

「……知ってるよ! ちょっとくらいエロい目で見ろよ! この間といい今といい、俺の何がそんなに不満なんだよ!」

()()()()()やから困ってんねん!」

 

 間髪入れずに喚いた後で、ハッとしたようにダガンは口を押さえる。


「クソ、そうやなくて……! と、とにかく、そういうことはそんなほいほいしてええもんやないって前も言うたやろ!」


 言うが早いか、ダガンは薬の入った布袋をアステラの眼前に突き付けてくる。


「ぎゃあぎゃあ騒いどらんと、薬飲んでさっさと寝ぇや! とろとろしとると、日ぃ暮れて痛い目見るで」


 それはまさしくその通り。

 ダガンに絡んで遊ぶのをやめたアステラは、オクタヴィアが持たせてくれた紫の丸薬を手早く口に放り込むと、いそいそとハンモックの上に身を横たえた。

 左手首にダガンが夢守りのまじないを結んでくれるのを見ながら、アステラは声をひそめて問いかける。

 

「なあダガン」

「何や」


 隣のハンモックに腰掛け直して、ダガンが面倒くさそうに視線を向けてくる。

 

「今日は夢にイリヤ、出てこないよな?」

「そのためのまじないやろ。俺も隣におるし、出てこぉへんわ」

 

 ダガンは素っ気なくそう言うと、自分の手首に着けていた魔除け鈴の手入れを始めてしまう。それがなんだか寂しくて、アステラはもう一度声を掛けた。


「なあダガン」

「今度は何や」

「眠れない」

「ああ? オクタヴィアは眠り薬も混ぜたって言うとったし、少し待てばすぐに眠く――」


 言いながら顔を上げたダガンは、アステラの顔を見るなり言葉を止めて、ふっと優しく苦笑した。


「ガキ」


 囁くように呟いて、ダガンはすうと軽く息を吸った。

 薄暗い小部屋を、静かな旋律が満たしていく。

 アステラのためだけに歌われる、優しく穏やかな子守唄。幸福感に頬を緩ませながら、心地よい歌声に身を委ねるように、アステラはそっと目を閉じた。

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