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5-11 泣き虫

 口を閉ざすアステラを見て何を思ったのか、ダガンは慰めるように肩を叩いてくる。

 

「まあ……大丈夫や。悪魔は条件の文言には忠実や。誕生日まで死なんってあの悪魔が言うた以上は、それまでは死なん。この世の終わりやあらへんし、そんな悲壮な顔せんとき」

「……でもこれじゃ、剣も振れない」


 俯きながら、アステラは小さな声で独りごちた。

 誰より強いからと豪語してダガンを連れ出したのに、これではどこまでその言葉を守れるかも怪しい。

 自分勝手なずるい人間。

 旅を楽しんでいるのは自分だけ。

 頭に刻み込まれた言葉が、じくじくとアステラを責め立てる。

 ダガンは、アステラの事情に巻き込まれただけだ。当のアステラが何の役にも立てなくなったとしたら、ダガンがアステラとともにいる利点も意味も消え失せる。そうなればいくら人のいいダガンだって、アステラを見放すだろう。

 ――嫌だ。

 震える左手をごまかすように握り込む。努めて朗らかな笑みを貼り付けて、アステラはぱっと顔を上げた。


「でもまあ、左腕は動くし大丈夫か! 利き腕じゃなくても使い物にはなるから安心しろよ、ダガン。魔物はちゃんと切れるから。俺、役に立てるよ」


 己に言い聞かせるように、アステラは早口で呟いた。

 

「海のヤドリギ、採りに行ってくれてありがとうな。夜にひとりで働かせてごめん。あとは銀の短剣さえなんとかすればいいわけだし、今日はレムリアナに行こう」

「アステラ」


 呼び止められたのは分かったけれど、ダガンの顔を見るのが怖かった。わざと聞こえないふりをして寝台から立ち上がり、目を合わさぬように背を向ける。

 

「足、疲れてるだろ? 馬車が出てるといいんだけど。オクタヴィアさんに聞いたら分かるかな」

「アステラ、聞け」

「ダガンは馬車乗るの初めてじゃないか? 本当は馬に直接乗る方が風が気持ちいいんだけど、馬車も慣れたら悪くないんだ。せっかくだから――」

「――アステラ!」


 叱りつけるように名を呼ばれて、アステラはびくりと肩を跳ねさせた。


「あ、えっと……」


 不自然に途切れた言葉を取り繕うより先に、ダガンはアステラの腕をぱっと掴む。


「座り」

 

 促されるまま、アステラは寝台の端へと腰掛ける。腰を落ち着けてはじめて、己のはだけた服さえ、ろくに直していなかったことに気がついた。

 何かを言わなければと思うのに、焦りでろくに口が回らない。

 アステラの隣に座ったダガンは、目を泳がせるアステラの顔をのぞき込むように見つめて、幼子へ言い聞かせるように話し出す。


「ええか? これは呪いや。怪我とも病気ともちゃう。解けば全部元通りになる」

「うん、分かってる。悪い、大丈夫だから――」


 へらりと笑う。いつも通りに笑えているはずだ。それなのに、ダガンは苛立ったように前髪をかき上げた。


「ええから、黙って聞け」


 普段は隠れている端正な顔立ちが露わになると、それだけで迫力が増す。射るような視線の圧に押されて口を閉ざすと、ダガンは滑らかに話を続けた。


「アステラの余命は、今日入れて六日や。昨日と今日の様子を見る限り、その呪いは日が経つごとに広がるんやろう。そうなれば、動かなくなるんは多分、腕だけでは済まん。お前は毎日何かを奪われる。痛いやろうし、怖いやろう。当然や。何もおかしくない」

「別に、怖くなんて――」


 ない、と言おうとしたのに、アステラの言葉を封じるように、ダガンはアステラの頬をつねってきた。

 

「黙って聞け言うたやろ。俺が言いたいのはな、おかしくもないのに笑わんでええし、剣が振れんなら、魔物避けて行けばええだけってことや。俺はアステラみたいには戦えんけど、お前連れて逃げることくらいできるわ」


 自分に都合の良い幻聴でも聞こえたのかと、本気で耳を疑った。


「……でもそれじゃダガンには、何の得もないじゃないか」

 

 声がみっともなく震えて、慌ててアステラは口を閉ざした。

 弱音なんて、言ったところで困らせるだけだ。ありがとうと言って、茶化さなければ。

 しかし、取り繕うように口角を上げた瞬間、それさえ許さないとばかりにダガンは片眉を上げて、アステラの頬をつねる力を強めてきた。

 

「せやから俺は、それをやめろって言うとんねん。へったくそな作り笑いしよって、それでごまかせる気なんがムカつくわ。お前がよう泣くことくらい、こっちは会うたときからとっくに知っとる」


 頬をつねり上げる手には、容赦というものがまるでない。それなのに、アステラを見る目も、かけられる言葉も、乱暴な手つきとはまるで真逆に優しいものだから、ほとほと途方に暮れてしまう。

 じわりと涙が滲みかけ、慌ててアステラはごまかすように口を開いた。


「い、いふぁい」

「痛くしとんねん、アホ」


 ぐにぐにと上下左右に頬を伸ばしてくるものだから、滲んだ涙が、とうとう目頭に溜まって落ちていく。


「う……」

「ほらな、泣いた」


 意地悪く笑いかけられた途端に、余計に視界の滲みがひどくなった。一度決壊してしまうと、次から次へと涙が溢れて、止まらなくなる。ぱっとダガンの手を振り払って、アステラは声にならない呻き声を零した。


「う、ぅ……! 泣かせた、の……間違いだろ! クソダガン……!」

「せやな。俺が泣かせた。別にお前は悪くない。呪いも同じや。アステラは何も悪くない。難しく考えんと、お前は素直にあの性悪悪魔を恨んでおけばええねん」


 なんでもないことのように言いながら、ダガンは小さく口角を上げた。

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