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当て馬男とひねくれ人魚の解呪RTA【全年齢版】  作者: あかいあとり
第六章 海魔の愛と海のヤドリギ
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6-3 海魔の森の兄弟門番

 自由になる左手で鼻を押さえて、アステラは必死に両足をばたつかせる。けれど、体は浮かぶどころか沈む一方だった。

 パニックになりかけたその時、呆れ顔をしたダガンが、ぬっと目の前に現れる。首元の真珠を引きちぎったダガンは、もがくアステラを抱き寄せ、口元に真珠を押し付けてきた。

 ダガンの涙からできたという、人魚の真珠。海の中でも溺れなくなる、時間制限つきの奇跡の道具だ。食らいつく勢いで真珠を飲み下し、おそるおそるアステラは息を吸う。


「し、死ぬかと思った……!」


 胸を撫でおろすアステラを、冷たい目でダガンは見つめてくる。

 

「泳げんくせに飛び込んでくるな、アホアステラ。何しに来よった」

「何しにって……、えっと……それはもちろん、ヤドリギ探しだよ! 俺の呪いを解くのにいるものなんだから、ダガンばっかりに任せておくのも悪いじゃん?」

 

 飛び込んだというよりは海に突き落とされただけなのだが、思いつきで言ったにしては良い考えのように思えた。胸を叩いて、アステラはにかりと笑いかける。


「俺も行くよ! 探し物なら人手は多いに越したことはないだろ?」 

「カナヅチ男が来たところで足手まといになるだけやろが。金髪碧眼のレア人間が海魔の里に行くなんて、獣の群れに肉投げ込むようなもんやぞ」

「平気平気、中には入らないからさ」


 耳に痛い正論を聞き流し、アステラは透き通った海をきょろきょろと見回した。

 いかにも南側の海らしい、ぬるくて綺麗な水だった。ぱっと見た限りではロナマイの浜とそう変わらず、魚や植物が岩陰のあちこちに覗いている。

 しかし、海中散歩にちょうどよさそうな穏やかな海は、少し進んだだけで、瞬く間に底が見えないほど深い海へと変わっていった。

 ぽっかりと広い海の中には、地面もなければ音もない。美しさよりも恐ろしさを強く感じる静けさに、ここには自分たち以外の何もいないのではないかと錯覚しそうになる。


「人魚の集落って、こんな静かなところにあるのか? ダガンが子供のころにいたってところだよな?」

「もう何十年も前のことやけどな。俺の記憶がたしかなら、この奥にあったはずや」


 アステラを荷物のように抱きかかえたまま、ダガンは水底へ向けてゆっくりと深度を下げていく。

 海藻をかき分け、洞窟を通り抜け、海面すら見えない位置へと潜るにつれて、周囲は一気に暗さを増した。何十年も前に来たきりだと語る割には、ダガンの進みぶりに迷いはない。見たこともない景色に目を白黒とさせている間に、ダガンはアステラを連れて、あっという間に海の底へと辿り着いていた。

 秘された場所で淡く輝く、海魔の里に。


「……綺麗な場所だな」

「見た目だけはな」

 

 陰鬱そうに呟くダガンに首を傾げつつ、アステラは巨大な岩の亀裂の下に広がる、楽園のような場所に目を向けた。

 ごつごつとした岩々に囲われたその場所には、見たこともない造りの町が広がっていた。

 石造りの白い家。折れた尖塔の先に生い茂る海藻。斜めに建つ家屋もあれば、不気味なほどに美しい時計台も窺える。ぼんやりと発光する岩があちらこちらに点在しては、色とりどりの燐光で、その静かな空間を神秘的に彩っていた。

 かつて陸にあった国が、そのまま海に沈んだのだと言われても驚かない。時を止めた遺跡と表現したくなるような空間は、慕わしさと恐ろしさを同時に感じさせた。


「これ、どうやって中に入るんだ?」

 

 明滅する岩にアステラが手を伸ばした瞬間、三叉槍の切っ先とともに、冷たく強張った声が降ってきた。


「――触れるな、人間」


 ぱっと上を振り仰ぐ。

 そこには二人の人魚が、こちらを警戒するように武器を構えて浮かんでいた。濃い青色の尾びれを持つ人魚たちは、片方は見るからに険しい目つきをしているが、もう片方は面白がるようにこちらを眺めている。いずれも黒髪で、纏う雰囲気こそ違うけれど、よく似た顔立ちをしていた。


「……双子?」

 

 思わず呟くと、「兄弟や」と短くダガンから訂正が入った。


「レオとリオって言うてな、昔っから門番やっとる爺どもや」

 

 愛想のない方がレオ、気味悪い方がリオ、とダガンは身もふたもない形容をしながら教えてくれる。

 爺とは言うが、彼らの見た目は、せいぜいが三十代といったところだ。一目で人外と分かる美貌に、彫刻のように鍛えられた上半身も相まって、目の前の人魚たちは、存在そのものが芸術品のように見えた。


「半魔の忌み子が、人間を連れて何をしに来た」

 

