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当て馬男とひねくれ人魚の解呪RTA【全年齢版】  作者: あかいあとり
第四章 スノウリリーと星の石
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4-4 解けない呪いは移すか返せ

 巨体を縮こまらせたスノウは、旬のロナマイフルーツが食べたくて、と恥ずかしそうに口を動かした。


「秋ダケ、ココニ来ルコトニシテルンデス」

「なかなか食べられへんものほど、無性に食べたくなることあるもんな。分かる気するわ」


 俺もカウベリーのジャムが好き、などと陸では珍しくもない食べ物の名前を上げて、親しげにダガンは唇を綻ばせる。

 そんなこと、アステラには今まで教えてくれたこともないくせに。ダガンの緩んだ顔を見ていると、ますます面白くない気持ちになった。

 朗らかに言葉を交わすダガンとスノウを見て、リリーもまた、アステラ同様に拗ねたように唇を尖らせる。


「スノウがフルーツ好きだなんて、初めて聞いたよ? 言ってくれたら、いくらでも持ってきたのに」


 子供っぽい口調で責めるリリーを困ったように見つめて、スノウはふるふると首を横に振った。

 

「欲シカッタラ、自分デ取ルヨ。今回ハ仕方ナイケド、本当ハ皆ニ、アンマリ森ニ来テホシクナインダ。危ナイカラネ」

「なんでそんなこと言うの。山に帰るときだって、いつも何も言わずに言っちゃうし。スノウは自分のこと、何にも教えてくれない。ひどいよ」

「ヒドクナイ。リリーハ人間ナンダカラ、人間ノ友達ト遊バナクチャ」


 人間なんだから、人間の友達と遊べ。アステラもダガンに似たようなことを言われた覚えがあった。

 別にこっちは、相手が人外だから一緒にいたいわけではないし、人外だから親しみを感じているわけでもないのに、当の向こう側は、同じ人間だからという理由だけで、他の人間を好きになれと言ってくる。変えられない属性を盾に拒絶される側は、たまったものではないというのに。

 もどかしそうに唇を噛むリリーの気持ちが、アステラにはよく分かる気がした。


「皆さんもスープはいかがですかな」


 話がひと段落ついたことを見て取ってか、そっと近づいてきたテネル神父が朝食を勧めてくれる。宿で食べてきたからと丁重にその誘いを辞退したところで、痴話喧嘩をしているリリーたちを背に、ちょうどいい、とアステラは腕まくりをした。

 

「神父さま。俺、実は悪魔に呪われていて……これ、解くことってできませんか?」


 アステラの右腕に刻まれた茨のタトゥーを見るや否や、テネル神父は難しい顔をして唸り出す。ポケットから聖水と思わしきものを取り出して振りかけてみたり、手をタトゥーにかざしてみたりと手早くいくつかの方法を試した後で、神父は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ダメですねえ……。呪いの力が強すぎて、私では解くことができません」

「そうですか……」


 がくりとアステラが肩を落とす。励ますように、テネル神父はアステラの肩に手を置いた。


「大丈夫ですよ。解けない呪いは、移すか返せばいいのです」


 首を傾げるアステラに、神父は優しく言葉をかみ砕いて教えてくれる。

 

「つまり、身代わりを用意するか、術者を呪い返すか、ということです。普通の方法で解けないということは、呪い主は高位の悪魔でしょうから、身代わりに移す方が無難でしょうな。ええと……」


 記憶を辿るように目線を上に向けたテネル神父は、「銀の短剣、海のヤドリギ、星の石」と指を折りながら呟いた。


「何の呪文ですか?」

「身代わりを作るための材料です。古くは血の気配が似た他人を身代わりにすることもあったそうですが、そういうわけにもいきませんからね。物で呪いを騙すのです」


 とんとんと指でこめかみを叩きながら、唸るようにテネル神父は続ける。

 

「祝福された銀の短剣で流した君の血を、海のヤドリギに吸わせることで器とします。血に染まったヤドリギを、魔力溢れる星の石に寄生させれば、身代わりの完成です。呪いが動いている状態で身代わりに移して処理すれば、その呪いはもう君を傷つけられない」


 テネル神父の言葉を聞いたアステラは、一縷の望みを見つけた気分で身を乗り出す。


「銀の短剣は……大きめの街に行けば鍛冶屋くらいあるよな。海のヤドリギと星の石っていうのは……?」


 生き字引ならぬダガンを見る。気だるげに目を伏せたダガンは、すらすらと教えてくれた。


「『海のヤドリギ』言うんは、青い海草の先っちょに絡みついとる、もしゃもしゃした植物や。結構潜らなあかんけど、冷たい潮と暖かい潮がぶつかる場所なら大概生えとる」

「ロナマイの浜に戻れば見つかるかな?」

「あの辺りは浅瀬やから、探すならもうちょい東の海の方がええやろな。港町の辺りとか」


 好都合だ。昨日見た地図を思い起こしながら、アステラは目を輝かせる。港町から内陸に進んだ先には、大きめの商業都市があった。ロナマイの港町でヤドリギを手に入れた後、残り二つは商業都市で手買えばいい。首都を目指すより現実的だ。

 しかし、アステラがそう口にすると、ダガンは表情を曇らせた。

 

「……売っとるんかな? あれ、空から降ってきた箒星のかけらやぞ。ただの石や。それこそ呪われてでもいなけりゃ、欲しがるやつがいるとは思えへん」

「最悪、採りに行けないかな?」

「採れる場所が遠いんよ。海で行くならかなり北まで行かなあかんし、陸だと、この国にはなかったんちゃうかな」


 ひくりと口元を引きつらせたアステラは、おそるおそるダガンに問いかける。


「……それって、ダガンが全力で泳いだとして、往復で何日掛かる?」

「おい。俺はお前の使いっぱしりとちゃうねんぞ、アステラ」

「俺の命が掛かってるんだよ! 頼むよダガン!」


 涙目で懇願すると、渋々とダガンは指を折って日数を計算してくれた。

 

「大陸の北端まで往復するだけでも、二週間は余裕でかかる。残念やけど、どんだけ頑張ってもアステラの余命には足らんな」


 無情な言葉に、頬を押さえて声なき悲鳴を上げていると、テネル神父が控えめに言葉を挟んできた。


「星の石なら教会に在庫がありますよ。お急ぎのご様子ですし、村に戻ったらお譲りいたしましょう」

「……っ、ありがとうございます、神父さま!」


 神父の両手を握って、アステラは心からの感謝を告げる。これで死の呪いの方はなんとかなる目途がついた。しかし、喜ぶアステラとは対照的に、ダガンは仏頂面を崩さない。


「先にそっちの問題解決せな、神父さんも村へ帰るに帰られへんやろ。怒髪病の薬の材料はもう手に入っとるんか? いくらここが見つかりにくい場所にある言うても、村のやつらが総出で探しに来たら、見つかるのは時間の問題やぞ」


 その言葉に、はっとアステラも表情を引き締める。二人分の視線を受けて、テネル神父は困ったように眉尻を下げた。

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