 海魔特有の、角度によって色を変える蒼い瞳が、ぎろりとアステラたちを射竦める。声で人を惑わす海魔だけあって、頭の中に直接響くような不思議な声は、たった一言聞くだけでもくらりと頭にモヤがかかりそうになった。

 石に触れようとしていた手をぱっと掲げて、慌ててアステラは敵意がないことを示す。


「すみません。何もしていません!」


 声を上げるなり、レオとリオの視線がアステラに向けられた。


「……見ろ、レオ。珍しい色の人間だ。迷信は本当だろうか」

「手を出すなよ、リオ。疫病神の半魔と関わり合いになりたくない」

「分かっている」


 顰め面のレオとは対照的に、笑みを深めたリオは、アステラの頭から足先までを舐めるように見た。イリヤを思い起こさせる捕食者の視線に、ぞっと全身の毛が逆立っていく。

 やっぱりついてこない方が良かったかも、と後悔しかけたその時、海魔たちの視線を遮るようにダガンがアステラの前に出た。

 

「俺たちは聞きたいことがあって来ただけや。里には入らん。用事が済めば、すぐ離れる」


 挑むように門番たちを見上げて、ダガンは淡々と尋ねた。

 

「ヤドリギを探しとんねや。ロナマイの浜のそばを探したけど、根こそぎ収穫されとった。何か知っとるなら、教えてくれへんか」

「忌み子に語ることはない」


 すげなくレオが拒絶する。腕組みをしたダガンは、脅しつけるように声を低めた。


「そんな言い方してええんか、レオ。俺は自分らの秘密、知っとるで。今ここで喚いてやってもええけど」

「…………収穫したのは我々だ。近くの洞窟に、クラーケンが住み着いた。駆除のために、人の血を吸わせたヤドリギで罠を作っている」


 レオはこれ以上なく不機嫌そうに顔を顰めつつも、しぶしぶと言った様子で教えてくれた。

 クラーケンは、海岸に住む巨大な軟体の魔物だ。十を超える触手を使って船を破壊する、海の災厄として悪名高い魔物だが、この語り口からすると、人間だけではなく人魚からも嫌われているらしい。


「近隣のヤドリギはあらかた狩り尽くした。必要なら別の場所を探すがいい」

「探しに行っとる時間がないから来とんねや。ひと株でええ。分けてくれへんか」


 ダガンが頼みを口にした途端に、レオは明らかな嘲笑を浮かべた。しかし、レオが何かを言うより早く、ダガンは思わせぶりに目を眇めて声を落とす。

 

「何年経っても変わらへんなあ、仲の良すぎる兄弟門番。俺はどうでもええけど、自分らの秘密知ったら、頭の固い里の連中はどう思うんやろな。俺と同じはみ出しものになりたくないなら融通してや、レオ」

「……忌々しい半魔が! 人間など連れてきて、()()厄災を呼び込む気ではないだろうな、出来損ないの疫病神め」

「その出来損ないに借りがあること、忘れんといてな」

 

 ぎりりと音が聞こえそうなほど、レオが強く歯を噛み締めたのが傍目にも分かった。しかし、ダガンが握っている弱みはよほど強力なものらしく、レオがそれ以上の行動に出る様子はない。

 放っておけばいつまでも罵り合いを続けそうなひりついた空気に、慌ててアステラは二人の間に割って入る。


「まあまあ、落ち着いてください。そっちの門番の……えっと、レオさん?」

「人間風情が気安く名を呼ぶな」

「じゃあ、門番さん。そのクラーケン、追い払ったらまずいんですか?」


 外行きの顔で笑いかけると、レオはあからさまに鼻白んだ様子で「……野蛮な人間め。海を我々の血で汚せというのか」と呟いた。一方、それまで静観していたリオは、面白がるように身を乗り出す。

 

「追い払う? 当てがあるのか、人間」

「……アステラ。お前、魔物やったらなんでも斬ればええと思っとるやろ。クラーケンが大型船よりデカいことくらい俺でも知っとるぞ」


 呆れ顔のダガンにダメ出しを受けたアステラは、笑顔を引きつらせながらも、「そうじゃなくて!」と言葉を足した。


「別にどでかい魔物と正面から戦わなくても、クラーケンさんには平和にご退去願えばいいんだよ。ダガンの歌なら、魔物を追っ払えるだろ?」


 クラーケンはおよそ帰巣本能というものを持たず、居着いた場所が気に入らなければ、すぐに居場所を移す移動性の魔物だ。とりわけ、不快な音には弱い習性がある。

 

「ダガンが歌って追っ払う。代金代わりに海のヤドリギを分けてもらえばお互い幸せ。な? 解決だ! ……そういう取引はどうですか、門番さん」


 おどけた調子で言いながら、アステラは挑むようにレオを見た。

 半魔だの出来損ないだの疫病神だの、先ほどからこの門番の言葉は耳障りなのだ。その耳障りな言葉を、ダガンが何も言わずに受け入れているのも気に入らない。

 いつもアステラを助けてくれる人魚様は、その身に流れる血だけを理由に蔑まれるほど弱くない。見返してやれ、と笑顔に力を込めながら、アステラはダガンの背を景気良く叩いた。

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